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21 第二の生物兵器イクリプス

 クリフォト大陸――。

 世界の最果てと呼べるほど土地がやせ細り、日照時間が短く、そして周辺の海は荒れており船を出すのも難しい。


 そもそも魔族はこの土地を『クリフォト大陸』と名付けたが、人間たちはここを『クリフォト島』と呼んでいた。

 しょせん、その程度の大きさしかないのだ。

 大陸というのは、魔族の見栄でしかない。


 そんな無価値な島だからこそ、魔族の生存が許されている。

 ここから出なければ、まあ絶滅させるのは勘弁してやるという、人間の慈悲。

 力を尊ぶ魔族としては、この上ない屈辱だった。

 だからこそ魔族はこの千年間、人間を根絶やしにする方法を考え続けてきた。

 ところが逆に人間は、魔族のことなどほとんど忘れているらしい。

 大昔に人間と戦った種族の一つで、今はどこかの島で大人しく暮らしている――その程度の認識だ。

 それもまた腹立たしい。


 だが、魔族は遂に、アイリス・クライシスという最強の生物兵器を完成させた。

 人類抹殺を命じ、海の向こうへと送り出した。

 しかし――。


「一体どうなっているんだ。アイリスを送り出してから約五ヶ月――あいつ、ちっとも働いている様子がないではないか。戦争をしていた二つの軍隊が何者かに皆殺しにされたとか、町が一夜にして消滅したとか、そういう景気のいい話は聞こえてこないのか」


 大魔王は玉座の間で部下に愚痴る。


「いえ……そういう話は全く……」


 部下は額に汗を流して報告した。


「不思議だ……アイリスがまともに働けば、人間なんてとっくの昔に滅んでないとおかしい。何があったんだ……」


「それがその……人間の世界に送り込んでいるスパイたちがアイリス様を発見したらしいのですが……」


 部下の報告に、大魔王は身を乗り出して興奮する。


「おお、それはでかした! で、あいつは何をしているんだ? まさか、人間の中に特別強い連中がいて、そいつらを倒すのに手こずっているとかか!?」


「……スパイの報告では、とある廃教会に引きこもり、毎日毎日、食べては寝て食べては寝ての生活を繰り返していると。しかも、廃教会の周りに住んでいる人間たちとは良好な関係を築いているようです……」


「はああああああ!? あいつ何考えてるんだ!」


「しかも、人間たちにご飯を作らせたり、教会を掃除させたりと……正直、滅ぼそうという意思は、微塵もないようです」


「うっそだろオイ!」


 大魔王はつい、威厳のかけらもない声を出してしまう。

 ゴホンと咳払いして誤魔化し、何でもないよという感じで姿勢を直す。

 そのとき、一人の老魔族が肩をすくめた。

 アイリスの開発主任だ。


「アイリス様は、しょせん最初の試作型。想定外のスペックを持ってしまいましたが、逆に言えば、スペックだけ。人間を滅ぼそうという意思がないのであれば、欠陥品もいいところ。念のために『二体目』を作っておいて正解でしたな」


「うむ……しかし、次のは本当に大丈夫なのか? また強いだけで役に立たないのは勘弁だぞ」


「そこはご安心を。カプセルの中にいる内から徹底的に教育しました」


「ほう、どのように」


「まず甘い物を食べさせ、大好物にしました」


「う、うむ……」


「それから、しばらく甘い物を与えず、禁断症状が出るように促しました」


「それで……?」


「そうやって甘い物の尊さを刷り込み、『人間を沢山殺したら甘い物を上げるよ』とささやき続けました。おかげで奴は、人間を殺したくて殺したくてウズウズしています。完璧な対人間生物兵器に仕上がっています!」


