第八話 『私が弟と結ばれないのはどう考えてもお前らが悪い』
目を覚ますと、見知らぬ天井が……なんていうことはなく。
見慣れた自室の天井が目に入る。
あれ?僕は確かソファで寝ちゃってたはずだけど……。
おかしいなと思いつつ状況を確認しようと首を横に向けた瞬間、察した。
真横にてお姉ちゃんがすやすやと気持ち良さそうに寝ていたからだ。きっとベッドまでお姉ちゃんがわざわざ運んでくれたのだろう。
お腹苦しくて動きたくないって言ってたのに……何だか悪いことしちゃったかな。
「んん……エト~……」
徐に僕の肩を掴んで抱き寄せるお姉ちゃん。
柔らかい部分が狙ったように顔に押し付けられる。苦しい。
起きてるのかな、と思ったけどそのあと静かな寝息を聞いてさっきのが寝言だと分かった。
寝言にしてはハッキリと僕の名前を呼んでいたけど。
「私の……可愛いエト……そんな不安がらなくても大丈夫お姉ちゃんも初めてだしちゃんと優しくしてあげるからほらおいで今夜は寝かせないからねじゅるりおおっと顔真っ赤にしちゃって可愛いなあエト可愛いなあそんな顔されたら我慢出来なくなっちゃうじゃないか~……」
…………あれ、寝言だよね?
「むにゃ……?」
お姉ちゃんも起きたみたいだ。
眠たげだった目がカッと見開かれて、僕を凝視している。怖いよ。
「エ~ト~……♪」
だがすぐににへらと笑って顔を撫でてきた。
お返しに僕もお姉ちゃんの頬に触れる。
くすぐったそうに身をよじりながらも、僕の手にすりすりと頬擦りしている。あら可愛い。
寝起きの時のみ限定的に起きる、お姉ちゃん特有のデレ現象。
無論お姉ちゃんは意識がちゃんとあるので、このあといつも以上に弄られるのは言うまでもないことだったりする。
でもついつい触っちゃう。可愛いから。
「………ふぅ、大分落ち着いたな」
数分間撫でて撫で回されを繰り返し、ようやく意識が完全覚醒したらしい。
「しっかし、成り行きとは言え転校生ニ人も加わっちゃって、エトを独り占めする機会が減っちゃうかもねーこれじゃ」
「それを撫でくり回しながら言われても……」
大体、メンバーが何人か増えたとしても家ではお姉ちゃんが完全に独占しているからあんまり関係ないと思う。
けどお姉ちゃんのことだから、家でも外でも独占したいってことなんだろうな。
「エト、一応訊いておくがこのあと改めて晩飯食うような余力と気力はある?」
「ない」
「だよねえ……じゃ、今日はこのままゴロゴロして寝るか」
寧ろ余力があったら食べる気だったんですかお姉ちゃん。
僕はてっきり晩御飯としてファミレスで食事したのだと思ってたよ。
「いやー、にしてもあの店の料理は量が多かったよね~」
「お姉ちゃんそれさっきも言った」
「あれ? そうだっけ」
笑いながら、また僕の頭を撫で回した。
撫でるだけというのも飽きてきたのか、たまに髪の毛を摘んで持ち上げたり指でクルクルさせたりして遊んでいる。
間違っても痛い思いなどしないよう力加減にはかなり気を使ってるようなので、されてる側である僕としてはくすぐったいながらも気持ち良いと感じている部分が大きかった。
故にさっきのお姉ちゃんじゃないが、時折頭をこすりつけたりして甘える行動に出る。
暫く髪の毛を弄っていたお姉ちゃんが不意に「あ~」と唸りながら僕の頭に顔を近付けて数回深呼吸し始めた。
「あー……落ち着く。にしても最近刺激が足りないなあ~。何か面白いことでも起きないかな」
「面白いことって?」
「人間じゃない何かが私とかエトに接触してくるみたいな。妖怪でも精霊でも神様でも何でもいいから、そういうのと関わり持ったら普通とは違う未知の体験が出来るんじゃないかなーって思うわけよ。頭の中に絶対に選ばないといけない選択肢が表示されるやつとかは勘弁で」
「……うん、気持ちは分かる気がする」
「でしょ? やっぱりエトなら分かってくれると思ったよ。熊切に話しても意味分からんって顔されるだけだったからつまんなかったんだよねえ」
あははー。まあ熊切はそういうのにあんまり理解はないからね。
どっちかって言うと畠野さんとか小雨ちゃん辺りなら喜んで話に乗ってくれると思う。
そんなことを思っていたからだろうか、唐突にインターホンの鳴る音が響いてくる。
こんな時間に一体誰が、何て野暮なことは思わない。噂をすれば……ってやつだったりするのかな?
