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異世界転生モノの流行は、未来への予見かもしれず。 作者:ワイヤー・パンサー
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人工世界と、心のアップロードについて

 では、異世界転生モノの実現について、語らせていただきます。
 マァ、あまりご期待はせぬように。どうせ、すぐには実現できぬのだから。
 まずはVRゲームモノを、元にして、話をふくらませてみましょう?

 「VR」とは、
「バーチャルリアリティ(仮想現実)」
すなわち、
「現実だと感じさせる技術」
……ここでの語句は大ざっぱにいきましょう。

 現在ならば、ゴーグル状の器具を、頭部に装着したりします。それで、映像と音声を、目と耳から送るわけです。
 それはあくまで、目と耳という感覚器官を使っています。
 直接、(感覚)神経に、信号を伝えていません。
 さらに文明が進歩すると、その段階に入るでしょう。

 そして、やがては、視覚と聴覚のみならず、嗅覚・触覚・味覚の五感、そして五感以外の感覚も、VRゲーム内で感じられるでしょう。神経をあやつる技術が進めば、できるわけです。

 そこまでいくと、意識上では、完全なまでに現実と切り離されます。VRでの身体が、自分の身体なのだと感じます。
 現実との違いは、どんどん少なくなります。それどころか、やがて、VRは、現実以上の実感をともなうでしょう。

         *   「現実だ」「現実じゃない」

 さて、これまで「VR」すなわち「仮想現実」とってきました。
 仮想現実と云う言葉では、「これは現実ではない」という感じがします。
 「仮想」とは“事実でないことを仮にそう考えること”、だそうです。

 ところで電子の世界である「インターネット」は、「仮想」ですか? 事実ではありませんか? 現実ではありませんか?
 私の意見は、「インターネットも現実だ」です。現実世界の中に、インターネットというシステムが存在し、現実に色々な取引がネットで行われている――そう考えます。

 これと同様のことです。
 今は、VRと呼ばれていますが、これが現実世界と同等のレベルにまで発展します。

 ここでは仮に、それを、『人工世界』と呼びましょう

 人工的に作られた世界だからです。

 そして、今まで現実世界と云っていたのを、仮に、『天然世界』と呼びます。

 「人工世界」も「現実世界」なので、別な云い方が欲しかったからです。
 正直、満足なネーミングが思いつきません。いろいろ考えてはみたのですが――「物質世界」、「基本世界」、「基盤世界」、「土台世界」、「旧世界」、「既存世界」、「オーバーワールド」、「通常世界」、「標準世界」、「クラシックワールド」、「ベーシックワールド」、「自然世界」、「天然世界」、……

 ま、とにかく、便宜のためには名づけないといけません。
 今まで「現実世界」と呼んでいたものを、「天然世界」というのは、かなり違和感がありますが、今だけ我慢してください。

 では、改めて、確認させていただきます。

『人工世界』: 人工的に作り出された世界のこと。

『天然世界』: 元々の現実世界のこと。非人工的に作り出された世界のこと。

 ――もちろん、天然世界(これまでの現実世界)も、人の手は加えられておりますが、人が天然世界を誕生させたわけではないので、非人工的に作り出された、としました。


         *   現実世界の身体


 これまでの話によると、人工世界に入るには、天然世界で、例えばゴーグル器具を付けるということでした。
 ところでゴーグル器具では難しいので、大きなポットと云いますか、カプセルと云いますか……、そういう身体丸ごと入る大きな器に、体を収める形になるかもしれませんね。(いずれは器具らしい器具もいらなくなるでしょう)

 まぁ、どちらにしろ、体は、天然世界に置きっぱなしなわけです。

 そろそろ、イメージを作品で例示した方がよろしいでしょうか?
 知っていたり知らなかったりと思いますが、映画「マトリックス」であったり、アニメ「ソードアート・オンライン」であったり、それをイメージしてください。

 それでです。体と心はつながっている以上、天然世界に置いてきた体も、ないがしろにはできません。体が滅びたら、心は死に、その人も死んでしまいます。
 ま、感覚器官を制御していれば、天然世界の体が痛もうと、病気になろうと、苦痛をシャットアウトできるかもしれません。が……問題はそこじゃありませんでしたね。

