「心の闇」
ツボ士 不藤伊蔵 (フドウ イゾウ )年齢不詳(うわさでは40代後半)
新宿三丁目の雑居ビルの2階に人知れず整体院を開業、普段は水商売や風俗の女、ホスト、ニューハーフ、客引きなど夜の街の住人たちが、身体と心を癒しに訪れる。
伊蔵は整体はもちろんだがツボを押さえることにより、辛い症状をサラっと解消してしまう。
弱い者には優しく施術をしながら悩みも聞いてやる。そんな伊蔵を慕って様々な人間がこの整体院に出入りする。しかし伊蔵にはもう一つ裏の顔がある。
それは…
「あー、やっぱ伊蔵ちゃんのマッサージは効くわ~。」
「……。」
「ところで伊蔵ちゃん、最近歌舞伎町界隈で、変な噂があるのよ。」
おしゃべり好きのニューハーフ倫子が言い出した。
「噂?」
「そう、なんでも、風俗勤めの若い娘が、ある日突然消えるんだって!」
「消える?」
「そう、しかもたいていが、新しく入った娘で、大体一月くらいでその店のNo.1になるような可愛い子ばっかりで、しかもかなり稼いでたその金ごといなくなるらしいのよ。」
「最近の若いのは、腰掛けで稼いで、貯まったらさっさと足を洗うんじゃないのかい?」
「確かにね。でも、おかしいのが、ほぼ全員住まいをそのままにしてて、身内まで探してるっていうんだから、ただ事じゃないわよ、きっと。」
「身内まで?」
「普通トンズラするなら住まいは引き払うか、夜逃げにしても家財は持ってくわよ。でも、消えた娘たちは、金以外は一切の物を置いていって、親兄弟にも何ひとつ連絡してないのよ。」
「金以外は持たずか…」
「伊蔵、仕事の匂いがするね。」
「麻痺路…」
「ちょっと出かけてくる」
麻痺路は客には伊蔵の親類の娘(15歳)と言っているが、実は二人は赤の他人。
裏仕事の情報を収集するのが役目
その夜
「ただいま」
「……。」
「わかったよ。確かに怪しい。」
「……。」
「1番最近だと、イメクラに勤めてた18歳の女が入店一ヶ月で指名No.1になったんだけど、その給料300万と一緒に消えちまったらしいよ。」
「……。」
「倫子兄さん…あ、ネエサンか…が言った通り親兄弟も探してて警察に捜索願いも出したらしいよ。」
「捜索願いか…。」
「そう、なんか臭うよね。」
「ん、でも警察に届けてるなら、警察に任せたほうがいいだろ。」
「いや、たぶんこっちの仕事だよ、あたしの鼻は効くからね。」
「……。」
「やめて!!」
「うるせぇ!」
埠頭にある空の倉庫
そこには下着姿で、手足を縛られ、柱に括り付けられている若い女の姿があった。
「お金ならそれで全部よ!」
「うるっせぇな!全部かどうかは俺が決めるんだよ!」
そういうと、男は思いっきり女のほおを平手打ちした。
唇を切り、出血する女
「ちっ!これで終わりか。」
「だから言ったでしょ。もう、お金はこれ以上ないって!」
「へっ、店じゃNO.1なんていわれてたから、500万位は貯めてると思ったのによ。とんだ見当違いだぜ。」
「わかったら、もう離して。帰して。」
「・・・・・・。」
「お願い!その金は全部あげるから。はやくウチを解放して!」
「・・・っと、思うなよ。」
「え?何?聞こえない?」
「このまま、帰れると思うなよ!!」
そう怒鳴ると、女の顔面を拳で真正面から殴った。
鼻が折れるいやな音がした。同時に女の顔の中心から、血しぶきが飛んだ。
「ゲホッ!ゲホッ!」
「きったねぇな!血が付くだろ!」
そして、今度は思いっきり腹に蹴りを入れた。
「うげぇ!」
たまらず嘔吐する女、顔の穴という穴から汚物が出る。
「ゲホッ!や・やめて、お願い。助けて。」
「初めから、金をもらったら殺そうと思ってたんだよ。」
「やめて!なんで?お金なら全部あげたじゃない。殺さないで!」
「やだよ。」
そういうと、男は、足元に置いていた、灯油缶の蓋をはずし始めた。
「うそ!やめて!何する気?!」
「え?わかんないの?やっぱ、あったまわりぃな。これ、灯油、わかる?と・お・ゆ」
「やめてぇ!!まさか、そのままかけて焼き殺す気?!」
「あったりぃ~!少しは冴えてんじゃん!」
「いや!お願いだから、やめて!助けて。命だけは助けて!」
男は容赦なく女に灯油を浴びせた。
空になった灯油缶を放り投げる男
もう、震えだけが女の体を支配して、声が出ない。
消え行くような声で最後の哀願をした。
「やめて・・・おねがい・・・たすけ」
シュッ! ボウ!!
