20 ジャガイモ収穫、美味しい
ジェシカとマリオンは、ドラゴンの姿でノシノシと丘を下り、村民たちの前に姿をさらした。
予想通りパニックになりかけたが、領主シェリルが鎮める。
そして、既に二人ともアイリスに敗北していること。
もともと、この村に敵意がないこと。
アイリスに忠誠を誓っているので、暴れる心配が皆無であることをシェリルが説明すると、混乱は収まった。
しかし、それだけでは当然、完全な信用は勝ちとれない。
村人たちの猜疑心を最も緩和させたのは、彼女らの人間形態の容姿だった。
「へーんしん!」
ジェシカのかけ声とともに、ドラゴンの親子二人は人間に変身する。
それを見た村人たちは、言葉を失った。
まずドラゴンが人間になってしまったという驚き。
そして、その人間形態が、驚くほどの美女と美少女だったという衝撃。
男たちが鼻の下を伸ばすのは当然として、同じ女性から見ても、二人は魅力的だった。少なくとも『敵』と認識するのは難しい。
というわけで、ジェシカとマリオンは、シルバーライト男爵領の領民として一応は迎え入れられた。
もちろん、中には二人を疑っている者もいた。
そのうち、ドラゴン形態になって暴れるのではないか、と。
だが、そんな疑惑を吹き飛ばすように、二人は働いた。
彼女らは人間形態になっても、パワーはドラゴンらしさを失っていなかった。
ゆえに畑を耕す速度は常人を圧倒する。二人で百人分の仕事をしてしまう。
おかげで予定よりも遙かに早く、畑が完成してしまった。
更に二人は「お近づきの印に」と言って、ドラゴン形態の巨体を利用して、どこからか大きな岩を持ってきた。
とても綺麗な御影石だった。直径が成人男性五人分ほどある。
「この辺って石材があまり手に入らないでしょー? 必要になったらこれを削って使ってねー」
ジェシカの言うとおり、この辺は木材は採れるが石材はなかった。
多少はシェリルが王都から運んできたらしいが、これから村を拡張していくことを考えると、こうして近くに石の塊があるのはありがたいだろう。
そのうち城壁などを作るかもしれないし、他にも窯とか炉などがあれば便利だ。この村で色々なものを作れるようになる。陶芸家の先生とか育っちゃったりして。
それにシェリルは仮にも男爵なのだから、領民たちと同じような木造の家では格好がつかない。
いずれは立派な石造りの屋敷に住むべきだろう。
「ドラゴンが村にいると助かるなぁ」
という声があちこちから上がってきた。
一ヶ月もすると、のほほんとした性格のジェシカと子供っぽい性格のマリオンを『敵』として扱う者はいなくなってしまった。
さて。
ドラゴン親子のおかげで予定よりも早く完成した畑で、シェリルは予定通り、ジャガイモを育てることにしたようだ。
アイリスは丘の上からプニガミと一緒にその様子を見守る。
一生懸命働いてご苦労なことだ。
守護神として、とても見守りがいがある。
「まったく。あんたは働きもせず、毎日毎日、丘の上でのんびりして……恥ずかしくないわけ?」
と、並んで一緒にのんびりしていたマリオンが、偉そうに説教を始めた。
「……ドラゴンって不思議な価値観を持ってるのね。自分のことを棚に上げるのがドラゴン的には普通なの?」
アイリスはつい皮肉を言ってしまった。
しかし、正当な反論だと確信している。
「た、棚には上げてないでしょ! 確かに今は休んでいるけど、畑を耕したり、石を運んできたり、色々やったじゃない。あんただけよ。ガチで何もしていないのは!」
「私はほら。ここにいるだけで湖が湧いてきて、森が生えてきて、土が豊かになるのよ。ある意味、一番貢献してるわ」
「貢献はしてても働いてないじゃないの」
「違うわ。重要なのは成果を出すことで、働くことじゃないのよ。『たとえ結果に結びつかなくても努力したことそのものを評価する』って考え方を否定するつもりはないけど。だからといって『結果を出したのに努力していないから』といって非難されるのは納得がいかないわ」
「ぐぬっ……幼女のくせになんて論理的な……」
「ふふ。その程度の理論武装もせずにニートは務まらないのよ」
