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ニコポナデポ! ~無能者に転生した俺は最強かもしれない~  作者: AQ(三田たたみ)
エピローグ 勇者

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その1 約束の日

『リュミエール新聞・号外――あの銀色狼は生きていた!』

 全国的に凶雲が見られた昨日の午後、王都の国立魔法騎士学校および神官学校に、伝説の魔獣・銀色狼が現れたとの目撃情報が寄せられました。

 取材班が魔法騎士学校へ駆け付けると、生徒たちはあたかも魂が抜かれたかのように呆然と佇み「女神の奇跡が起きた」と呟くばかり。

 その奇跡に、我がリュミエール皇国の輝ける星・アレクサンドル皇子が立ち会われたのは、まさしく女神の導きでありましょう。皇子は混乱する生徒たちを落ちつかせ、速やかな事態の収束に向けて尽力されておりました。

 銀色狼は、女神に背いた『罪人』にのみ罰を下し、凶雲とともに立ち去ったということです。

 ※なお神官学校においては、銀色狼の背中の上に『勇者』が乗っていた、または地下から『大量の聖獣』が出現したとの情報が……こちらは現在追跡調査中です。続報をお待ちください。



 例の事件から十日が過ぎた。

 今日は、入学してから三度目の週末――ペルルとの約束の日だ。

 爽やかな秋晴れの空の下、俺は高らかに宣言した。

「ただいまより、研究学部一年特別クラス、男女対抗野球大会を開催します!」

 俺の周囲に集っていたクラスメイトたちが、大きな歓声を上げる。

 青々と芝の生えていたグラウンドは、銀色狼の足跡でボコボコになった結果、土の更地に生まれ変わった。そこにはすでに白線のダイヤモンドが描かれ、ベース代わりの石板が置かれている。

 今回のイベントは、頼れるクラス委員長ことアンドレが全面的にバックアップ。

 皆へのルールの周知、道具を買い揃えるための資金援助、土ならしなどの雑用も含め、せっせと作業を手伝ってくれた。

 あとは皆にポジションを割り振るのみ。

「はいはいはい! 私、ぴっちゃーやる! 打順は一番で!」

 真っ先に食いついてきたのは、すでに野球を熟知しているペルルだ。他の皆は、俺が作ったルールブックをペラペラ捲っておさらいしている。

 この世界に制服はあるものの、学校指定のジャージなんてものは無いため、皆には適当に動きやすい格好をしてきてもらった。

 ペルルの服装は、村でも良く着ていた白いワンピース。長い銀髪はひとくくりに結わえ、お手製のベースボールキャップを被っている。スライディングしたらパンチラ確実だけれど、一ミリもムラッとしない幼児体型。

