その3 お宝の末路
「それでは、スポーツマンシップにのっとり、魔法は使わず正々堂々戦うように――プレイボール!」
蒼穹に響き渡る、艶やかな皇子の声。
ルールブックをパラッと一読しただけで完璧に暗記してしまった天才審判が、キャッチャーミットを被ったアンドレの後ろに立つ。
そして背番号一のゼッケンをつけた俺は、満を持してピッチャーマウンドへ。
バッターボックスには、当然のごとくペルルが立った。長い銀髪をひとくくりに結わえ、頭には兜を改造したヘルメットを被っている。
ペルルはぱっちりとしたブルーの瞳で、射抜くように俺を見据えて。
「勝負よ、ジロー! 先頭打者ホームラン狙っちゃうから!」
お宝バットの先を遥か彼方にある太陽へ向けての、堂々たる宣言。当然俺の闘志もメラメラと燃え上がる。
「おう、やれるもんならやってみろッ」
「もしホームラン打ったら、今すぐ結婚してもらうからね!」
「おう、結婚でもなんでもしてや……るわけねーだろ! 俺らはまだ十五だぞ!」
「ジローが王様になって、法律変えちゃえばいいでしょッ!」
「お前がそういうこと言うから……ッ、もう許さん、ぜってー三振にさせる!」
バチバチと視線の火花を散らした後、俺は手のひらにしっくり馴染むお宝グローブの中で、久々に握る硬式ボールの『縫い目』を確かめた。
集中したペルルが、小さな身体をうんと縮めながらバットを構える。やはりピッチャーにとっては、ストライクゾーンの狭さがネックだ。
しかもペルルは魔法を無意識に使ってしまう天才児。ボールをミートしようと集中するだけで、視力も筋力も大幅にアップする。
恐ろしい強打者だけど……今の俺には三種類の魔球がある。
フォーク、シンカー、チェンジアップ。村で使っていたお手製ボールにはない『縫い目』が、俺の味方をしてくれる。
とにかく、絶対にホームランだけは打たせん……!
すうっと大きく息を吸い込んだ後、俺は両手を胸の前に引き寄せた。そして左足を勢いよく前方へ踏み出し、振り上げた右腕を鞭のようにしならせて――
「行けぇぇぇぇッ!」
俺の気迫が乗り移ったお宝ボールは、光の速さで突き進み、ゆらりと揺れながらペルルの足元へ落ちる!
「うりゃぁぁぁッ!」
ボールの軌道に合わせて腰をグッと落としたペルルが、思い切りバットを振った結果。
――バキィッ!
「え……」
「あ……」
折れた。
お宝のバット、折れた。
コロンコロンと転がるヘッド部分を、無言のまま見送っていると。
「ブハッ!」
審判をしていた皇子が、腹を抱えて大爆笑。チームメイトたちは呆然自失。
ペルルはあわあわしながら転がったヘッドを拾い、即座に巻き戻し魔法をかける。アンドレは後逸したボールをわたわたと追いかける。
黒ずんでいたお宝バットは新品状態になり、キレイな木目を取り戻した。ペルルはホッと息を吐いて、再びバッターボックスへ。
「もう大丈夫よ、ちょー頑丈に直しといたから! 銀色狼の牙並に固くしといたから!」
「お、おう……」
アンドレからボールが投げ返され、俺は気を取り直してもう一回セットポジションに。
ちょっとビビったため、さっきより若干ぬるめの魔球を投げてみると。
――パチンッ!
新生バットに当たった瞬間、お宝ボールが風船みたいに破裂した。
「……ちょ、お前、そのバット固くし過ぎじゃ」
「だ、大丈夫よ、ボールの方もバットと同じくらい頑丈にしとくから!」
千切れた破片に巻き戻し魔法をかけたペルルが、新生ボールをアンダースローでこっちへ放り投げる。
純白に生まれ変わったそのボールを、グローブでキャッチした瞬間。
――ブチィッ!