「威張るなっ!」
マリオンは律儀にツッコミを入れてくれる。
真面目な性格なので、シェリルよりもツッコミにキレがある。シェリルはむしろボケ担当なので、アイリスがツッコミに回るハメになり、なかなか疲れるのだ。
「ちょっとマリオン。いつまで遊んでるのぉ? あなたもジャガイモ植えるの手伝いなさいよー」
そこにジェシカがやってきた。
土まみれになっており、今まで真面目に働いていたことを物語っている。
そうやって母親が働いているというのに、娘であるマリオンはアイリスのそばを動こうとしない。
「お母さん。ドラゴンである私たちは、ジャガイモを植えるなんて細々とした仕事をするべきじゃないわ。もっとダイナミックな役目があるはずよ!」
「変な理屈を言わないの。ドラゴンの里にも畑はあったし、あなただって手伝ってたでしょ。さ、さ。アイリスちゃんのそばを離れたくないのは分かるけど、お母さんだって我慢してるんだから」
「べ、別にそんなんじゃないし! アイリスのそばにいたいわけじゃないし!」
「じゃあ、早く畑に行くわよー。それとも何? 領主であるシェリルちゃんまでジャガイモを植えているのに、あなたはサボろうっていうのぉ? お母さん、マリオンをそんな風に育てた覚えはないわよー」
「うぐっ……分かったわよ、今行くわよ!」
マリオンはヤケクソ気味に叫ぶ。
そして母親のあとを追いかけ、しかし途中で立ち止まり、アイリスを振り返り、
「き、気が向いたらあとでまた遊びに来てあげるわ!」
などとい言って、パタパタ走って行った。
「……あれが噂に聞くツンデレというやつ?」
「ぷにぷに」
きっとそうに違いない、とプニガミは言う。
マリオンがツンデレということになると、つまり彼女はアイリスが好きだということになる。
それもまた照れくさい。
アイリスはプニガミに抱きつき、そのひんやりした体に顔を埋め手足をジタバタさせた。
それから約三ヶ月後。
十一月になった頃、ジャガイモが収穫された。
予想通り、アイリスの魔力を吸った土で育ったジャガイモは、ゴロゴロとした大きな物ばかりだった。
アイリスは丘の上から収穫している様子を眺め、ぐーぐーお腹を鳴らす。
そんなお腹の音を聞いたのか、シェリルとマリオンとジェシカが、大きなバスケットを持って丘を駆け上ってきた。
「アイリス様ぁ。プニガミ様ぁ。待望のジャガイモですよ~~」
「シェリル。私がジャガイモを待望していたってよく分かったわね」
「はい。丘の下からでも、アイリス様がヨダレを流しているのが見えました」
「え、マジ!?」
「いいえ、冗談です」
「……私、シェリルのこと嫌い」
「ええ!?」
嫌いと言われたシェリルはギョッとした顔になり、更にぴょんと跳びはねた。
「冗談よ」
「ほっ……そんな仕返ししなくてもいいじゃないですか。もっと守護神らしく余裕を持ってくださいよ」
「気まぐれに人間を虐めるとか、いかにも神様らしいじゃないの」
「うーん……アイリス様がだんだん神としての権力を振りかざすようになってきました……あの謙虚なアイリス様はいずこに……およよ」
シェリルは袖で目元を覆う。
しかし声色からして、泣いていないのは分かりきっている。
「でも、私の目には本当にアイリスがヨダレ垂らしてるの見えたわよ」
「私にも見えたわよー。ふふ、アイリスちゃんのヨダレがプニガミちゃんの体にポタポタ落ちて、プニガミちゃんはそれを吸収してたわねー」
と、ドラゴンの親子が言い出した。
「もうだまされないわよ。シェリルと同じネタを使い回すなんて、あなたたちも芸がないわね」
「馬鹿ね。私たちドラゴンよ。人間形態になっても視力は一緒だし」
「……え……ガチ?」
「ガチ」
マリオンは短く断言した。
「ぷにぷに」
プニガミも「お前の唾液は我が血肉となった」などと言い出した。
なぜちょっと格好いい口調なのだろうか。
魔王の娘のヨダレを吸ってしまったからか。
「は、恥ずかしい……こうなったら引きこもるしかないわ……」
「駄目ですよアイリス様。引きこもったらジャガイモを食べさせてあげません。ほら、採れたての、ふかしたてですよ~~」