 ……のはずが。

 ちょっとドキッとしてしまうのは、やはり例の事件の余波だろう。

 クラスの皆も、キャンキャンと騒ぎながら俺に纏わりつくペルルを、ニヨニヨしながら見守っている。

 例の事件は、俺とペルルの関係を微妙に変えた。百パーセント妹ポジションから、より“女の子”な方向に。

 俺の意識をそっち側へ押しやったのは、もちろん俺自身の覚悟という問題もあるわけだが、やはり大きいのは周囲の視線だ。

 事件の後、俺とペルルは五日間眠りこんだ。神官学校地下研究所の仮眠室にて。

 その間、魔法学校は学級閉鎖を余儀なくされたらしい。

 翌週から学校が再開となり、皆がどんなリアクションを取るのかと内心ビクビクつつ登校した俺は――思わぬニヨニヨ攻撃に晒された。

「ジロー君ってさ……」

「あのときペルルちゃんに……」

「キス、してたよね……?」

 ……さすがに誤魔化せなかった。

 今回の目撃者は約三十六名。しかも半分がかしましい女生徒だ。噂はあっという間に校内を駆け巡り、気づけば俺は『ペルルの婿』になっていた。

 もちろん、ペルル自身がこの噂の拡散に関与したことは間違いない。

「勇者ジローは、私への愛のパワーで奇跡を起こしたのよ!」

 なんて叫んでは、女子たちをキャッキャ言わせていた。俺の胃はシクシク痛んだけれど、全ては身から出た錆だ。

 というか、こんなことは慣れっこだったりする。

 ペルルはいつだって変わらない。生まれたときからわがままなお姫様で、俺に「好き」と言い続けて、ぴったりくっついて離れてくれない。

 たぶんこの先もずっと……。

 チラリ。

 俺がちょっと意味ありげな流し目を向けるも、ペルルの頭は百パーセント野球モード。いつも以上のハイテンションで、宝石みたいな青い瞳をキラキラさせながら問いかける。

「ジロー、肩慣らしするから道具ちょーだい、お宝シリーズ!」

「ほい、バットとボール。グローブは俺が使うからな。お前すぐ壊しそうだし」

「壊れても、あの“巻き戻し魔法”で復活させちゃえばいいでしょ」

「その魔法禁止! さすがに反則過ぎ!」

 と、思わずツッコミを入れたとき。

 むにゅり。

 左腕のあたりに、柔らかいモノが当たった。

「ジロー様! わたくしはキャッチャーをやらせていただきますわッ。以前ジロー様に向いていると言われましたし」

 次に寄って来たのはアンジュだ。なぜか俺の左腕にしがみついて、子犬のように無垢な瞳で見上げてくる。

 今日の服装はいつもの法衣じゃなく、初めて見る私服だ。ゆったりとしたチュニック風のミニワンピースは深い藍色で、その下には七分丈のズボンと布製のバレエシューズ。髪は三つ編みにしてサイドへ垂らしてある。

 肌の露出も少なく、さほど色気は無い格好のはずが……かなりヤバい。

 ペルルと違って、薄着になると豊かな胸がことさら強調される。この格好でダッシュするのはキケンな気がする。

 いや、そもそもこの格好で俺にギュッとしてくるのが反則というか……。

「お、おぅ、頼むわ。ペルルは肩が温まるまでノーコンだし、最初はアンダースローで投げさせてやって」

 ドキドキをポーカーフェイスで隠し、俺とペルルで作ったお手製のキャッチャーミットを渡す。

 プロテクターは街で購入した中古の鎧で代用。装着するのを手伝ってやるとき、「胸がちょっとキツイですわね……」とか呟いていたのは華麗にスルー。

 事件の後、アンジュも変わった。

 テロリストたちの侵入を許してしまったことを深く反省し、剣や護身術などの鍛錬に力を入れ始めた。

 そして、自分の特殊能力についても本腰を入れて研究するようになった。さっそくビザール先生と『神力』について熱い議論を交わし、週明けからは『魔法構築学』の授業を受けると張り切っている。