「ぎゃああああああ!」
「ククク、あは、あははははは!」
男は燃えてのた打ち回る女の姿を見て、高らかに笑った。
「伊蔵!」
どたばたと麻痺路が、伊蔵の店に駆け込んでくる。
「やられたよ!あの娘!殺された!」
「どういうことだ?」
「これ見て!」
そういうと麻痺路は新聞を伊蔵に見せた。
そこには、殺された娘の顔写真と、倉庫街の一角で、焼死体で見つかったこと。
警察は自殺と他殺の両方で捜査していることなどが載っていた。
「自殺の可能性もある・・・か。」
「あるわけないだろ!金消えてんだよ!警察は知ってるのかどうかわからないけど、警察だって馬鹿じゃないから、ブンヤには自殺の線もとか言ってるけど、捜査は他殺の線しか当たってないよ。」
「なんでわかる?」
「勤めてた店の店長にリサーチ済み。警察も来て、交友関係を洗ってるって。」
「・・・・・・。」
「他殺だろ。」
「あぁ。麻痺路、お前の鼻が効いたようだな。動いてくれ。」
「了~解!」
「クククッ、300万か、まぁ期待よりは少なかったけど、しばらくは遊んで暮らせるか。風俗の女なんてちょろいもんだ。」
男は、自分のアパートに戻って、奪った金を数えていた。
ドンドン!
誰かが玄関のドアを叩いた。
「ちょっと!藤森さん!家賃払ってちょうだい!」
ドンドンドン!
「いるのはわかってんのよ!さっき帰ってくるとこ見たんだから!」
ドアを叩いているのは大家だった。
「ちっ!」
おもむろにドアを開けた男
「あ!大家さーん。すみません。ちょっと体調崩して、仕事にいけずに金がなかったもんで・・・」
消え入りそうな声で、大家に言い訳した。
「あのね。もう、2ヶ月滞納なの。それが払えないなら出て行ってもらうよ!」
「あ、わ・わかりました。ちょっと待ってください。」
気弱そうに振る舞い男は部屋の奥へ返っていき、戻ると手には札束を持っていた。
「なんだ。あんじゃないの。ひい、ふう、みい・・・。確かに2か月分10万5000円受け取りました。はい、領収書!今度滞納したら、すぐ出てもらいますからね。」
そういうと大家はきびすを返しアパートの階段を下りていった。
ガチャ!部屋の鍵を締めると男は、台所に置いてあったコップを思いっきり壁にたたきつけた。
「くっそ!せっかく貯めた金が減ったじゃねぇか!」
先ほどの気弱な態度から一変して、凶暴な素顔を見せた。
「やばい、また金かせがなきゃ・・・」
急に強迫観念に襲われたように、声を震わせてつぶやいた。
この男は、金に対する依存症で、常に手元に大金がないと安心できず、少しでも金が減ると、それだけで、いてもたってもいられなくなり、次の金を求めて行動をしてしまう。
「早く、次の金を・・・」
「伊蔵、わかったよ。」
「目星がついたのか?」
「まだ、確証にはいたらないけど、他の消えた風俗の女やホステスを追ってみたら、点が線になってきた。」
「というと?」
「この女…。」
と言って麻痺路は一枚の写真を伊蔵に見せた。
「2ヶ月前にキャバクラから突然姿を消して、その後、山の中で絞殺死体で、見つかってる。」
「……。」
「次にこの女は、デリヘルに勤めて、2ヶ月でNO1指名を取ったんだけど、その後1ヶ月経って、突然姿をくらました。でも、未だに所在は不明。」
「……。」
「そして、この前の焼死体の女、こいつも2ヶ月前にイメクラでNO1になって、そのひと月後に行方がわからなくなり、昨日焼死体で発見された。」
「この娘達の店が、ここと、ここと、ここ!」
麻痺路は歌舞伎町の住宅地図を広げた。
「いずれも中心から、たった1.5キロ圏内。」
「……。」
「そして、この防犯カメラの写真。」
そういうと、麻痺路は一人のやせ細って、陰気な青年の写真を放り投げた。
「この男は?」
「藤森幸三、27歳、フリーター、だが、この数ヶ月前から急に羽振りが良くなったらしい。友達に急に奢るようになったり、キャバクラに頻繁に通うようになったり、風俗もそこそこ行ってるらしい。」
「でも、それだけじゃ、ホシとは言えんだろ。」
「これ!」
そういうと、麻痺路はもう1枚写真を放り投げた。
「そして、これ!」
3枚の写真には、それぞれ違う場所で、藤森が目撃されていた。
「この3枚の写真の出処は、全部殺された女たちの店の防犯カメラだよ。」
「なるほど。」
「そして、1週間前、まだ、それほど冷え込んでもいないのに、藤森は、近所のスタンドで灯油を買ってる。」
