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第九話 『荒巻先輩、見せ場ですよ』

 お昼休み。


「……さて」


 僕は今、ニ年の教室の前に来ている。

 その理由は一つ。荒巻先輩にお金を返しに来たのだ。お姉ちゃんは急がなくても別に良いんじゃないかって言ってたけど、それはいけない。借りたら次の日には返す。貸し借りの基本だよね。

 そんな訳で、ニ年生の教室まで来たのだが……如何せん入り辛い。

 入り口からでも奥の席に荒巻先輩が座ってるのは見えるんだけど。手振ったら気付いてくれないかな。おーい。


「お? 何だコイツ、一年坊主か」


 手を振ったらダメな方が釣れてしまった。

 強面のいかにも不良らしい格好をしたニ年の男子生徒三人が、教室を覗いていた僕のところにやって来る。ヤバい。


「一年坊主が先輩の教室に何の用なのかねえ? ホラ、言ってごらん」

「い、いや……えっ……と……」

「何なら校舎の裏でゆっくり話聞いてあげようか?」

「おっ、良いなそれ」

「だろ?」


 うわあ。何これ何この状況。

 よく映画やドラマであるベタなシチュエーションだけど、リアルでやられると凄く困る。

 ホントにどうしよう……。


「ぼ、僕は……その、荒巻先輩に……」

「あぁ!? 何だ聞こえねえぞ。もっと大きな声でハッキリ言えよ」


 突然大きな声を出されて体がビクッと震える。

 怖い。すんごく怖い。

  そんな威圧感たっぷりに訊かれたら答えれるものも答え辛くなるでしょ、と言ってやりたいけど口が裂けなきゃとても言えない。


「そんな威圧感たっぷりに訊かれたら答えれるものも答え辛くなるだろう」


 そんなことを考えていたら目の前にいる三人とは別の人の声が。

 どうやら先輩のどなたかが助け舟を出してくれたようだが、不良っぽい先輩たちが邪魔で姿が見えない。


「んだよ荒巻。関係ねえくせに一々出張って来てんじゃねえよ」


 ――荒巻先輩!

 知っている人物の介入により僕の中で安心感が広がっていく。

 不良っぽい先輩方三人は僕の時と同じように高圧的に話しているが、荒巻先輩は全く動じることなく淡々と言葉を述べていく。


「……彼はあたしの友人なのだが」

「へえ、それで?」

「……友人に妙な輩が絡んでいるのを見過ごす訳にもいかないだろう」

「正義感に溢れてますなあ~」

「…………」


 不良っぽい先輩方のチャラけた物言いに対し無言になった荒巻先輩。

 けどそれも一瞬で。


「友人だって言ってるだろ……いいから退けよ」


 先程の先輩方を超える程の、凄まじい威圧感が僕らの周囲を包み込んだ。


「……わーったよ。行くぞお前ら」

「え……? でも……」

「いいから手は出すな。行くぞ」


 三人の中でリーダー格と思われる黒髪の先輩が残りニ人を連れて廊下の奥へと消えていく。

 不良先輩たちがいなくなり、荒巻先輩が彼らを一瞥しながら僕の方に歩いてくるのが見えた。


「すまないな。少々怖い思いをさせてしまったようだ」

「ううん。先輩が助けてくれたから、大丈夫です」

「本当か? 何かされたりはしなかったか?」

「平気です。何にもされてませんので」

「そうか……なら良かった。あ、それで、わざわざニ年の教室に来たってことはあたしに用があるのかな? それとも園音?」

「荒巻先輩に。昨日のお金返しに来ました」

「そんなに急ぎでなくてもいいのに」

「こういうのは早めに返しておきたい性分なんです」

「ふふ……律儀な奴だな」


 荒巻先輩に昨日借りた食事代を手渡す。

 傍から見たらコレ、何かの取引してるように映りそうだ。


「確かに。それにしても、この学校はやたらと不良気質な奴が多いな。朝っぱらからそれっぽい輩数人に絡まれた。あっ、あたしじゃなくて園音がな」

「ええ!? だ、大丈夫だったんですか……?」

「うむ。あたしが蹴散らしたから問題ない」


 それはそれで問題あるようなないような。


「荒巻先輩って」

「ああちょっと待て。昨日は言い忘れたが、あたしは名前のあとに先輩って付けるの堅苦しくてあまり好きじゃないんだ。園音はむしろそう呼ばれるのが好きみたいだが……呼び捨てでも構わないし、それが嫌なら適当にさん付けとかにしておいてくれないか」

