17 モンスターの本能?
「ぷにー」
戦いが終わったあと、遠くからプニガミが帰ってきた。
「ぷにぷに!」
僕をのけものにするなんて酷い、と怒っている。
「ごめんごめん。でも、さっきの戦いに巻き込まれたら、プニガミ、干からびて死んじゃうでしょ?
「ぷに!」
「そんな強がらなくてもいいのよ」
「ぷーに!」
プニガミは、僕だって強いんだぞ、と言っている。
だが、どんなに大きくても、スライムはスライムだ。
戦おうなどと考えず、抱き枕とお風呂役に徹して欲しい。
「ぷにぷにぷに?」
「ん? 何でジェシカが土下座してるのかって? 私もよく分かってないんだけど……倒したら忠誠を誓われちゃったんだけど……」
アイリスがそう解説すると、マリオンが母親の背中にしがみつき、必死な声を出す。
「ちょっとお母さん! 何でこんな奴に頭を下げてるの!? 負けたからってそんな卑屈にならなくてもいいじゃない! ドラゴンの誇りはどうしちゃったのよ!」
「マリオン。あなたはまだ幼いから分からないみたいだけど……ドラゴンには……いえ、モンスターには本能があるのよ。自分より強い魔族に従いたいという本能が」
「何よ、それ! 強くて格好いいお母さんがペコペコしてるところなんか見たくない!」
「ごめんねマリオン……お母さん、アイリスちゃんに傅いて、お世話してあげたいって欲求が止まらないの。ご飯を作って『あーん』ってしてあげたり、服を着替えさせたり、一緒にお風呂に入ったり、添い寝したいって気持ちが溢れ出すの!」
「いやぁぁっ、そんな情けないお母さんいやぁぁ!」
マリオンは巨体を地面に投げ出し、駄々っ子のようにジタバタする。
きっと村まで振動が届いていることだろう。
それにしても、アイリスのお世話をするジェシカは、そんなに情けないだろうか?
むしろ、のほほんとしたキャラクターに合っている気がする。
もっとも、体格に差がありすぎて、どうやってお世話するつもりなのかは分からない。
「あのぅ……参考までに聞きたいんだけど、どうやって添い寝とかするつもりなの?」
アイリスは尋ねる。
「あら、そんなの簡単よ。えーい、へんしーん!」
間延びした声とともに、ジェシカの全身が赤い光に包まれ……人間の女性に変身した。
人間に換算すると三十歳くらいの見た目。垂れ目の美人。
赤いふわふわした髪を背中の真ん中ほどまで伸ばしている。
服装は清楚なワンピースに、エプロン姿。
いかにもお母さんという感じだ。
「わっ、凄い! どう見ても人間!」
「ぷにー!?」
プニガミも驚いている。
「ふふふ、ドラゴンに伝わる変身魔術よ。元の姿だといくら食べても食べても足りないから、この姿で過ごすことが多いのよ……って、アイリスちゃん? どうしてスライムの影に隠れてるの?」
「いや……人間が苦手だから……人間じゃないって頭では分かってるんだけど」
アイリスがそう白状すると、マリオンがカッと目を見開いた。
「何!? あんた、人間が苦手なの! それはいいことを聞いた! 変身!」
マリオンも人間の姿になる。
こちらも母親と同じ赤い髪だが、ツインテールに結っている。
見た目年齢は、人間換算で十五歳ほど。ツリ目の美少女だ。
白いブラウスに黒いジャンパースカートがよく似合っている。
「どうだ! 怖いでしょ!」
マリオンは小ぶりな胸を反らして、勝ち誇った声を上げる。
しかし――。
「あ、マリオンは怖くない」
「なぜ!?」
「頭から角が二本生えてるし……スカートから尻尾も伸びてるし。一目で人間じゃないって分かるわ。その角、お父様に似てるから、ちょっと懐かしい」
大魔王は頭に立派な二本の角を生やしていた。