 俺に対する態度もちょっと変わった、気がする。

 華奢な身体に似合わない、ごつい装備を身につけたアンジュは、それでも天使のような可憐さを失わずにこやかに問いかける。

「ジロー様が、男子チームのピッチャーをされるのですよね?」

「ああ、ひとまずこの試合はな」

「もし“ホームラン”を打てたら、何かご褒美をくださいませんか?」

「おお、いいぞ」

 やれるもんならやってみろ、と闘争心をメラメラ燃やしながら俺が頷くと、アンジュはちょっと『小悪魔』っぽい笑みを浮かべて。

「では、わたくしにもキスを」

「へッ?」

「先日クレール様との対決に勝ったときの分と合わせて、二回お願いしますね?」

 ニコッ。

 俺にギュッとしがみつき、エメラルドの瞳を細めながら可愛らしくおねだりするアンジュ。俺はついポッとなる。

 すると、すかさず妹命なアンドレが寄ってきて。

「――許さんぞ! 絶対ホームランなぞ打たせん!」

 と悪鬼のごとき形相で叫ぶや、チームメイト全員が「おお!」と雄叫びをあげる。

 熱すぎるその集団から、俺がじりじり遠ざかろうとすると、背後にすらりとしたシルエットが。

「では、わたしは点数をつける係――スコアラーをしよう」

 クールに言い放ったのは、クレールだ。

 背番号一のついたラグラン袖のTシャツに、丈の短いキュロットという野球ユニホーム風スタイル。ペルルとお揃いの野球帽が、ボーイッシュな黒髪ショートに良く似合う。

 このユニフォームは、俺とペルルがプレゼントしたものだ。

 苦学生のクレールは、外出着を制服しか持っていない。それを汚させるのは悪いからと、上下一式を見つくろってみた。俺たちを庇って怪我をさせてしまったお詫びも兼ねて。

 というか、このプランにガブリと食いついたのはペルルだった。

「クレールに可愛い格好させたい!」

 という欲求でムラムラした結果、出来合いのTシャツをピンクに染めたり、下のズボンをキュロットっぽく加工して楽しんでいた。

 枯れてる『聖人』な俺は、ただの傍観者……だったはずが。

 こうして眺めるとすごく似合っていて、ついドキドキしてしまう。くびれたウエストとか露出した脚とか、かなりセクシーだし。

 なのに当人はどこかズレていて、自分の可愛さなど無頓着。ルールブックを片手に、誇らしげにキリッと言い放つ。

「点数のつけ方はしっかり覚えてきた。あと塁審もできるぞ」

「なんでだよ。普通にファーストとかやればいいだろ」

「……しかし、わたしが“チーム”に入るということは、徒党を組むということに……」

「なるか!」

「ならないよ!」

「なりませんわ!」

「「「ならない!」」」

 俺、ペルル、アンジュ、そして残りのクラスメイト全員が一斉に叫んだ。クレールは恥ずかしそうに俯いて、俺の後ろに隠れてしまう。

 例の事件の後、劇的に変わったのは皆のクレールへの態度だ。

 テロリストが乱入してから俺が教室に到着するまでの間、皆を支え続けたのはクレールだった。

 あのときは、ペルルも皆も本気でパニック状態に陥っていた。生まれて初めて『魔法が使えない』という状況になった上、一方的に傷めつけられる皇子やアンドレを目撃して。

 しかし、常に魔法を封じられ、暴力を受けることに慣れていたクレールだけが冷静だった。怯える女子たちに声をかけ「大丈夫、わたしが皆を守る」と囁き続けたらしい。

 実際ペルルや俺を庇ったことも決め手になり、『クレールいいひと説』はしっかり定着。例の陰険なルールを撤廃させようという声も高まっている。

 ただクレール自身は、意外と変わっていない。

 というか、今まで隠されてきた素直さやおおらかさが、ようやく表に出てきた感じだ。ときどきデカイ地雷を踏むのも微笑ましい。

「そんじゃ、クレールはファーストな。でも背高いし運動神経良いし、ピッチャーもできそうだよな。もしペルルがノーコン過ぎて押し出ししたら、ピッチャー交代ってことでよろしく」

「分かった。あともう一つ確認したいことが……」

「何だ?」

「わたしもホームランを打ったら……いやなんでもないッ!」

 カーッと赤くなり、ぶんぶんと首を横に振るクレール。

 ……やっぱコイツ、すげー可愛いかも。

 と考えたのは、どうやら俺だけじゃなかったらしく。

「では僕がホームランを打ったら、口づけを許してくれるかな、クレール?」

 突然しゃしゃり出てきたのは、黒髪の超絶美青年――アレクサンドル皇子。

 今日の服装は煌びやかな皇子服ではなく、ざっくりした生成りの上下という平民服。剣の鍛錬をしたり、街をお忍びするときの格好らしい。

 どんな服を着ていても、王族特有のオーラというか、キラキラ度が落ちないのがさすがだ。

 しかし、性懲りもなくクレールの手を取り、ポイッと投げ捨てられている姿はかなり残念というか。

 すかさず他の女子に突撃するのは、かなり図太いというか……。

「それでは、ペルル。君からホームランを打ったら」

「いや!」

「ではアンジュ」

「いやですわ!」

 三連続、秒殺KO負け。

 それでも皇子様はニコニコと上機嫌で、隙あらば甘い魔法をかけようとする。

 実際三人以外の女子たちは、その魔法にかかってしまっているようだ。一般貴族のクラスメイトたちにとっては雲の上の存在だったはずが、今や「アレク様」と親しげに呼びかけるほどに打ち解けている。

 全ては皇子が自力で勝ち取った信頼。新聞に記されていた通り、皇子は俺が眠り込んでいる間も大活躍だったらしい。

「……つーか、何でここに来てるんですか。まだ“事件”の後始末で忙しいんでしょう?」

「忙しいからこそだよ。ジローの考えた『野球』は気分転換にちょうど良さそうだ。それに愛しい人の顔を見れば、疲れも吹き飛ぶからね。ペルルにアンジュにクレールに……他の女の子たちも全員、僕は愛しているよ」

 背後にいた女子チームから「キャアッ」という黄色い歓声があがる。しかし具体名を挙げられた三人は閉口するのみ。

 俺は『監督』のポジションをアンドレに譲渡し、皇子をずるずると遠くへ引きずって行った。

 誰にも聞かれちゃいけない、内緒話をするために。

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