「な、なるほど……まあ、方法がどうでも、ちゃんと人間を殺してくれるならそれでいい」


 大魔王はそう言って頷きつつ『本当に大丈夫か?』という疑念をぬぐえなかった。


「大魔王様。そんなに不安ですかな?」


「あ、いや、その、何だ。顔に出ていたか?」


「はい。しっかりと。しかし無理もありません。なので、実物をお見せしましょう。イクリプス様、どうぞこちらへ」


 開発主任の言葉と共に、少女が玉座の間に現れた。

 扉を開けて、歩いてくる。

 たったそれだけの動作なのに、妙な違和感がある。

 目の前にいるのに、存在感がとても希薄なのだ。

 呼吸をしているように見えない。それに足音がしない。


 外見も透明的だ。

 アイリスや大魔王と同じ銀色の髪に白い肌。

 更に服装まで白い。

 そして表情は、無。

 人形でももう少し生気があるだろう。

 まるでガラスで出来ているかのように透き通った印象を受けてしまう。


「これが生物兵器二号か……」


「はい。アイリス様と同じく、大魔王様の遺伝子を元に作りました。その名はイクリプス様!」


「なるほどな……それにしても随分と物静かな奴……アイリスとは大違いだな」


 アイリスもカプセルの中にいたときは大人しかったが、外に出したら「アレを食べたい」だの「アレは何だ」だの「とにかく眠い」だのとうるさくなってしまった。


「くくく……それは私の教育の成果です。イクリプス様の頭の中には、甘い物を食べることしかありません。甘い物を与えたときの豹変具合は……くく、完全に別人のようですぞ」


「ほう。それは見てみたいな」


 大魔王は開発主任の言葉に興味を覚えた。

 開発主任はニヤリと不敵に笑い、懐から砂糖の塊を取り出した。


「イクリプス様。これを差し上げましょう」


 その瞬間、今まで無表情だったイクリプスはカッと目を見開き、開発主任から砂糖の塊を奪い取った。

 そして口に入れて、ガリガリと噛み砕く。


「あっま~~い!」


 確かに、すさまじい豹変っぷりだった。

 先程までの無表情とは、完全に別人。

 イクリプスは、この世の幸福をいっぺんに味わったかのような満面の笑みを浮かべ、頬を朱に染め、砂糖のように甘い声を上げる。


「まいうー、まいうー! もっとちょうだい!」


「いいえ、今はこれだけです。もっと欲しければ、役目を果たすことですな」


「なんでー! けちー! ちょうだーい!」


「いけません。あげません。駄目です」


 開発主任が首を振って拒否すると、イクリプスは目を細め、笑みを消す。


「……分かった。ならば人間を殺そう。それで甘い物をくれるのだな?」


 氷のように鋭い声。

 さっきまでの明るい口調が嘘のようだ。

 表情も殺気立っている。

 まさに、甘い物のためなら人を殺せる目だ。


「大魔王様、いかが致しましょう? イクリプス様への命令は、人類抹殺でよろしいですか?」


 開発主任が確認を求めてきた。

 もちろん――と大魔王は答えようとしたが、別の案を思いつく。


「待て。それよりもまず、アイリスを連れ帰ってこい。アイリスを再教育して二人がかりで人間を攻撃すれば、より早く絶滅させることができるはずだ。そうでなくても、アイリスを放置しておくのは、あとあと面倒なことになりそうだ」


「なるほど。確かに、アイリス様はやる気がゼロであっても、スペックだけなら最強。もし魔族の敵に回られたら、脅威としか言いようがありませんな。しかしご安心を。イクリプス様とてアイリス様に負けないはずです。多分」


「ん? 今、多分と言ったか……?」


「あ、いえ。大丈夫です。お二人とも、魔力が測定限界を超えているので、まあ、同じようなものでしょう」


「待て待て。測定限界を超えてるってことは、正確な数値が分からないってことだろうが。もしかしたらアイリスのほうが圧倒的に強いかもしれないだろ」


「いえ、まさか。そこまでの違いはないでしょう。おそらく」


「どうもお前の言うことは信憑性にかけるなぁ」


 大魔王は開発主任を見つめる。

 すると彼は目をそらした。

 どうやら、自覚があるようだ。


「とはいえ、我ではアイリスには勝てん。イクリプスにやってもらうしかないか……」


「その通りでございます! さあイクリプス様、行くのです! アイリス様を連れ戻し、二人で人類を滅ぼせば、いくらでも甘い物を食べさせてあげますぞ!」


「……了解。アイリスを連れ帰る」


 イクリプスの魔力が玉座の間に吹き荒れた。

 それは光を浸食し、影を作っていく。


 相手の魔力を打ち消す、蝕の波動。


 仮にアイリスのほうが魔力で勝っていたとしても、この能力があれば勝てる――はずだ。

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