お宝グローブが裂けた。ついでに俺の手がもげそうになった。
「ペルル、お前ってヤツは……!」
「だ、大丈夫よ、グローブも最強硬度にする! 千年は壊れないわ!」
「もう無理! スリーアウト、お前退場!」
監督命令を下すと、ペルルは「ぐぬぬぬぬ……」と唸りながら、三つの凶器を抱えてベンチへ下がっていった。
待機していた女子たちは、ちょっとビビりながらも席を譲る。優しいチームメイトから「ドンマイ」の声がかかるも、ペルルは「ぐぬぬぬぬ……」と返すばかり。
ペルルの存在が、誰も近寄れない危険物と化したとき。
『センパイッ!』
ポケットから飛び出したネズミが、ちょろちょろとグラウンドを走り出した。たぶんペルルを励ましに行ったんだろう。律儀なヤツだ。
俺は万が一のためにと用意しておいた、予備のボールとバットを取りだす。テキトーに作ったへなちょこボールだから、縫い目も無いし魔球は投げられないけれど仕方ない。
あんな危険な武器で戦ったら、せっかく落ちついたこのグラウンドがボコボコになる。軽いデッドボールでも大怪我だ。
楽しいスポーツが命懸けになるなんて有り得ない……。
「ええと……それでは気を取り直して――プレイボール!」
再び皇子の声が蒼穹に響き渡り、バッターボックスには二番打者であるアンジュが立った。
ペルルと同じように、高々とバットを掲げての「ホームラン宣言」があり、俺の闘志も燃え上がった……はずが。
可憐な笑みを向けられてついポッとなった結果、なんとも生温いボールを投げてしまった。
すると、アンジュはエメラルドの瞳をキラリと輝かせて。
「えいッ!」
まさかのセーフティバント!
慌ててダッシュするも、逃げ足の速いアンジュには及ばない。俺がボールに追いついたとき、アンジュの身体はすでに一塁ベースを駆け抜けていた。
「ふぅ……作戦成功しましたわッ」
小悪魔っぽい笑みを漏らしたアンジュに、ファーストの男子があっさりと魂を抜かれて崩れ落ちる。俺は豊富な交代要員に声をかけ、守備の徹底を呼び掛けた。
次のバッターは、ペルルと同じくらい侮れない強打者だ。
「ええと、こんな感じでいいのだろうか……?」
恐る恐るといった感じで、バットを太陽の方へと掲げたクレール。俺は速やかにツッコミを入れる。
「いや、ホームラン宣言は正式なルールじゃないから、別にやらなくていいんだぞ?」
「でもわたしは、ジローからホームランを打ちた……いや、なんでもないッ」
カーッと赤くなったクレールに、またもやポッとさせられてしまったチョロい俺は、あっさりとセンター前ヒットを許した。その間にアンジュは三塁へ到達。
いきなりのノーアウト一三塁。
女子側ベンチから「ジローのバカ! 打たれちゃえー!」という生意気なヤジが飛ぶ。その一言で心を入れ替えた俺は、後続をぴしゃりと抑え、かろうじて主催者の面目を保った。
その後、試合はなかなか白熱した展開になった。
途中で交代したピッチャーが互いに打たれ、珍プレー好プレーも続出。草野球ならではの和気あいあいとした盛り上がりを見せ、最終的には四対三で男子チームの勝利となった。
へなちょこボールとテキトーバットのおかげで、ホームランが飛ぶようなこともなく、男子メンバーもホッと胸を撫でおろしつつ……。
「ありがとうございました!」
整列したメンバーが笑顔で頭を下げる中、一人蚊帳の外だったペルルが、パタパタと駆け寄ってきた。
「みんな、お疲れさまッ! これ私が作った栄養ドリンクだよー。はちみつレモン味!」
程良く汗を掻いた皆に、ペルルが紙コップを配りながらねぎらいの声をかける。
そうやってかいがいしい女子マネっぽく振る舞いつつ、こっちをチラチラ見てくるけれど、俺は仏頂面を崩さない。
アイツにも来週から『魔法構築学』を受けさせよう。魔力がきっちりコントロールできるようになるまで、絶対野球はやらせん……!
決意を固める俺の前に、ようやくペルルが現れた。そして甘酸っぱいはちみつレモンが詰まった小瓶を差し出して。
「これ、ジローのために特別に作ったの。食べてくれるよね……?」
涙でうるうるしたブルーの瞳が、ぱちくりと瞬きする。ワンピースの肩にちょこんと乗っかったネズミも、先輩の援護射撃をするかのようにジッと見つめてくる。
しょうがなく輪切りのレモンを口に含むと、途端にペルルはニコッと。
思わずポッとなりかけた俺は、慌ててそっぽを向いた。
……まあ、次は野球じゃなくてサッカー大会でもいいかもしれん。それなら道具を壊すことも無さそうだし。
と、いつも通り俺がペルルに懐柔されていると、今度は名審判こと皇子が近寄ってきた。
「ペルル、それ美味しそうだね。僕にも一つくれないかな?」
「んー、いいよ。毒入ってるかもしれないけど」
多少は打ち解けたのか、ナチュラルな嫌味を言いつつも、皇子にはちみつレモンを一切れ分けてあげるペルル。
しかし皇子が「ありがとう」と微笑んでみせるや。
「べ、別にアンタのために作ったわけじゃないんだからねッ!」
と、ツンデレならぬ百パーセントツンな発言をして、女子たちの輪の中へ逃げてしまった。
※ラストになるはずでしたが、長くなったので分けました。スミマセン。最終話は今日中にアップします。




