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ツボ士 伊蔵 闇手帖  作者: 美月 純
5/5

「神の手」

カラン


「よう、伊蔵、元気だったか?」

「……。」


「ちっ、相変わらず愛想のねぇ奴だ。」

この男は角田かくだ鉄二、警視庁捜査一課のベテラン刑事だ。


「何の用だ。」

「つれないなぁ。ここへ来るのは体をほぐしに来る他に目的があんのかよ。」


「……。」

そういうと角田は徐ろにコートを脱ぎ、ヨレヨレの背広を自らハンガーに掛けた。

そうして勝手にベッドに横になると

「頼むわ…。」


伊蔵も淡々と角田の体をほぐしにかかった。

「なぁ、このところ俺の管轄で、不審死が増えてんだよ。」

「……。」


「検死に立ち会うんだけど、そのどれもが目を覆いたくなるような無残な死に方で、目玉が飛び出て、口から汚物を吐いている者や、背骨が逆に折れて絶命している者とか、普通の人間業とは思えない死に方なんだよ。」

「……。」


「おっ、そこ効くわ、さすがツボ士だけあるな。おめえの腕は天下一品だ。元刑事にしては…。」

そういった瞬間遮るように伊蔵が言った。


「何か聞きたいことがあるんじゃないのか?」

「いや、その不審死を遂げたのがどれもどうしようもないチンピラばっかで、でも、人に恨みを買うような犯罪者なんだよ。」


「……。」

「まさかこのご時世に”必殺仕事人”もないとは思うんだけどよ。まぁ、どんな理由があるにせよ、人を殺せばただの『殺人犯』だからな。その殺された犯罪者と変わりねぇ。」

「……。」


「勝手な正義はこの法治国家日本では、通じねぇってことだよ。」

「終わりだ。」


「へっ?」

「施術は終わった。料金は4800円。」


「お、そうか、あーさすがだ。楽になったぜ。」

「……。」


「えっと、あ、悪りぃな、金足らないからつけといてくれ。」

そういうと角田は上着とコートを羽織り

「兎に角、そういうことだ。身辺には気をつけろや。」


そう言い残すと夜のとばりに消えていった。


「なんだい。あいつ。相変わらずいけすかねぇ。」

痲痺路が奥から出てきて毒づいた。


「何か動いてるな。」

「え?」


「こっちの仕事が入ってくるかもしれん。」

「そうなの?」

痲痺路はキョトンとした表情で伊蔵の横顔を見つめていた。



翌日

「伊蔵ちゃん新しい客連れてきたわよ。」

倫子がいつもの調子で入ってきた。

「あ、初めまして葵と言います。」


「葵ちゃん、ひと月前から、近くのイメクラに勤め始めたんだけど、腕とか口とか使うせいか、左半身が痺れるような症状がずっと続いて辛いんだって。伊蔵ちゃん診てもらっていい?」


「上着を脱いでそこに仰向けに横になって。」

そう言うと伊蔵は、葵の体に触れることなく頭の先から、足のつま先までジッと見つめた。

次の瞬間、胃の下のあたりの巨闕こけつというツボを突いた。


「え?」

「体を起こしてみろ」

葵はゆっくりと体を起こし首を二、三回まわすとハッとして言った。


「治ってる…すごーい!!!」

「でしょ。伊蔵ちゃんの腕は超一流だからね。」


「ありがとうございます。嘘みたいに体が軽くなりました。」

料金を払おうとした葵に

「初回はお試しだから無料だ。」

伊蔵が言うと

「え?それは申し訳ないので。」

横から倫子が

「いいのよ。誰にでも初回は無料なんだから。」

そういうと、葵は深々と頭を下げて

「本当にありがとうございます。また、必ず来ます。」

そして、玄関先で再び深々とお辞儀をして去っていった。


「いい娘でしょ。最近にしてはよくできた娘よ。」

「……。」


「実はね…あんなに明るそうだけど、母親がいわゆる”不治の病”らしいのよ。」

「え?不治の病って?」

痲痺路が横から口を挟んだ。


「詳しくはわからないけど、血液のガンらしくて、それも最近では医学の進歩でだいぶ治るようになったらしいんだけど、彼女の場合は薬や輸血でも治らない種のガンらしいのよ。」