お姉ちゃんと顔を見合わせて、苦笑しながら玄関へ向かう。
当たり前のようにお姉ちゃんが真後ろにピッタリとくっついて来る。その状態のまま鍵を開けると、案の定そこには畠野さん(と小雨ちゃん)が立っていた。手には幾つかスーパーの袋と思しきものをぶら下げている。
「こんばんはニ人共、今日も見せつけてくれるわね」
「こんばんは~。私は家に居る時エトから離れる気は毛頭ありませんので」
「こんばんは畠野さん。今日はどうしたんですか?」
「……今日学校の皆でファミレス行ったって話をしたら、自分だけ仲間外れみたいって言って……」
小雨ちゃんが横でぽつりと言う。
何だそういうことか。
「ダメよ小雨ちゃん。建前を言う前にホントのこと言っちゃ」
建前とか言っちゃったよ。
一応誤魔化すつもりではいたみたいだね。誤魔化す以前に小雨ちゃんに暴露されちゃったから意味はなかったようだけど。小雨ちゃんはいつも通り無表情に近い感じだけど、身体からしてやったぜオーラが出てるのが分かる。
「それでスーパー寄って色々買ってきたと……けど畠野さん、あたしらファミレスで食い過ぎてこれ以上もの胃袋につめるとちょっと描写しちゃいけない事態になりそうなんですけど……」
「それも既に聞いてるわ。だから食べ物というより飲み物を少々持ってきた程度よ。飲み食いすることより、楽しくお話するのが目的で来たわけだしね」
「なるほど。そういうことなら、良いですよ。上がっちゃって下さい」
また四人で(お姉ちゃんは玄関へ向かう時と同じように僕の真後ろに引っ付いた状態で)リビングに移動。
畠野さんがいそいそとテーブルに袋を置き、中からお酒やらジュースやらを取り出し、並べていく。
「オーソドックスにオレンジジュースとコーラを買ってけど、あなたたちはどれにする?」
「「「オレンジジュース」」」
良い感じに三人の声が被る。
「圧倒的なオレンジジュースの人気にコーラちゃん嫉妬ね」
そんなことを言いながら畠野さんは慣れた手つきで食器棚からコップを取り出してジュースを注いでいく。
オレンジジュースを三人分注いだあとに、最後の一つにコーラを注ぐ。てっきり畠野さんはお酒を飲むものだと思ってたけど、どうやら今回は違うらしい。
「畠野さんがコーラなんて珍しいですね。いつも通り缶ビールにするのかとばかり……」
お姉ちゃんの言葉に、畠野さんは皆の所にコップを置きながら答える。
「最初はそのつもりだったんだけどね、ちょっと気が変わったのよ。偶にはアルコールの入っていないものを飲んでみようかなって」
「良いんじゃないですか? 健康的で」
健康的……なのかな?
飲んでるのがコーラな時点で大して変わらないように感じる。
「そういえば、帰る頃には皆グロッキー状態だったとは聞いてるけど一体何処のファミレスに行ったの? 凄く気になるのよね」
「学校から大体十分くらいのとこにあるファミレスです。ちょっと大きめな店構えの」
「ちょっと大きめ……ああ、なら多分『毘沙悶絶』ね」
どんなネーミングやねん。
っていうかそんな名前だったっけあのお店。
看板とかよく見てなかったから、正解なのかどうか全く分からない。
「あのお店の料理って何を使ってるのか知らないけど奇抜過ぎるくらい奇抜なものが多いのよね。フライングポテトとか、一体誰が考えたのかしら」
ふ、フライングポテト?
ポテトが飛んでるってこと?
