「まぼろし」
「もうあと半年、半年したら一緒に暮らそうな。」
「うん、あと半年、待ち遠しい。」
「大丈夫、時間は確実に進んでいるから。」
「だね。でも、 無理はしないでね。体あってのことだから。」
「ああ、ありがとう。綾のこと幸せにするため、がんばるよ。」
「浩司さん。」
「あーあ、どっかにいい男いないかしらね〜。」
伊蔵のマッサージを受けならがら、倫子が愚痴る。
「どこかに大金持ちの色男で、『倫子はもう働かなくていいよ』なんていってくれちゃう人いないかしら。」
「色男は無理でも大金持ちのハゲデブ親父ならいるんじゃない?」
麻痺路が茶化す。
「うるっさいわね小娘!色男は最低条件よ!」
「んじゃ、無理だね。例え貧乏な色男でも倫子ネエさんになびくやつはいないでしょ。」
「うるさーい!あんたはどっか行っといで!ちっとも心癒されないわ!」
「あはは、本当はおしゃべり相手が欲しいんだろ!ちゃんとこの麻痺路ちゃんが相手してあげてるのにぃ。」
「あーもう、いいわ。伊蔵ちゃん聞いてよ。うちのお店の姉妹店のキャバクラに勤めている女の子がそういう大金持ちのイケメンと結婚することになったのよ。」
「……。」
「羨ましいわ。でも、その子ほんっとにいい子で、キャバ嬢と思えないほど純粋で、まぁ、相手はもともと客だったんだけど、その純粋さに惚れたらしく、それがたまたま大会社の御曹司、しかも、あと半年後には二代目社長として父親から会社を任されるらしいのよ。」
「へぇ〜本当にあるんだね。玉の輿ってやつ」
麻痺路が目を丸くして、自然と話に加わる。
「そうそう、あるのよ。でも、やっぱりあの子の気立ての良さが、そういう運を呼ぶのかもね。」
「倫子ネエの日頃の行いじゃ無理だよね。」
「そうそう行いがねって、こらぁ!!」
「おぉ!ノリツッコミって腕上げたね、倫子ネエ。」
「どぉでもいいわ!」
「綾、悪いな、もう少しだから。」
「いいの。大丈夫、どうしても必要でしょ。」
「あぁ、これ、倍どころか10倍にして返すから。」
平川浩司は会社を引き継ぐため、自社株を買い増さなければならないという理由で綾から金を借りていた。
その額はすでに1000万近くになっていた。
綾はキャバ嬢とは言っても秋田の田舎から高校卒業と同時に 出てきて、当初は中小企業の事務仕事をしていた。
しかし、田舎に住む二つ違いの弟がいて、「大学進学したい」との夢を聞いていた。
そんな折、父親が倒れ長期の入院を余儀なくされた。
もともと、稼ぎが少ない農家の余力では父親の入院費だけでも回らず、親類に借金をするようになり、長女で東京で働く綾の肩にその返済や日々の生活費までがのしかかるようになった。
そこで、 綾は安月給の事務を辞め、思い切ってキャバ嬢に転職をして実家の家計を支えるようになった。
幸い酒は飲めたので、お客の評判もよく、稼ぎをあげられるようになり、多い月では100万もの売り上げを上げることができるようになっていったため、借金も返し終わり、少しずつ貯金も始めて、それなりの金額にはなってきた。キャバ嬢に転身して2年が経っていた。
そんな時、客として平川浩司がやってきた。
初めての時は、ヘルプで入った綾だったが、スッとした容姿と彫りの深い顔立ちに一目で虜になった。
また、話もうまく女の子を飽きさせない。
二度目から何を気に入ってくれたのかわからなかったが綾に指名がかかり、そこからずっと指名してくれるようになった。
ある時、指名の理由を聞くと
「その純粋さかな。心が洗われる気がするんだよ。」
と言われ嬉しかった。
そこから綾も心を許し始め、身の上話をするようになり、父親の病気のこと、家が貧農で生活費を賄っているが、弟を大学に進学させたいため少しずつ貯金もして、ようやく1年分の学費を貯めれたことなどを話していた。
すると浩司からさらに距離を縮めてきて、アフターや同伴出勤するようになり、ついには男女の仲になった。
それから3ヶ月して浩司から正式に交際を申し込まれ、その時、指輪をプレゼントされた。
そして、浩司は自ら社長の御曹司である話をして、あと半年後には自分が二代目社長となり、会社を引き継ぐから、その時、結婚しようとプロポーズまでされた。
しかし、そのために自社株を規定の額まで買い増ししなければならないというと綾が「貸すなら」と言って、毎月数十万ずつ渡していたが、最近その額が100万単位にまでなってきており、すでに合わせた額は1000万になろうとしていた。
綾の毎月の稼ぎは右から左へ浩司に渡されるようになっていた。
「麻痺路、ちょっとお願いがあるんだけど…。」
珍しく倫子が麻痺路に神妙な面持ちで言い出した。
「なに?倫子ネエ。」
「ちょっと調べて欲しいことがあるんだけど。」
そういうと倫子はこの前話していたお店の女の子が付き合っている相手に良くない噂があることを耳にしたので、本当かどうかを探って欲しいとのことだった。
いつになく真剣な顔で頼まれた麻痺路もただ事でないことを察知して依頼を受けた。
