11 豪華なベッドが到着した
シェリルが嵐のように現れ、嵐のように去ってから一ヶ月ほどが過ぎた。
すっかり夏になってしまった。
しかしプニガミはひんやりしているので、どんな猛暑でもアイリスは安眠できた。
だが、シェリルが用意すると言っていた最高級の寝具とやらにも興味がある。
早く持ってきてくれないかなぁと待ちわびていた、ある日。
教会の扉がノックされた。
「アイリス様! 私です、シェリルです! 約束のベッドと布団を持って来ました! 運び込んでもよろしいでしょうか!?」
「つ、ついに来た! いいわよ……あれ、でも、あなた一人?」
「いいえ、まさか! 私はか弱い乙女。一人でベッドを丘の上まで運べるわけないじゃないですか。なので、ちょっと私を含めて五人ほど入ります」
「え、五人!? ちょ、ちょっと待って!」
アイリスは隠れるところがないかキョロキョロ探す。
椅子の下は駄目だ。格好悪すぎるし、さほど身を隠せるとも思えない。
ならば祭壇の後ろ……いや、祭壇がある場所にベッドを置くとか言っていた。撤去されてしまう。
「こうなったら天井に張り付くしかないわ……! プニガミ、あなたはここに残って皆の注意を引いて!」
「ぷに!」
プニガミは「まかせろ」と威勢よく頷いた。
そしてアイリスは飛行魔法で天井まで行き、ピタリと張り付き、床を見下ろす。
「アイリス様ぁ、まだですかー?」
「もーいーよー」
と、答えた瞬間、扉がバーンと開かれた。
入ってきたのは、まずシェリル。
以前来たときは薄汚れた麻の服だったが、今は綺麗な絹のドレスだった。まるで貴族みたいだ。いや、実際に男爵で、この辺一帯の領主らしいのだが。
そして続いて入ってきたのは、大きな白いベッドと、それを運ぶ四人の男たち。
いかにも力仕事が得意そうな人たちだ。
運ばれてきたベッドは、天蓋付きの立派なものだった。
三人くらいで並んで寝ても、まだ余裕がありそうだ。
「アイリス様ぁ、これですよー。アイリス様ぁ、どこに隠れたんですかぁ?」
「ぷにー」
「あれ、プニガミ様だけですか? アイリス様はいずこに?」
「ぷにぷに!」
「うーん……何言ってるのか分かりませんね……」
プニガミは酷いことに「アイリスは天井にいるよ」と語っている。
が、シェリルはそれを理解できないので、首をかしげるばかりだ。
「男爵様。このスライムが守護神様なのですか?」
ベッドを運んできた男の一人が疑問を口にした。
「いやいや、まさか。アイリス様は可愛らしい銀髪の女の子ですよ。このスライムはプニガミ様。アイリス様の眷属です!」
眷属ということになったのか、とアイリスは天井で感心していた。
アイリスの眷属プニガミが「ぷにーぷにー」とアイリスの居場所を空しく語っているのをよそに、男たちは高台の祭壇をどかし、代わりに天蓋付きベッドを設置した。
「これでオーケーです。あとはアイリス様に寝てもらうだけなのですが……」
シェリルはアイリスを探し、教会の中をウロウロする。
男たちもキョロキョロする。
しかし、まさか天井に張り付いているとは誰も思わないだろう。
アイリスの勝ちだ!
(いや、勝ち誇っている場合じゃないわね……もう、ベッドの設置が終わったなら早くいなくなればいいのに。知らない人が四人もいたら、降りるに降りられないじゃない……シェリルってば気が利かないんだから!)