何それ怖い。
「ふざけた見た目してるのに味は確かなのよねえ……」
「あははー。同意です」
笑うお姉ちゃんに対して小雨ちゃんは浮かない顔をしていた。どうしたのだろう。
「……もう、あそこの春雨は絶対食べません」
……なるほど。
「エト兄なら分かってくれるはずです。あの料理の不自由さを」
「ああ、うん。ファントム春雨だっけ? 吃驚するくらい見えなかったよね」
完璧なくらい無色透明だった。
光の加減によって僅かに反射するけど、基本的にはほぼ見えないので小雨ちゃんは終始苦戦していた。
「エト兄が食べた料理は……美味しかっ……た?」
僕が食べていたものの見た目を思い出したのか、語尾が若干詰まる。見た目的には間違っても美味しそうじゃなかったもんね、アレ。
「一応味は美味かったよ。青白く光ってたけど……」
「あら、青白く光ってたってことはエト君が食べたの『斜め上七不思議パスタ』?」
「知ってるんですか?」
「知ってるわよ~。あたしも同じの頼んだことあるから。けどアレ、一体どんな発光食品使ったらああなるのか未だに分からないのよ」
うん。先ずその発光食品ってところに突っ込ませて下さい。
何なんですかその食品。僕が知らないだけで既に世の中には発光する食品が出回ってたりするんですか。そんなバカな。
「あの中だと、私が食べた妖怪定食が見た目一番まともだったかもね」
「そうだね。見た目と味の両方で考えたら、お姉ちゃんのが結構当たりだったと思うよ」
味だけで見れば僕も当たりではある。
けどアレ、唯一の難点として色がなあ……。
何で紫と青にしちゃったんだろう。
素朴な疑問。
「……さて、そろそろ食べ物の話は終わりにしましょうか。ちょっと思い出してうっぷ……ってなってきたわ」
「あらあら。ロロちゃん、間違っても出しちゃダメよ」
「出しませんよ。何故なら私がヒロインだから!」
キメ顔でそんなこと言ってるお姉ちゃんを余所に、小雨ちゃんがゴソゴソと1冊の本を取り出して、僕に向けて差し出す。
文庫本より一回りか二回りくらいの大きさで、文庫本なんかと比べてかなり分厚い。
「……この本、偶々見つけたんですが、凄く面白かったです。エト兄も……その……良かったら……」
「え? いいの?」
差し出された本を手に取り数ページ程めくって見る。
かいつまんで読んだところ、どうやら現代モノにファンタジー要素を足した作品のようだ。そういう系統の作品は結構好きなのでかなり興味をそそられる。本を読むのが好きな小雨ちゃんのオススメとあれば尚更読んでみたい。
「ありがとう小雨ちゃん」
「……いえいえ、そんなお礼なんて……」
ふと、お姉ちゃんと畠野さんの会話が聞こえないなと思ってそちらに視線を移すと、ニ人揃って僕らの様子を観察しているのが目に入った。
「小雨ちゃんがエト君の点数を稼いでるわ……このままだと、ロロちゃん抜かされちゃうかもよ?」
「まさか。既にエトが私に抱いている愛はメーターを振り切っています。如何に小雨ちゃんと言えど、私には勝てませんよ」
「中々言うじゃない……けどそうやって胡座をかいてられる程余裕はないわ。あたしの小雨ちゃんはとても優秀だからね」
「だとしても、ですよ」
「ふふふ。あなたの上に小雨ちゃんが立つ日はそう遠くないわ」
「はっはっは。なら受けてたちましょう。ただし私は手強いですよ?」
「相手にとって不足はないわ」
「あははは……」
「うふふふ……」
楽しそうに話してるけど、話してる内容に突っ込み所があり過ぎるよ。
「……あのニ人、余計なこと……」
ん?
「え、今なんて言ったの小雨ちゃん?」
「……何でもありません。今日もオレンジジュースが美味しいなーと……思っただけなので」
絶対違うよね?
今絶対違うこと言ったよね?
「ちょっと小雨ちゃん、もっと攻める時はどんどん攻めなきゃいざって時に出遅れるわよ」
「でも具体的にどうすればいいか……」
「あなたの持ち味はその大人しそうな外見にあるわ。そこを利用して甘えるように寄って行けばオーケーよ。間違っても彼に甘えさせる手段は使わないで。その手法だとロロちゃんには絶対に勝てないから」
「分かりました……頑張ります……!」
コソコソと話し合う畠野さんと小雨ちゃんだが、その会話内容は思いっきり僕の耳にも入ってきていた。
寧ろ隠す気とか無いよね。
そして、僕の耳に入っているということはお姉ちゃんの耳にもその会話は当然届いているわけで……。
「早速来るか! よーしお姉ちゃんが相手になってやる」
やっぱりそうなりますよねー。
ノリノリなお姉ちゃんが僕の背後に回って後ろから首の辺りに手を回してくる。
僕がソファーに座ってる時のお姉ちゃんの基本体勢その一だ。
ちなみに、『ソファーに座ってる時の基本体勢』はその三まである。どうでもいいけど。
「エトを手に入れたければ私を倒して行くんだな! ただし私の強さは難易度易しいが一般ゲームの難しいくらいだと言われるハイレベルなゲームに登場する隠しボス(最強)の最高難易度くらいの強さだ」
無駄に設定が細かい!
細かくて伝わり辛い!
とりあえず僕にとっての最強の守護神って解釈で……いいのかな?
「く……流石ロロさん、生半可な力では到底叶いそうにありません」
意外にも小雨ちゃん、ノリノリである。
小雨ちゃんも結構ゲームとか好きって言ってたもんね。その影響かしら。
……おっと。畠野さんの口調がうつった。