「分かりました。えっと……荒巻さん?」

「贅沢を言うと下の名前で呼んで欲しい」

「それじゃあ、希沙那さん」

「ありがとう」

「いえ。それで、ちょっ……希沙那さんって喧嘩とかするんですか?」

「喧嘩はするよ。自分から吹っ掛けたりはしないけど」

「そうなんですか。う~ん、なんか意外です」

「……幻滅したかな。喧嘩なんてする野蛮な女と」


 希沙那さんが少し不安そうにしながら僕の反応を(うかが)っている。

 普通は喧嘩するって聞いて引いちゃったりするのかな……? 周りの人が周りの人だから、あんまりそういうのは分からない。

 少なくとも、僕はそういうの慣れているので。


「幻滅なんてしませんよ。喧嘩がどうこうってのは熊切たち(、、)で慣れてます」

「熊切……ああ、あの人も喧嘩とかするんだな。そっちもそっちで普段の言動などから考えると意外というか何というか……」

「まあ普段が普段ですからね。お姉ちゃんの弄られ役みたいな感じですし」

「お姉さんに弄られてるのはどちらかというと君の方だろう」

「え?」

「えっ」


 聞き返したら逆に驚かれてしまった。


「コ、コホン……まあいい。しかし最初に会った時から思っていたことを訊かせてくれ。君らのメンバーは年齢がバラバラだが、何故なんだ?」

「ああ、それは話すと長くなっちゃうので別の機会にしましょう。僕らだけじゃなく大人も絡んでくる話なので」

「……訳ありか」

「ええ、まあ。冗談ですけど」

「冗談かい」


 ふざけてたら希沙那さんにチョップされた。


「先輩をからかうんじゃない。本気にするところだったぞ」


「あはは……実際はそんな特殊なことはないんですよ。熊切はお姉ちゃん経由で知り合って、小雨ちゃんは家が近所だったから昔よく遊んでたんです」

「なるほどな」

「お~? おやおや~? エト君じゃないか!」


 ハイテンションな声と共に後ろから頭をなでなでされる。

 顔は見えないけどこれは園音先輩だ。間違いない。


「わざわざニ年生のエリアに何の用事だったのかなぁ? ……あ! もしかして私に会いに来てくれたとか? いやあそんな困っちゃうなあアポなしは。ちゃんとメールとかで事前に『今から会いに行きまあああす!』って言ってくれなくちゃ。でも突然の訪問でもエト君なら特別に許してあげなくもないかなー。寧ろエト君ならウェルカムだよ! さあボクの胸に飛び込んでおいで!」