 天然世界の体のケアも必要ですよね? 食事に排泄に風呂に……と、そういうことが要りますね。それはAI(人工知能)に任せる手もあります。

 とはいえ、ここでの根本的な問題は、
「心と体が一緒になっていること」
です。

 ですから、心と体を引っぺがして、心だけを人工世界にアップロードすれば、OKなんです。
 それなら、天然世界の体を維持しなくて良くなります。


         *   心と体の分離


 心と体は分離できるのか?
 そういう疑問を感じた人もいるかもしれません。
 はい! できます! と結論を云います。
 でも、当然のことながら、現代科学では無理で、近未来2,30年以内に可能かな? ということになりますが。

 なぜ分離可能なのか?
 それは、体はハードウェア、心はソフトウェアだからです。

 「ソフトウェア」とは、パソコン上の、ワープロソフトや、ゲームソフトと、同じ意味の、ソフトウェアです。
 「ハードウェア」とは、パソコン本体であったり、マウスであったり、ハードディスク、CPUチップなどと一緒です。

 心というのは、脳などの神経の、接続パターンで記録され、運用されている、データとプログラムです。
 そう、心とは、データとプログラムなのです。

 もっと云えば、「人間」とは、機械でもあり、コンピュータでもあります。人間もまた装置なのです。すなわち生物それ自体が機械です。

 パソコン上のソフトは、コピーして別のパソコンに送ったりできますね?
 同様に、心と体は別々に取り扱うことができます。


         *   心のアップロード


 天然世界の体から、心をスキャンして、人工世界上の体へアップロードできます。

 するどい人は、それがコピーだと、分かりましたか?

 スキャンした(読み取った)内容を送るので、コピーを送るようなものかもしれませんね。

 なおかつ、技術レベルによっては、スキャンの際にオリジナルは破壊されます。つまり、オリジナルは死んで、コピーが生き残ります。

 マズイですか?

 でも、それでも良いのではありませんか?

「良いわけない!」、という声が聞こえてきそうです。

 なぜ、オリジナルは死んで、コピーが生き残ることが、良いと云えるのか。

 それは、そもそも、貴方は、コピー人間だからです。

 貴方だけではありません、人間は、自らのコピーを作り出し続けているのです。元々、自然の生物は、そうなのです。

 人の体を構成する物質は、入れ替わります。物質だけを見れば、別人なのです。
 ところが! 物質だけじゃありません。老化という現象を見れば分かるように、物質だけでなく、物質の配置(すなわちソフトウェア)まで変わっています。

 「同一人物」という言葉がありますが、一瞬でも時が過ぎれば、完璧な同一人物は、有り得ない、ということ、お分かりになられたと思います。体のどこかが、たえず変わるからです。

 心に深く関係する、脳細胞であっても、例外ではありません。それもまた、細胞を構成する物質は入れ替わります。

 そこまで変わっても、それでも、その人は、その人なのです。

 たとえ、臓器を、人工臓器に置き換えても、その人はその人です。

 脳細胞を、同様の機能を果たす、人工装置に置き換えても、その人はその人なのです。

「人は、体じゃない、心だ」
という思いの人ならば、
「人は、物質じゃない、データとプログラムだ」
ということでもあります。

 人の心の正体は、情報なのです。

「なんだって、そんなばかな……」と、狼狽する人がいますが、その人は勘違いをなさっているのでしょう。

 心が情報だから、価値が低いなどと、思っておりませんか?
 情報を一概にとらえてはいけません。
 心は、尊い情報なのです。

 同じく、機械は機械でも、人間という機械は、尊い機械なのです。

 だから、「心はただの情報だ」、「人はただの機械だ」というのは大抵、誤りです。“ただの”ではないからです。
 これで、心がソフトウェアであり、人工世界にアップロードできることを述べ終わりました。

 これを応用しますと、もちろん、パソコンその他にも、アップロードできます。

 また、心を複製して、バックアップすることもできます。
 心とは重要な存在なのですよね? ならばバックアップしないで運用するなんて、未来では考えられなくなるでしょう。
 あらかじめバックアップすることで、老化により脳が破壊され、心が壊れても、そのままにする必要はありません。脳を修復または、新品に変えて、そこにバックアップしておいた心をアップロードすれば良いのです。
 ……もちろん、昔ながら自然のままに、年老い、滅び行くことを望むのも、また、その人の人生です。
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