そう言ってシェリルは、バスケットからジャガイモを取り出した。
まだ皮がついたまま。ごろりとした一塊。何の変哲もないジャガイモだ。
しかし、そこからは熱々の湯気が上がっている。ただそれだけのことが、とても食欲を誘う。
「あちゃちゃ!」
そんな熱々のジャガイモを素手で触ったシェリルは当然、悲鳴を上げて暴れた。
せっかくのジャガイモを草むらの上に落とす。
するとジャガイモは、斜面を下ってコロコロと落ちていく。
「ああ、待ってください!」
シェリルは転がるジャガイモを、あたふたと追いかけていった。
「……何てアホな男爵様なのかしら」
アイリスが呆れながらシェリルの後ろ姿を見ていると、マリオンが不思議そうに首をかしげた。
「そもそも、このくらい別に熱くないでしょ? 普通に素手で持てるんですけど」
「そうねぇ、ドラゴンはこのくらいへっちゃらねー」
そう言って、ドラゴンの親子は素手でジャガイモを掴み、皮をむいていく。
「ドラゴンを基準に言われても困ります。こっちはか弱い女の子なんですから。ねえアイリス様」
ジャガイモを拾って戻ってきたシェリルは、マリオンとジェシカに抗議した。
しかし、残念ながらアイリスはそれに同意してあげることができなかった。
「ごめん、私も素手で持てるわ」
「むむっ、そう言えばアイリス様は人間でなく女神様でしたね。やれやれ普通の女の子は私だけですか……」
シェリルのようなアホを普通の女の子というのは間違っている気がする。
それにアイリスは女神ではなく魔王の娘だ。
もっとも、指摘したところでシェリルは信じてくれない。近頃、アイリスはそれについて突っ込むのが面倒になり、やめてしまった。
「ぷにー」
「もちろんプニガミにも食べさせてあげるわよ。ほら」
アイリスはジャガイモの皮をむいてプニガミの体内に突っ込んだ。
「ぷにぃぃぃ!」
「あ、ごめん、熱かった? ふー、ふー」
プニガミが飛び跳ねて暴れたので、一度ジャガイモを戻し、吐息で冷ましてからもう一度。
「ぷにに」
「このくらいなら丁度いいのね。美味しい?」
「ぷーに!」
とても美味しいらしい。
アイリス以外はもう既に食べ始めている。
皆、幸せそうな顔だ。
アイリスも負けじとかぶりつく。
「はふはふ……ひゃー美味しい! ただ蒸しただけなんでしょ!? なのにどうしてこんなに美味しいのかしら!」
堅すぎず柔らかすぎず、ホクホクとした食感。
甘みのある濃厚な味。
このジャガイモだけでお腹いっぱいになりたい。
「やっぱり、アイリス様の魔力が土にしみこんでいるからでしょうね」
「つまり、私たちは間接的にアイリスちゃんを食べているのねー」
「そう考えると不気味だわ……」
マリオンはジャガイモを見つめ、顔を引きつらせる。
「失礼ね、私の魔力なんて常に垂れ流し状態なんだから、皆、普段から吸ってるのよ。このジャガイモに限った話じゃないわ!」
アイリスが抗議すると、シェリルが「そう言えば――」と語り出す。
「私が王都から連れてきた人たちの中に、元傭兵がいるって話をしましたよね。なんか古傷が痛むとか言っていたんですけど、この村に住み始めてから、凄く調子がいいみたいなんです。もしかして、それもアイリス様の魔力のお陰でしょうか?」
「え、まさか。いくら何でも、そこまでの効能はないと思うけど……」
アイリスは一応、否定してみる。が、自分の魔力の影響力など調べたことはないので、自信たっぷりには言えない。
それにしても、アイリスは元々、人間を滅ぼすために作られたのに、こんなところでジャガイモに魔力を注入していると知ったら、大魔王はどんな反応をするだろう。
カプセルの外に出てからクリフォト大陸で過ごした期間は半月程度。
大魔王たちとは、さほど深い付き合いではない。
知ったことではないと言えばそれまでだ。
しかし、相手は仮にも親。
積極的に悲しませたいとは思わない。
とはいえ、律儀に人間を滅ぼすつもりもないので、まあ大魔王たちには諦めてもらうより他にない。
アイリスはここで一生ニート生活を送るのだ。




