第五話 『転校生、キター!』
翌日。今日は転校生が学校に来る日。
朝学校に来て早々「転校生が来るので全員体育館へ向かうように」と言われた時は驚いた。
転校生の紹介などは全校集会で行うそうなので、今は皆が体育館に集合している。生徒全員が集まると少しばかり窮屈に感じることもままあるが、今回強制参加な一年生や二年生と違い、三年生は受験等の関係で自由参加ということで、あまり人数は多くない分いつもより広さに余裕がある。
ちなみに周りでは皆格好良い男子か可愛い女子か、どちらが来るかという議題で大変盛り上がっていた。
勿論、姉さん達でもそれは例外ではなく――。
「エトに色目を使って来るような輩だったらどうしてくれようか……」
「姉さん、多分それの心配は要らないから。大丈夫だから」
「絶対に渡さない。エトは私のものエトは私のものエトは私のものエトは私のものエトは私のもの」
「止めて止めて怖い怖い姉さんそれ怖い」
「……むぅ」
呪いの呪文のようなことを言わなくなった代わりに、後ろから首に手を回して抱きついてきた。甘い香りが鼻を刺激し、ふわりと揺れた髪の毛が頬を撫でる。いつもされていることとはいえ、不意に来られると未だにドキッとしてしまう。
「ロ、ロロさん……いつもに増して、テンション高い。……いや、低い?」
さり気なく横に来ていた僕の数少ない同学年の友達の一人である漆屋小雨が、小首を傾げながら姉さんを観察する。
足まで届く長い黒髪と目元を前髪で隠してる影響で暗い子だと思われがちだが、根は優しくて明るい子だ。
頭の動きに連動して揺れるアホ毛が何とも可愛らしい。
「でも確かに男子が来るか女子が来るか、何年生なのかとか色々気になるよな。甲斐田、お前どっちだと思う?」
「こういう時、夢を見たところで意味はない。どうせ男子だよ」
「じゃあ俺は女子に賭けよう。食券二枚でどうだ」
「いいだろう。その話乗った。俺に振ったことを後悔させてやるぜ熊大福」
「誰がデブ熊野郎だ」
「そこまでは言ってない」
軽口を叩いた甲斐田さんを熊さんが睨みつける。
そういえば今僕がいるの一年生のエリアのはずなのに、何で当然のように三年生の姉さん達がいるんだろう。
……気にしたら負けかな。
「あ、学園長さん……出てきましたね」
小雨ちゃんの言葉を聞いて視線を向けると、学園長が壇上に上がっていくのが見えた。
それにより、好き放題会話していた周りの生徒たちも徐々に口数を減らし、学園長がマイクを手に取る頃には完全に静まり返り、これからされるであろう転校生の話に耳を傾ける。
「今日の集会、本題が何であるかはおそらく皆知っているであろうと思う。故に形式だけの長たらしい挨拶は抜きにして、早速転校生たちの紹介へと入ろうと思う。今回新たに皆の学友となるのは二人……そして女子だ」
男子達から喜びの声が上がる。
女子生徒――しかも二人だ。
「甲斐田、後で食券二枚な」
「嘘だろ……しかも二人ってお前……夢溢れ過ぎだろ……」
何故かダメージを受けている人もいるようだが。
学園長に促される形で、舞台裏の方から二人の女子生徒が現れる。一人は凄く活発そうな、浅葱色の髪をリボンで括ってサイドポニーにしてるの子。もう一人は少し気だるそうな表情で、焦げ茶の髪がボサボサになっている子。パッと見の印象では外見内面含め大分対照的な性格同士に見える。ちなみに前者はスカートが短く、後者は長めだ。
「お嬢さん方、自己紹介をどうぞ」
「はーい! 皆さんこんにちはっ! とある地方の高校から転校して来ました、一年生の闇風園音です!」
「同じく、小宮希沙那です。よろしく」
「私もきーちゃんも、こっちには親の仕事の都合で越してきました。なんだか中途半端な時期での転校になっちゃいましたが、皆さん仲良くしてくれると嬉しいです!」
「まあ、そんな感じで。以後お見知り置きを」
再び男子達から歓声が沸いた。
それに応えるように闇風さんは手を振りながら退場し、小宮さんは目もくれずにスタスタと歩き去る。
「あの小宮って子、何だか昔のロロに似てんなー」
「俺も思った。髪だけ取り換えればそっくりだなって」
「なーに熊切に甲斐田。そんなに屍になりたーい?」