「なんか、方法はないの?」

麻痺路が尋ねる。


「医学的には無理みたい。だからなのか、最近、ある宗教団体に寄進してるみたいなの。」

「宗教団体って、どうなの?」


「無神論者のあたしにはよくわからないけど、葵は信じてるみたい。」

「信じる者は救われるってことかな。」




妙恵みょうえ様、母の具合はこれでよくなるでしょうか?」

「確実によくなる。お前の心がけの良さが日に日に母の容態を改善している。」


「ありがとうございます。これも妙恵様のお力のおかげです。これを…。」

そういうと葵は布佐に包んだ10万円を妙恵に差し出した。

妙恵は無言でうなづくとその金を懐にしまい込んだ。



「葵ちゃん、どうなのお母様の具合は?」

お茶を共にしながら倫子が尋ねると

「良い方向にいってる、て妙恵様は言うんだけど…。」

「……。」


「お医者様はまったく治っていないし、悪化しているっていうの。」

「えーやっぱり、こう言うのもなんだけど、その宗教…ちょっと考え直したほうがいいんじゃない?」


「でも、他に頼るところもないし。」

「お医者を変えてみるとか、ネットで良い病院を探してみるとか。」


「そんなのやったわよ!今度の病院だってもう4回目、ネットで全国各地の病院を探して連絡したけど答えはみんな一緒!これ以上医者は無理なのよ!」

大声で叫ぶ葵の声に周囲の人々も驚き注目した。


「でも、宗教じゃ治らない気が…。」

「倫子ねぇさんに私の気持ちなんてわからない!」

そういうと葵は勢いよく立ち上がり、店の外に駆け出して言った。



「妙恵様、母の容態はお医者様から見るとまったく治っていないようです。どうすれば…。」

腕組みをしてしばらく考えた妙恵は

「もう、その病院はやめてここへ母を連れてきなさい。私が直接診てやろう。」

「本当ですか!ありがとうございます。」


「その代わり、1日ごとに寄進は必要だぞ。」

「ま、毎日ですか?」


「うむ。それが無理なら諦めるのだな。」

「わ、わかりました。必ず寄進します。」



葵は今まで以上に店に入り、多くの客の相手をして月に100万単位の金を作った。

しかし、その金はすべて妙恵の懐に収められ、葵自身は食事もままならない状態になっていた。


「妙恵様、いかがでしょう。」

母親の容態を診た妙恵に葵が尋ねた。


「安心するが良い。ここに来て十日、すでに快方に向かっておる。」

「本当ですか!ありがとうございます。」

そういうと葵は妙恵の前で、深々と土下座した。


「母さん、よかったわね。快方に向かってるって。」

「葵、すまないね。私のために…。」


「何言ってんの、母一人、子一人なんだから。ずっとあたしを育ててくれた母さんに恩返しをするのは当たり前よ。」

「葵…。」

そういうと母親は葵の手をそっと握り締め一筋の涙を流した。

葵の目もいつの間にか霞んでいた。


それから十日後


「うぅ、どうして?」

母の遺体の前で泣き崩れる葵がいた。

「これも命運、ここまで神のおかげで母は生き延びてこられたのだ。感謝せねば。」


「うそ、妙恵様は確かに”治る”って言いましたよね?」

「……。」


「だからお医者様の反対を押し切って退院させてここに来たのに。」

「すべては神の御心のままだ。母は必ず天国に召されている。」


「ちがう、私は母に生きていて欲しかった!だから毎日お布施も納めて、今まで通り母と一緒に暮らしていけると思ったからこそ、辛い仕事もやって…。」

「何事も限りはある。母の命もわたしの力があったからこそ、ここまで…。」


「黙れ!この大嘘つき!治すって言っただろうが!」

突然の葵の豹変に妙恵も一瞬たじろいだ。


「言いふらしてやる。こんな宗教、クソだってこと。金だけとって何も救ってくれないって!」

そういうと葵は襖を開け、出て行こうとした。


「うっ!」

襖の向こうに待機していた男衆おとこしゅうの一人が葵の鳩尾を打ち、倒れた葵を抱えるように支えた。

「若さゆえの浅はかな心持ち…母の元へ…。」

男衆は無言で頷くと母親の遺体と共に葵を連れ去った。



「伊蔵ちゃん!」

血相を変えて倫子が店に入ってきた。


「どうしたの?」

痲痺路が聞く。

「葵ちゃんが…。」

そういうと涙を流し、その場で膝から崩れ去った。


翌日の新聞には『無理心中?』という見出して葵と母の死を報じていた。


「ありえないね。」

痲痺路が新聞を見ながら言った。


「……。」

「葵は手首を切ってるって書いてあるけど、あの子、左利きだったよね。」

痲痺路は店に来た葵が支払いをしようとした時、財布を左手で開けたところを見逃していなかった。

「だったら、わざわざ左手首を切るのは変…他殺だね。」

「その宗教団体、調べられるか?」

伊蔵が痲痺路に聞く

「わかった。」

そういうと痲痺路は真っ黒なコートを羽織って店を出た。


三日後

「手間取ったよ。」

そう言うと痲痺路は机の上に、3枚の写真と家の見取り図を広げた。


「この屋敷、迷路みたいになってやがる。侵入するにはちょっと手間取るかも。」

「......。」