アイリスはシェリルたちを見下ろしながらイライラする。
そんなとき、プニガミが体を変形させて、矢印を作った。
指し示すのは天井。つまりアイリスの位置だ。
「ちょ、プニガミ! 裏切り者!」
「ぷにーぷにぷに」
プニガミは「何を恥ずかしがってるんだよ、堂々としろよ」と無理難題を言ってきた。
酷い。
そんなことができるなら、アイリスは初めから廃教会に引きこもったりしないのだ。
「まあ、アイリス様ったら。そんなところにいたのですか。今日は全裸じゃないんですね」
「当たり前でしょ! いつも全裸みたいに言わないで! あの日は湖で泳いでるところにあなたが急に出てきたから裸だったのよ!」
「しかし、全裸のアイリス様は美しくて神々しかったですよ。どうです? 今からでも脱いでみませんか?」
「男の人がいるのに脱げるわけないでしょ! アホなの!?」
「ははあ、女神様でも男の人の前で脱ぐのは恥ずかしいんですね。アイリス様、可愛いです!」
「だから何よ! もう、いや! 人間いや! あっちいって!」
アイリスは天井から怒りを込めて怒鳴り散らす。
だが、誰も出て行こうとしない。
シェリルは微笑ましい顔で、男たちは疑わしそうな顔で見つめてくるばかりだ。
「男爵様……あの天井に張り付いている幼女が守護神様なのですか……?」
「ただの空飛ぶ幼女にしか見えねぇ……」
「いや、しかし普通の幼女は飛ばないぞ」
「だが、飛んでるだけじゃ守護神とは認められねぇよなぁ」
どうも完全に舐められているらしい。
いけない。
これでは皆、気軽に教会に来てしまう。
もっと威厳を出して、教会に近寄るなど恐れ多い、と思ってもらわないと。
「愚か者どもめ!」
精一杯威厳を込め、アイリスは腹の底から声を出す。と、同時に、全身から虹色の光を放った。
「す、凄い……神々しい光だ……」
「やはり守護神様……?」
男たちは目を白黒させ、うろたえた。
あと一押しだ。
「くくく、お前たちの働きを上から観察していたのだ。ご苦労であった。私は満足である。これからもこの土地に恩恵をもたらしてやろう」
「お、おお……本当に守護神様だ……」
「ありがたや、ありがたや」
男たちは跪いて祈り始めた。
これでもう舐められることはないだろう。
「しかし、この教会は神聖な場所。軽々しく立ち入ってはならぬ。そこにいるシェリル男爵以外の者は、早々に立ち去るのだ!」
「「「「ははぁっ!」」」」
男たちは素直に教会の外に出て行った。
アイリスはようやく床に降りることができる。
「ああ……緊張した。知らない人と話すの疲れる……」
アイリスはへなへなとプニガミの上に倒れ込む。
「凄かったです! もの凄く神様っぽかったです!」
「そう? ふふふ、まあ私だって本気を出せばこのくらい……でも神様っぽくていいのかしら? 魔王の娘なのに……」
「そのネタ、まだ引っ張るんですか? そんなに面白くないですよ?」
「ネタじゃないし! 本当だし!」
「はいはい。そんなことより、そのベッドに寝転がってみてくださいよ。エリキシル草を売ったお金でゴージャスなのを買ってきたんですから!」
「そうね。私も寝心地を確かめてみたいわ。というわけでプニガミ、私をベッドまで運んで」
「ぷにー」
先程まで、教会の一番奥に祭壇があった。
周りよりも一段高くなっており、とても目立つ。
しかし祭壇は撤去され、今はベッドが置かれている。
アイリスは守護神として祭られるらしいので、ある意味、このベッドが新しい祭壇だ。
プニガミはその前に辿り着くと、ぷにんとアイリスを布団の上に投げ飛ばす。
すると布団は、アイリスの体を、ふわっと受け止めてくれた。
「わっ、なにこれ! ふかふか! ふかふかという言葉の意味を、私は、今、知った! 英知! 真理!」
アイリスは興奮して転げ回った。
体が布団に包まれているという快感。
ここは、楽園だ。
「ぷにぷに!」
アイリスが恍惚としていると、プニガミが怒った声を出す。
「え? このベッドと布団があれば、もう自分はいらないのかって? そんなわけないでしょ! プニガミはプニガミよ! ほら!」
アイリスはプニガミを抱き上げ、布団の中に引きずり込んだ。
そして変形するくらいムニッと抱きしめる。
「プニ抱き枕ガミよ!」
「ぷに? ぷにー!」
プニガミは嬉しそうに、ぷにぷにとうごめく。
高級ベッド&布団inプニガミ。
ここに最強の合体寝具が生まれた。
「私、もうここから動かない……」
「喜んでくださるのは嬉しいのですが……ずっとベッドから動かないというのは如何なものかと……」
シェリルは引きつった笑みを浮かべる。
「余計なお世話よ。それに冗談に決まってるじゃないの。いくら私が引きこもりだからって、ずっとベッドの上にいたら飽きる? わよ?」
「激しく疑問系!」
「そんなことより、開拓のほうはどうなってるの? まさか、あれだけのエリキシル草を持って行ったのに、このベッドと布団を買って終わりじゃないでしょうね?」
アイリスとしては、開拓などせず、このまま静かな土地でいて欲しいと思う。
だが、もともとはシェリルの土地だ。
シェリルのことは嫌いではないので、あまり気の毒な結果にはなって欲しくない。
「ふふふ……ご安心ください。ざっと五十人ばかり連れてきましたよ! 家を作って、畑を耕して、牛や豚を育てて……ブドウ畑を作ってワインに手を出すのもいいですね! ああ、夢が広がります!」
「そう……あんまりうるさくしないでね」
「大丈夫です。全て丘の下でやりますから! アイリス様はここから見守っていてください!」
「分かったわ。その代わり、美味しいご飯作ってくれる約束も忘れないでね」
「ええ、もちろんです! あ、王都からお菓子を運んできたので、あとで持ってきますね!」
と、このような感じで、シルバーライト男爵領は再開拓が始まった。
はたして、どんな村ができあがるのか。
アイリスも、実はちょっとだけ楽しみだった。