指の骨をパキパキと鳴らしながら質問する姉さんに対し、二人は物凄い勢いで首を横に振る。
昔の姉さんってあんな感じだったのか……少なくとも僕の記憶にはない姿だ。
「転校生の紹介も終わったことだし、此度の集会はここまでとしておこう。各自教室に戻り十分の休息を挟んだ後、時間割通りに授業を行うように。尚、小宮希沙那は一年B組に、闇風園音は一年D組に入り、本日より通常通り授業を受けてもらう予定じゃ。以上、解散」
学園長の言葉で順次教室へと戻っていく生徒達。
どうやら転校生二人は別々のクラスに配属となるらしい。
しかも片方はB組――何を隠そう僕のクラスだ。
「高校で転校生ってのも珍しいから、かなりの人気者になりそうだなあの二人」
「性格や人間性に難でもない限りはそうでしょうねー」
「しかも、私やエト君と同じクラスです。ここは積極的にお話をしに行ってあげるべきなのか……悩みます」
「まあその辺りは小雨ちゃんのしたいようにしていいと思うけど、同じクラスだからってもし不用意にエトに近付く様なら、邪魔な羽虫として容赦なく捻り殺す」
「お前が言うと下手なストーカーよりも怖いから止めろ」
「冗談よ」
「冗談に聞こえねぇよ」
悪戯っぽく笑った後、姉さんにひしっと抱きつかれる。それを見て一瞬思案した小雨ちゃんも、同じように僕の腕にしがみつく。
何だろうこれ……新手の罰ゲーム?
「あの……二人共、歩き辛いんだけど」
「気のせいです」
「慣れれば何とかなるわ」
重なる二人の声。
即答ですか。なるほど。これは説得するだけ無駄な気がする。
「あ、そうだ。教室戻る前にちょっとトイレ行ってくるね」
姉さんや小雨ちゃんにくっ付かれるのは嬉しくないと言えば嘘になるが、その反面ちょっと歩きにくかったというのと、どうしても周囲の視線が気になってしまうという二つの理由から、名残惜しさを感じながらも一時的に離脱。
「ちぇー。流石にそれは着いて行けないから離すとしよう」
「それでは私は先に教室に戻ってますね」
そのまま姉さん達と別れて一人男子トイレへ。
特に問題なく用を足し終えた後、廊下に出ると――。
「あっ」
「ん、君は……」
見覚えのある人と鉢合わせた。先のの転校生の一人、小宮さんだ。
予想外の遭遇にドクンと心臓が大きく跳ねた。
「こ、小宮さん……ですよね」
「うん。君も一年生……で、いいんだよね」
「はい……」
一度見ているとはいえ、事実上初対面の相手との会話。どうしても緊張してしまう。
話したことない人相手だといつもこうなる。思考が上手くまとまらず、何をどう言えばいいのか分からなくなってしまう。
「教室、先に行っててって言われたけど、行き方が分からないんだ」
「あ、ああ……えっと、確かB組……でしたよね?」
「うん」
「ぼ……僕もB組なので……あの、アレでしたら、一緒に……行きます?」
「そっか。助かる」
何とか伝えるべきことは伝えられただろうか。
今頃になって前に姉さんに言われたことを思い出す。「臆さず他人にぶつかれるようになって欲しい」というあの言葉、姉さんはこういう時の事を想定した上で言ってたのかな。でも確かにこの状態になると自分でも思う。最低限まともな会話ぐらいは滞りなく出来るようにならないと不味い、と。
教室まではそこまで遠くなかったので、道中の無言の時間も短くて済んだ。た、助かった~……。
しかしせっかくの初会話だったというのに、僕のあまりの会話のテンポの悪さからしてあまり良い印象は抱かれなかったろうな……。仕方ないと言えば仕方ないが、なんともやるせない気持ちになる。
「此処か。ありがとう、助かったよ」
「そ、それは良かった……です」
「うん。あとさ」
小宮さんはそっと僕の頭に手を添えると、髪の流れに沿うように一撫でして、
「無理しないで、自分のペースでね」
「え……あ、ありがとう……ございます……?」
「ん。じゃあ、入ろっか」
――と言うだけ言うと、小宮さんはガラッと扉を開けて教室へと入って行った。
えっと……今のは僕のことを気遣ってくれた、ということで良いんだろうか……?
思わぬ対応に、僕は暫しの間思考を停止させて、一人廊下に立ち尽くしていた。