実はアイリスも小さな角がある。しかし髪に隠れてしまうような小さな物だ。成長すれば、そのうち大きくなるかもしれない。
「私のことも怖がれよー!」
「魔術でその角と尻尾を消せばいいじゃない」
「私は変身魔術が苦手だから消せないんだぁ!」
「ふーん……そのまま苦手なままでいてね」
「そ、そうはいくか! いつか変身魔術をマスターして、お前を怖がらせてやるからな!」
と、マリオンは地団駄を踏む。
少女サイズになってしまったので、もう地面は揺れなかった。
「あらマリオン。変身魔術を真面目に練習する気になったのね。お母さん、うれしいわー。変身できないと一人前のドラゴンじゃないもの。前までは変身魔術の練習を全然してくれなくて、ちょっとキツく言ったら家出までしちゃって……」
「あ、だからマリオン一匹で丘にいたんだ」
「お、お母さん、そんな話、今しなくていいでしょ!」
マリオンはあたふたと腕をバタめかせた。
一緒に尻尾もバタバタ動いた。
「あ、尻尾の動き、可愛い。やっぱり苦手なままがいいわ」
「うるさいうるさい! 絶対にあんたを怖がらせてやるわ! そして怖がっている隙に倒して、お母さんをあなたから解放するんだから!」
「解放と言われても……」
アイリスはジェシカを拘束するつもりはないし、できることならドラゴンの里とやらに帰って欲しいとさえ思っている。
ところがジェシカは何やら嬉しそうな顔でアイリスを後ろから抱きしめ、頭をなで始めた。
「ああ~~あらがえないわー、これがモンスターの本能なのねー」
「……ジェシカさん、本当に本能なの? たんに私の頭を撫でたいだけじゃないの?」
「そんなことないわよー」
ジェシカはすっとぼけた声を出す。
やはり撫でたいだけとしか思えない。
「お母さん、気を確かに! そんな奴、ちょっと銀色の髪が綺麗で、可愛くて、ちっちゃいだけじゃないの! そんでお持ち帰りしたいだけじゃない!」
「マリオン。あなたも本能には逆らえないみたいねぇ」
「はっ!? くそ……不思議な力で誘惑したなぁっ!」
マリオンは顔を真っ赤にしてアイリスを指さした。
「いや、そんなつもりは……」
全く身に覚えがなかったので、アイリスは困惑するばかりだ。
「ぷにー!」
そしてプニガミが怒りの声を上げながら、マリオンにぷにぷに体当たりする。
「な、何だこのスライム! ぷにぷにして気持ちいい体当たりだぞ! 何のつもり!」
「えっと、私をお持ち帰りするなって怒ってるみたい」
「頼まれても持ち帰るか! お前の誘惑になど屈しないからな!」
「だから、誘惑なんてしてないってばぁ……」
「く、屈しない……屈しない……くそっ、腕が勝手に……」
マリオンの腕がアイリスの頭に伸びてくる。
しかしマリオンはブルブル震え、必死に己と戦う。
「ふふふ、威勢がいいのは口だけで、体は正直ね。いいのよマリオン。アイリスちゃんは魔族なんだから、モンスターである私たちが従うのは当然。ほら、素直になりなさい」
そう言ってジェシカは、いまだにアイリスを撫で回している。
「お母さん……すっかり洗脳されちゃって……くっ、許さないわよアイリス!」
「うーん……もう付き合ってられないから、村に帰ろっと。プニガミ、行くわよ」
「ぷにー」
アイリスはジェシカの手から逃れ、プニガミに飛び乗る。
そして、いつものようにプニガミごと離陸し、村に向かって一直線に加速する。
「ああ、アイリスちゃん、待ってー」
「お母さん、そんな奴、追いかけちゃ駄目ぇ!」
そう言って結局、二匹とも――いや人間に変身したから二人とも――背中から翼を生やして追いかけてきた。
どうも、二人とも村に住み着きそうな気配がする。