「とりあえず脳天に一発な」


 鈍い音と同時になでなでしていた手が止まる。

 何をされたのかは……まあ、大体察しはつく。


何故(なにゆえ)!? 何故ボクの頭を殴ったの!? 暴力反対!」

「園音が暴走してたからでしょ。気持ちは分かるけどそこはちゃんと理性保って」

「あ、気持ちは分かっちゃうのね。流石希沙那♪」


 園音先輩が希沙那さんの頭をなでなでしている。

 身長の問題で、園音先輩が背伸びをしているのが凄いシュールだ。


「よし。という訳でエト君、今日をボクとの忘れられない昼休みにしようね!」

「すみません、突っ込み所が多過ぎます」

「え……そんないきなり挿入なんて……大胆なんだからん♪」

「園音、今の言葉ロロさんに聞かせても良いか?」

「お願い希沙那ちゃんそれだけは勘弁して」


 涙目になりながら希沙那さんの袖を掴む園音先輩。


「大丈夫。ロロさんならきっと半殺しくらいで済ませてくれる」

「それ何も大丈夫じゃないよね!? 何一つ大丈夫な要素ないよね!?」


 涙目状態の園音先輩が希沙那さんの肩を掴んでガクガクと揺らし始めた。

 気持ちは分からなくはないけど、首が取れるんじゃないかってくらいの勢いで揺らされてる希沙那さんからすればたまったものではないだろう。


「揺らし……過ぎだ……ッ!」


 また痛そうな拳骨が園音先輩に飛んでいく。


「ぎにゃー! 頭を叩くにゃ!」

「園音が悪い」

「ひーん、助けてエト君~」


 涙目になりながら今度は僕に助けを求めてきた。

 そろそろ助けてあげた方がいいかな。


「希沙那さん、もう許してあげてくれませんか?」

「エトがそう言うなら仕方ない」

「エト君には随分と甘いですねえ希沙那!?」

「エェェェェェェェェトォォォォォォォォッッ!」


 ドドドドという効果音が似合いそうな勢いでお姉ちゃんが走ってきた。

 わあ、何あれ僕ですら今まで見たことない。


「エト大丈夫? そこのハイテンション馬鹿に何かされてない?」

「何もしてないですよっ!?」


 言いながら園音先輩がぴょんと廊下の端に飛び退いた。


「あんたァ……エトを呼び出すなんて良い御身分じゃないか……」

「えぇ!? いや、エト君が自分から来たんであって、ボクが呼び出した訳じゃないんだけど……」

「お黙りッ!」

「えええええぇぇぇぇぇ!?」


 園音先輩が何やら理不尽な目に遭っている。

 これは……助けるべきかな?

 希沙那さんと顔を見合わせた。


「エト、お姉さん……止められないのか?」

「いやぁ……止められた試しがないんですよね……」

「それは怖いな。長い付き合いである弟の君が止められないのであれば、昨日知り合ったばかりのあたしらが止められる訳ないか」


 結局僕らは何も手出し出来ないまま二人のやり取りを見つめていた。

 そのやり取りは十分程続いた。


「お姉ちゃん、そろそろ許してあげて」

「ふむ。では今日はこれくらいで勘弁してやるかな」

「恐ろしい……ロロちゃん先輩、恐ろしい……」


 凄まじい攻防戦だった。お姉ちゃんが園音先輩の胸に手を触れた辺りから希沙那さんに目を塞がれたので実際何が起きてたのかは分からないけど。

 当の園音先輩は、廊下の端で体育座りしてブツブツ言っている。


「エトを手駒にしようとしても無駄だぞ園音……エトは年上でおっぱいは大きい方が好きなんだぞ」

「えぇ!? そうだったの? エト君ってそういう趣味?」


何を言ってらっしゃるのでしょうこの人たちは。


「なので! 君は私に敵わない!」

「何の! 例え胸は小さくても締まるところは締まっているこのボディで勝負を!」

「もっと良い形になるまで絞めてやろうか」

「止めてっ!?」


 お姉ちゃんが両腕を交差させて何かを締め上げる仕草をする。顔を真っ青にして園音先輩は僕の後ろに隠れた。


「エト君ヘルプーッ!」

「はい、お姉ちゃんストーップ」


 僕が両手を広げてお姉ちゃんの行く手を阻むと、衝撃的なものを見たかのように目を見開いて驚愕の表情を浮べた。


「エトを盾にする……だと……」


 お姉ちゃんが膝から崩れ落ちる。

 それを見て「おぉっ!?」と声を上げる園音先輩を尻目に、傍らの希沙那さんが携帯の画面をチラッと確認した。


「……そろそろチャイムも鳴るだろう。エトもロロさんも、教室に戻った方が良いと思う」

「何か急に現実に引き戻された感半端ないな……まあいいか。エト、教室戻るよ~」


 素早く手を引いて園音先輩から僕を離れさせ、後ろから首に腕を回して抱きつくような姿勢を取る。後頭部が、凄く柔らかいものに包まれた。


「いいなあ! いいなあ! ボクもアレやりたい!」

「園音の胸だと無理だから、諦めた方が良い」

「そんな殺生にゃああああああぁぁぁ!」


 何やら背後で悲痛な叫び声を聞いた気がした。

久々にお姉ちゃん書けてほっこりしてます

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