16 忠誠を誓われてしまった
アイリスは適当に村から離れると、地上に降り立った。
この辺はまだ草が生えず、荒野のままだ。
つまり、いくら暴れても大丈夫。自然破壊にはならない。
マリオンとジェシカもアイリスのあとを追って降りてきた。
「ふふん。こんな殺風景な場所がお前の死に場所でいいのか?」
とマリオンは自信たっぷりな声で言う。
もっとも自信たっぷりなのは声だけで、四肢はカクカク震えていた。
おそらく母親の前なので見栄を張っているのだろう。
何だか可愛らしい。
「じゃあ、どちらかが参ったと言うか、気絶するか、死ぬかで決着にしましょう。私が立ち会うから、二人とも頑張ってねー」
相変わらずジェシカはのほほんと物騒なことを言う。
アイリスは死ぬつもりはないし、こんなアホらしいことで誰かを殺すつもりもない。
適当に泣かせて「参った」と言わせてやろう。
「さてと。プニガミは危ないからあっちに行っててね」
「ぷに!」
「え、プニガミも戦うの? 駄目よ。ほら、わがまま言わないで……えいっ!」
「ぷにぃぃぃ!」
アイリスはプニガミをぐいっと押す。
体が丸いので、面白いくらいに転がっていった。
「よーし。行くわよ」
「ど、どこからでもかかってこいぃ!」
マリオンは少し声が引きつっていた。
よほど前回と前々回の敗北がトラウマになったのかもしれない。
多分、本当は母親であるジェシカに泣きつき、代わりに戦ってもらう予定だったのではないか。
しかし、ドラゴンの誇りを大切にしているジェシカはそんな卑怯な真似を許さず、娘を鍛え直し、再戦させようとしているのだ――とアイリスは予想する。
哀れなので、お互いのために、素早く終わらせよう。
「てやっ!」
アイリスは勢いよくジャンプし、マリオンの顎下に頭突きを見舞う。
「ぐえぇっ!」
マリオンは苦しそうな悲鳴を上げる。
だがアイリスは攻撃の手を休めない。お次は彼女の頬を両手で掴んで、捻る!
「あだだだだ、いだだだだだ!」
「参ったか、参ったか!?」
「まだ参らないもん!」
「強情な奴ね!」
「いだぁぁぁぁい、お母さぁぁぁぁんっ!」
マリオンはもう完全に泣いていた。
アイリスは弱い者いじめをしている気分になってきた。
しかし、こんなに早く降参したら、ジェシカがマリオンを許さないだろう。
「マリオン、がんばれー」
ジェシカは尻尾をブンブンと振って娘に声援を送る。やはり、まだまだやらせるつもりだ。
「うう……これでどうだ!」
マリオンはゴロンと寝転がり、自分の体と地面を使って、アイリスを押し潰そうとする。
だが、いくらドラゴンが重くても、その程度で潰れてしまうアイリスではない。
構わずマリオンの頬をつねり続ける。
「いいいいいだああああいいいいいっ! もうっ! 放せ、放せぇぇっ!」
「降参するなら放すわよ」
「降参したらお母さんに怒られるもん!」
そう叫び、マリオンは地面をゴロンロゴンと転がり回る。
アイリスの体にもの凄い遠心力が加わった。
それでも放してやらない。
「うわぁぁんっ、幼女のくせにしつこいのよぉぉ!」
マリオンは泣き叫びながら羽ばたき、曲芸飛行をする。
更に口から炎を吐く。
「あちち」
口のそばにいたアイリスに、強烈な熱が襲いかかる。
もっとも、しょせんただの炎。防御結界を張らなくても「あちち」で済んでしまう。
「あ、油断してたら服に引火した!」
「あはは、ばーか、ばーか! まっぱ!」
マリオンは楽しげに言う。
「な、なんだとー!」
アイリスの服は燃えてなくなってしまった。
一張羅だったのに。
あとはパジャマしかもっていない。
「もう許さないんだから!」
怒ったアイリスは、マリオンの頬に強烈な平手打ちをかます。
バチーンッと盛大な響く。
マリオンは「ほごっ!」と悲鳴を上げ、白目を向いた。そして、その巨体を地面に落下させる。
地響きが起き、土煙がもうもうと立ちこめる。
そんな中、アイリスはマリオンの尻尾を掴んで、思いっきり引っ張る。
マリオンは海老反りになった!