「灯油?焼死体にかけた?」
「そう!おそらくは・・・。」
「そうか・・・。」
「伊蔵、いくかい?」
「・・・あぁ。」
「金ならあるぞ~!」
札束を撒き散らす藤森がそこにいた。
「きゃあ~、お兄さん、羽振りいいわね~」
キャバ嬢たちが、おだてる。
「ははは!いくらでも金はあるんだ!おい!ドンペリもってこーい!」
「きゃあ~、ボーイさーんドンペリ入りマース!!」
店の奥に向けて叫ぶキャバ嬢
「ん、ちょっと、おしっこ!」
「いってらっしゃーい!ドンペリ用意しとくからね~」
にやりと笑って手を振りながら藤森は店の外にある雑居ビルの共用トイレに向かった。
「ククク、あー気分いい!やっぱ金があることはすばらしいな!でも、また減っちまったなぁ・・・」
ふらつきながら、小便器に向かう藤森
ようやく便器の前に立った瞬間
今いた小便器の前から藤森の姿が消えた。
「んぁ?!」
気づくと藤森は大便用の個室の中にいて、便器に腰掛けていた。
自分の状況を把握できないまま、呆けていると、
「うぎゃ!」
藤森の肩が両方とも同時に外れ、手がだらんと落ちた。
一瞬のことで、わけがわからないでいると
「藤森幸三だな。」
低く響く声の方を向こうとするが、首も動かない。
「だ、だれだてめぇ・・・。」
震える声で強がる藤森
「何人殺った?」
「へっ?何言ってんだ。意味わかんねぇ。」
しらばっくれる藤森だが、次の瞬間またも藤森の身体に激痛が走った。
「んぎゃ!」声は途中で遮られ、今度は足が伸びきって、便器にかろうじて座っている。
「や・やめてくれ、金ならやるから。」
「・・・・・。」
「な、お願いだ。命だけは助けてくれ。金なら、好きなだけやるから。なっ?!」
「女たちもそう言わなかったか?」
「えっ?」
「お前が殺った女たちも、そうやって命乞いしなかったか?」
「・・・・・。」
「言ったはずだ。金ならやるから、命だけは助けてくれと。」
「ば、ばかやろう。あいつらと俺とじゃ、命の価値が違うんだよ。」
「命の価値?」
「そ、そうだ。やつらはただの風俗女だぞ、俺と価値が違うに決まっているだろ。」
「そうか・・・。」
伊蔵は藤森の首の気舎というツボを押した。
「うぎゅ!」
藤森のあごがはずれ、声が出せなくなった。
「これで、命乞いも出来なくなったな。」
次に肩井と承扶というツボをすばやく押した。
瞬間、藤森の外れていた肩と足が戻り、急に身体に力が入った。
動けるようになった藤森はよだれをたらしながら、伊蔵めがけて殴りかかってきた
「うぇあらぁ!」
あごが外れているため、叫んでいても何を言ってるかわからない。
その拳を伊蔵は左手の親指と人差し指だけで受け止めた。
その瞬間、再び藤森の身体は自由を失い、前にも後ろにも動けなくなった。
口元からだらしなく流れ出るよだれと同時に、目と鼻からも液体を流し始めた。
「女たちはもっと苦しかったはずだ。」
伊蔵はつぶやくと、藤森の中カン(ちゅうかん)という胸のツボを左右同時に押した。
藤森はその場で膝まづき、身体を海老のようにのけぞらせた。
いくらのけぞっても身体が止まらない。
「うぇ!やうぇてーー!」
断末魔も言葉にはなっていなかった。
伊蔵は、トイレの個室から出ると、そっとドアを閉めた。
「ちょっと藤森ちゃん遅いんじゃない?」
キャバ嬢の一人がもう一人の女に言った。
「トイレで吐いてるかもしれなから、今日子ちゃんちょっと見てきて。」
「え~、めんどい。」
「いいから!いってらっしゃい!」
「はーい」
今日子というキャバ嬢がしぶしぶ外のトイレに向かった。
「藤森さーん。大丈夫ですかぁ?ちょっと失礼しますよ。」
返事のないトイレの中へ今日子は入った。
「ふ・じ・も・りさん?」
おそるおそるトイレに入り込むと、個室のドアが閉まっているところに近づきノックした。
「藤森さん?大丈夫ですか?寝ちゃった?」
いくら声をかけても返事がないため、ドアに手をかけ、そっと開いてみた。
「?!・・・きゃあああああ!」
そこには、カッと両目を見開き、大きく開いた口からよだれを垂らして、身体が背骨からのけぞって二つに折れ、膝立ちのまま、地べたに頭がついている藤森の姿があった。
「伊蔵、おつかれさま。」
「……。」
大またで歩く伊蔵の後ろから、麻痺路がちょこまかとついていった。
ツボ士 伊蔵 闇手帖 第一話 完