「倫子ネエさん、読みが当たったよ。」
そういうと麻痺路は幾つかの資料と写真を倫子に見せた。
「詐欺師…こいつは前科のある結婚詐欺師だよ。」
「やっぱり…。すぐに綾に言うわ。」
「うそ!そんなのうそよ!」
「綾ちゃん、本当なの。私が独自に調べたのよ。そうしたら、ほら前科もある、結婚詐欺師だったのよ。」
そういって顔写真入りの新聞記事を見せ、綾を諭した。
「違う!こんな顔じゃないは浩司は!名前だって違うし…」
「それは偽名よ、顔が違うのは 写真の頃はもっと痩せていたからよ。」
「倫子ねえさん、私のことが羨ましいんでしょ、だから妬んでこんな嘘ついて…。」
「違うの、これは事実よ。目を覚ましてちょうだい、綾ちゃん!」
綾は店を出て行き、それっきり戻ってこなかった。
3日後、埠頭の桟橋に女性の遺体が上がったとの知らせを受け、行方不明になっていた綾だと判明した。
倫子はその知らせを伊蔵と麻痺路に伝え
「綾ちゃんごめんなさい。もっと早く気付いてあげられれば…。」
と泣きながら、その場に崩れ落ちた。
倫子の調べに半信半疑だった綾は、直接浩司を訪ね、
「違うよね。浩司さんが詐欺師なんてこと、ないよね!」
と、浩司にすがりついた。
「そっか…。」
「え?」
「ばれたか…。」
「?!」
「そうだよ。おれは詐欺師さ、 れっきとした結婚詐欺師だよ。」
「うそ!そんなわけない!」
「あははは!綾、お前はキャバ嬢には向いてないな。」
「え?」
「キャバ嬢は男を騙してなんぼの世界だろ。 悪く言えば詐欺師みたいなもんだ。それを逆に騙されるなんて…向いていなかったんだよキャバ嬢には。」
「ひどい、信じてたのに。」
「騙されるほうが悪いんだよ。」
「警察に訴えてやる!」
「どーぞ、ご自由に。俺の前科の新聞記事見たろ、 あの時の刑はどれくらいだったと思う?」
睨みつける綾を尻目に
「懲役1年執行猶予3年だよ。もうすでに執行猶予期間は過ぎてるから、また、同じくらいの刑かな。」
「返して、貸したお金を全部返してよ!」
「それは無理な相談だね。すでに全額使っちまったからね。」
高らかに笑う浩司に飛びかかる綾
「ったく、うぜぇな!」
そう言うと思いっきり綾の腹を殴り、跪かせた。
汚物が綾の口から吐き出される。
「あーあ、きったねぇなぁ。俺はもう出かけるから掃除しとけよ。そして、二度と来んな。ちょうど次のカモを見つけたところだったからタイミングもよかったよ。じゃあな!」
そういうと綾を取り残し浩司は出て行こうとした去り際に
「あ、そうそう」
そう言いながら綾に近づくと右手の薬指から指輪を抜いた。
睨みつける綾に
「悪いな、また使うんで返してもらうよ。」
そう言うと高らかに笑いながら部屋を後にした。
失意のどん底に叩き込まれた綾は部屋を出てフラフラと街を彷徨った。
いつの間にか埠頭まで来ていた。
すでに陽は沈み辺りはすっかり暗くなり人気もなかった。
「どうしよう。大切な 弟の学費…全部無くなった…。」
晩秋の冷たい風が通り抜ける。
「ごめんね。」
そう言う綾は倒れこむように埠頭から身を投げた。
「伊蔵、やるよね。」
麻痺路の目つきが変わった。
「麻痺路、裏取りを頼む。」
伊蔵が静かにつぶやいた。
「了解!」
言うが早いか、ハーフコートを羽織った麻痺路は部屋を後にした。
「こいつだよ。」
机の上に平川浩司の写真とプロフィールを投げた。
伊蔵は写真だけ手に取るとジッと数秒間見つめ、グシャリと握り潰しゴミ箱に投げ入れ、部屋を出て行った。
「ったく、チョロいもんだ。わずか3ヶ月で1,000万。次のカモからもすぐにいただくかな。」
平川浩司は行きつけのバーで独り飲みながら、気持ちよく酔っていた。
「マスター、おあいそ!」
「ありがとうございます。」
「釣りはいいから。」
万札を置いた平川は、おぼつかない足取りで店を後にした。
「ちょっと失礼」
独り言をつぶやくとビルの隙間に入り込み用を足し始めた。
「ふぅ…わろぁ?!」
イチもつを握っていた手が勝手に動き出し自分の足に尿をかけ始めた。
同時に顎がはずれ言葉を発することが出来なくなった。
その時、平川は自分の背後に物凄い殺気を感じた。
しかし、体の自由がきかず振り返ることが出来ない。
「どうして返してやらなかった。」
地の底から響くような声が聞こえた。
「あるぅらや」
平川は「誰だ」といいたかったが、言葉にならない。
「曲池」(キョクチ)というツボを突いた。もうお前の手はお前の意思通り動かない。」
「なんら、おわらぇな。」
「綾の無念を知れ。」
「やめれ、やめれきゅぅれ」
「無理だ。もう、お前の手はお前を殺す。」
股間を掴んでいた手が
突然離れ平川の首を掴み出した。
「うぐっ、うげぇあ」
勝手に首を絞め始め喉を潰し、そのまま倒れこんで絶命した。
「綾ちゃん…。」
埠頭に立つ倫子の手から花束が海に投げ入れられた。
「倫子ネエ…。」
麻痺路がその姿を少し後ろの方から見ていた。
ツボ士伊蔵 闇手帳第五話完