「ほぎゃぁぁぁっ! だめ、やめてぇぇ、ドラゴンの体はそんなに曲がらないぃぃぃぃ!」
「降参したら放してあげるわ」
「ギブゥゥゥ、ギブアップ! 降参する! だからもう痛いのいやだぁぁぁっ!」
それを聞き、アイリスは手を放す。
自由になったマリオンは、わんわん泣きながら、ジェシカのところに走って行く。
「お母さぁぁん、ごめんない、私、負けちゃったぁぁ!」
「よしよし。負けたのは残念だけど、頑張ったわ。ちょっとアイリスちゃんが強すぎたわね」
意外にもジェシカは敗北した娘を叱らず、翼を使って頭を撫でた。
ちゃんと頑張れば評価してくれるタイプのドラゴンのようだ。
「さて、と。娘がこんなに頑張ったんだから……次は私の番よ! アイリスちゃん、私と決闘して!」
「うーん……面倒くさいなぁ……」
何となくこうなるような気はしていた。
あれだけドラゴンの名誉を気にしていたジェシカが、負けっぱなしで帰るはずがなかったのだ。
「ま、いいけど。でも、これで本当に最後よ?」
「ええ、いいわ。マリオンはちょっと離れてね……それじゃ、行くわよー」
ジェシカの口の奥から、赤い魔力がほとばしる。
ドラゴンブレスだ……と思いきや。
彼女の周辺の空間に、魔法陣がいくつも浮かび上がる。
総数、二十四個。
魔法陣からも赤い魔力が溢れ出し、アイリスめがけて灼熱の光線が撃ち放たれた。
マリオンのドラゴンブレスなどとは火力の桁が違う。
しかも二十四個の魔法陣と、ジェシカの口を合わせて二十五個の光線である。
質も数も圧倒的。
地面がえぐれるほどの大爆発が起きた。
が、アイリスは防御結界で全身を覆い、完全にガードした。
火の粉一つ浴びていない。
「あらぁ……まさか今のを防がれちゃうなんて……」
ジェシカは戸惑った声を出す。
「確かに、ジェシカさんはマリオンとは格が違うわね。でも、私にとっては容易い相手であることに変わりはないわ。それじゃ、これで終わりよ」
アイリスは体から虹色の魔力を放つ。
そして重力制御の魔術を発動。
ジェシカの足下に、重力十倍の領域を作り出す。
「なっ!」
ジェシカは突然襲いかかった重さに耐えきれず、地面にへたり込む。
何とか起き上がろうと頑張るが、自分の重さが十倍になったのだ。
そうそう立てるのもではない。
「お母さん!」
マリオンは母親を助け起こそうと近寄る。
しかし、そのせいで重力十倍に巻き込まれ、一緒にへたり込んでしまう。
「ぐぬぬ……重いぃぃ……」
「マリオン! くっ……こんな重力魔術、そう長時間は保たないはずだわ……!」
ジェシカは苦しげにうめきつつ、再び二十四の魔法陣を展開し、光線の砲撃をアイリスに放つ。
だが、全て防御結界に阻まれ、アイリスには届かない。
「そんな……重力魔術と防御結界を同時使用だなんて……しかも、この魔力の気配は……アイリスちゃん、あなた、もしかして魔族……?」
「よく分かったわね。そう、私は魔族。大魔王の娘よ。それで、どうするの? まだやるの? 私の魔力にはまだまだ余裕があるけど?」
アイリスは余裕を示すため、体から放つ虹色の魔力を強めた。
荒野が眩しく光り輝く。
自分でも眩しかったので、アイリスは目を閉じた。
「いえ……降参よ……私の負け」
決着が付いた。
アイリスは重力十倍を解除する。
するとジェシカは体を起こして……しかし再び頭を下げ、神妙な声で呟いた。
「魔族アイリス。あなたに忠誠を誓います」
「うん。これでもうあの村に手を出さないで……って、忠誠!?」
話がまたややこしくなってきた。
そういえばプニガミも最初、アイリスに忠誠を誓おうとしていた。
やはりモンスターは魔族に忠誠を誓うものなのか。
アイリスとしては、ただ食って寝ての生活を送りたいだけなのに。




