13 ペロペロにゅるんにゅるん
焦げ茶色に染まったプニガミだが、次の日になったら元の青色に戻っていた。
その代わり、教会の中がとてもチョコレート臭い。
どうやら空気中に排出したらしい。
アイリスはスライムの神秘を知った。
「アイリス様、アイリス様♪」
チョコレート臭い中でも惰眠をむさぼっていたアイリスのところに、シェリルがやってきた。
アイリスは眠い目を擦りながら、モゾモゾと布団から這い出す。
「なぁに……? 私、確かにあなたは入ってきていいとは言ったけど、用もないのに起こされたら困るんですけど」
「え、だって朝ですよ? 朝に起きるのは当然ですよね?」
「……それは人間の理屈でしょ」
「はっ! なるほど! 私が浅慮でした……」
アイリスが適当に放った理屈を真に受け、シェリルはしょんぼりした顔になる。
気の毒なので、アイリスはむくりと起き上がり、相手をしてあげることにした。
「……で、何か用事?」
「はい! アイリス様に似合いそうなパジャマをお持ちしました! ちょっと着てみてくださいよ。絶対に似合いますから!」
「……それって今必要なの? 寝てる最中だったんだけど」
「うーん……だってアイリス様、なかなか起きないじゃないですか。起きるのを待ってたら、何日後になるか分かりませんよ」
「パジャマを着せるために起こすとか、本末転倒じゃないの……」
アイリスは、パジャマとは眠るときに着るものという認識だった。
可愛いかどうかは二の次だし、まして寝ている人を叩き起こして無理矢理着せるものでは断じてない。
「いやいや。守護神アイリス様ともあろうお方が、そんな味気ないパジャマでは駄目ですよ。もっとひらひらのフリフリなパジャマが相応しいと思います!」
などと言って、シェリルは鞄からひらひらフリフリなパジャマを取り出した。
確かに、今アイリスが着ているのは、町で適当に買ってきた安物だ。装飾はないに等しいし、色もグレーで地味。
一方、シェリルが出してきたパジャマは、ピンク色で可愛い。
なんだかんだと言って、アイリスも着てみたくなってきた。
「……じゃあ、着替えるから、あっち向いてて」
「何を仰います! これでも元メイド! 着替えさせるのは得意です。お任せを!」
「いや、そういうのはいらないし……だからいらないってば! わ、わ、えっち!」
「よいではないか、よいではないか!」
シェリルはアイリスを強引に裸にし、そして新しいパジャマを頭からかぶせた。
そのパジャマはワンピース型になっていて、あちこちにレースやらフリルやらが付いている。
「うふふ、やっぱり予想通りお似合いですよアイリス様! ああ、もう本当、どうしたらいいんでしょう! 我慢できません、えいっ!」
「どうしたの!? 何事なの!?」
シェリルはアイリスを裸にして勝手に着替えさせたあげく、今度は勢いよく抱きついてきてベッドに押し倒した。
そして頭を撫で回したり、頬ずりしたりと、もう意味が分からない。
「わー、助けて、プニガミ助けて!」
「ぷにー?」
横で寝ていたプニガミは、この騒ぎでようやく目を覚まし、ぷにぷにと活動を再開する。
「あれ、プニガミ、どこ行くの? 助けてくれないの?」
「ぷにぷに」
「喉渇いたから井戸に行くって……そんなのあとでいいでしょ! そもそも喉ってどこ!?」
アイリスの疑問には答えず、プニガミは自分で扉を開けて外に行ってしまった。
「さあ、アイリス様……二人っきりで楽しみましょう!」
「何を!?」
「神と人との対話を!」
「対話するだけなのにどうして押し倒されなきゃいけないのよ! 放してー」
「それはアイリス様が可愛らしすぎるからいけないんですよ! はっ、もしやこれは神の試練……? くっ、あらがえません!」
「知らないし! そんな試練与えた覚えないし! そもそも私、神じゃないってば!」
「はあ……なんて心の弱い私……お許しをアイリス様……しかし、いつか必ず克服してみせますから……」
「今すぐ克服して! あ、ちょ、どこに手を突っ込んでるのよ! いやぁ、人間怖いぃぃ!」
「アイリス様のふとももすべすべぇ……」
と、そのような感じで、アイリスはシェリルにあちこちを触られた。
くすぐったいやら、ぞわぞわするやら、もう大変だった。
「やめて……お願いやめて……! やめないとぶっ飛ばすわよ!」
「ああ、あらがえない、あらがえない!」
「この……やめてって言ってるでしょぉぉ!」
ついに我慢の限界に達したアイリスは、シェリルの体を突き飛ばした。
怪我をさせないように軽く押しただけのつもりだったのだが……思っていたより力がこもってしまい、本当にシェリルは吹き飛んでいった。
びゅーんとベッドから離陸したシェリルは、教会の壁に頭からゴツンと激突。
そして床にビターンと落ちてきた。
「うわぁっ、シェリル、大丈夫!?」
アイリスは慌てて駆け寄り抱き起こす。
するとシェリルは頭に大きなタンコブを作り、更に鼻血を流して気絶していた。
「大変!」
アイリスは外に行き、エリキシル草を摘み取った。
そして、それをシェリルの鼻に突っ込む!