「あと、中には数人の男がいて妙恵のことを守ってる。それぞれが格闘や剣の達人らしい。」

「……。」


「今度ばかりは、ちょっと手こずるかもしれないね。」


「恨みを…。」

「え?」


「葵とその母親が恨みを晴らしてくれって、言ってるんだ。」

「伊蔵・・・」




「おほほほほ、本当にこれだから宗教家はやめられない。」

目の前の金庫に札束をぎっしりと納め。それを愛でながら妙恵はひとりごちていた。


「うぉ!」

部屋の外で男衆の一人の声がした。

「ん?」


「んぎゃ!」

また、一人別の男の声がした。


「何事だ!」

ふすまを開けた妙恵は廊下に向かって声を発した。

「妙恵様、すぐに非難を!」

別の男衆の一人が部屋に駆け込んできた。

「どうした?」

「何者かが屋敷に侵入しております。」


「なに?この堅牢な屋敷に侵入者だと?」

「はい、確かに。相手は独りのようですが。」


「独り?」

「とにかくこの場を離れましょう。」

先導する男衆について妙恵は廊下をひた走った。

その間にもあちらこちらで他の男衆の断末魔が鳴り響いていた。


ただ事ではないと感じた妙恵は、男衆の先導を離れ、一人ある部屋の中へ入った。

男衆も気づき、後ろから妙恵を追った。


「この妙恵様を侮るなよ。」

そういうと、その部屋の隅にある壁をグッと押すとその一部が壊れ、中からボタンが出てきた。

それを押すと床の間の掛け軸が落ちてその壁がぱっくりと開いた。


「いざというとき、逃げ道を作っておいたのさ。でも、本当は警察とかを想定していたんだけどな。」

「妙恵様さすがです。これで賊からも逃れられます・・・うなぁ!」

目の前で今しゃべっていた男衆が口から血を吐いて倒れた。


「何者?!」

「お前以外の男は、眠ってもらったよ。」


「なぜ私を狙う?!」

「・・・」


「金か?ならば話に乗るぞ。」

「恨み・・・」


「?」

「葵とその母親がお前だけは許せないと言っているんだ。」


「何をたわけたことを。葵もその母も散々癒してやったのに。最後は恩を仇で返そうとした。」

「それで、二人ともあの世にやったのか?」


「何のことだ?私は何もしていない。ただ、亡くなった母親と葵を返すように男衆に命じただけだ。」

「じゃあ、その男衆が勝手に葵も消したと。」


「知らん。そんなことは我が感知することではない。」

「自分だけは罪がないと。」


「罪も何も御仏に使える身、何もやましいところはないわ!」

「言いたいことはそれだけか。」


「とにかく、金なら今あるだけ持って行っていい。それで手を引け」

「金は要らない。おまえの命で償え。」


「こざかしい!」

言った瞬間、部屋の畳が捲れ上がり、伊蔵の前に立ちはだかった。

伊蔵は浮いた畳を右手の人差し指と中指で突くと、ぱっくりと畳が割れ、妙恵が逃げていく姿を捉えた。


庭先に出ると、残っていた男衆が次々に襲いかかってきた。

伊蔵はその巨体に似つかわしくない流れるような動きで、敵の攻撃を避け、確実にツボに一撃を加える。


打たれた男たちは、その場で動きが止まり、五体のどこかに支障をきたし、やがて絶命した。

その間に妙恵は別の部屋の逃げ道から、まんまと地下の通路に出ていた。


「さすがにここまでは追ってこれまい。」

そう言うと妙恵は、その場で立ち止まり、息を整えた。


「遅かったな。」

「なに?!いつの間に!!」


「お前がここに出ることはすでに分かっていた。」

「おのれ!」

妙恵はそう発すると同時に懐に忍ばせていた小刀を抜いて、伊蔵に切り込んだ。

伊蔵は突き出された刃物を左手の人差し指と中指二本で挟み、動きを止めると、そのまま右手で妙恵の眉間にある攅竹さんちくというツボを突いた。

「うぎゅぁ!」

妙恵の目は白目に返り、まったく見えなくなった。

「待て、本当に私は、葵を気の毒に思ったからこそ、母を引き取って最期まで面倒をみてやろうとしたのだ。その私をなぜ葵が恨む?」

「おまえの心からの行動だったと?」


「そうだ。そうでなければほかに何だ。」

「じゃあ、なぜ、金をとった?」


「それは、祈祷代や葵や母の食事など、それなりにかかるものを払ってもらっただけだ。正当な報酬と費用だ。」

「このひと月で300万、これが正当な費用か?」


「おまえは御仏のことが理解できておらん。どこの宗教だって、それぐらいの布施や寄進は求めるものだ。」

「おまえの世界の常識など知らん。」


「待て!!」

その声より早く、伊蔵は妙恵の背後に回り、志室ししつというツボを突いた。

瞬間、妙恵の体が立ったまま九の字に曲がり、自分の股を上半身が潜り、なおも止まらず体を曲げ続けた。

「うぶぎょ!」

背骨が外れる音と共に、妙恵は絶命した。



「葵たち、天国で一緒になったかな?」

「信じる・・・」


「え?」

「信じる神は違っていたが、きっとあの世で本当の神の手に身を委ねているだろう。」


ツボ士伊蔵 闇手帖第六話 完。


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