鼻血が止まった!
「あいたたた……」
シェリルは鼻からエリキシル草を生やしたまま体を起こした。
「ご、ごめんね、シェリル……まさかこんな勢いよく飛んでいくとは思わなくて……でも、あなたが悪いんだからね! 謝らないわよ!」
「もう謝ってるじゃないですかアイリス様」
「あ、本当だ! 今のなし!」
アイリスは謝罪を取り消そうと、手をパタパタ振り回す。
「はい、本当にアイリス様は悪くないので。私こそ、守護神アイリス様のお体を気安くペタペタモミモミペロペロにゅるんにゅるんと触ってしまい、申し訳ありませんでした……」
「ペロペロにゅるんにゅるんはしてなくない!? っていうか、どういうアレなの!?」
「ああ、ペロペロにゅるんにゅるんは私の妄想でした……しかし突き飛ばされなかったらやっていたかもしれません……」
「怖っ! どんなのか分からないけど怖っ!」
「もう二度とこのようなことがないよう、教会への立ち入りは必要最低限にとどめます……」
「う、うん……いや、そこまでしなくても……」
アイリスは戸惑う。
確かにアイリスは人間嫌いだし、騒がしいのも嫌いだ。
しかしシェリルのことはどうしても嫌いになれない。
むしろ、たまに彼女の顔を見ないと物足りなささえ感じてしまう。
「いえ。アイリス様の安眠を妨げるのは、まさに神への冒涜」
「でも、でも。シェリルには、ほら。私の新しいパジャマを用意したり、乱れた布団を直したりする役目があるし。あと、教会の掃除もして欲しいし。それにシェリルがご飯作ってくれないと、私、自分で用意しなきゃいけないし……毎日こなきゃ駄目よ!」
「ア、アイリス様……ペタペタモミモミなどと大それたことをした私を許してくださるんですか!?」
「うん……許すも何も、最初からそんな怒ってないって」
「では、これからもペタペタモミモミしてよろしいんですね!」
シェリルは目を輝かせた。
「……えっと……ちょっとくらいなら?」
「ペロペロにゅるんにゅるんもいいんですね!?」
「それは何か怖そうだからやだ!」
「そうですか……」
シェリルはかなり残念そうだった。
落ち込ませてしまった自分が悪いのだろうかとアイリスは焦る。
「えっと……とにかく、これからもよろしくね!」
「はい! こちらこそ、よろしくお願いしますアイリス様!」
お互い、床に座ったまま、ペコペコ頭を下げる。
「いや、こちらこそ」
「いえいえ、こちらこそ」
と、そこにプニガミが帰ってきた。
たらふく井戸の水を吸ったのか、いつもよりぷにぷにしている。
「ぷにー?」
そんなプニガミは、ペコペコし合うアイリスとシェリルを見て「なんでシェリルは鼻からエリキシル草を生やしてるの?」と疑問を口にした。