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ニコポナデポ! ~無能者に転生した俺は最強かもしれない~  作者: AQ(三田たたみ)
最終章 奇跡

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その8 勇者のわがまま

『さて人間、この先どうする? 我らは“不浄の輩”の元へ向かうつもりだが』

 正門へ到着すると、父狼が鼻をヒクヒクさせながら尋ねた。

 例の臭いが増してきているんだろう。ちょと不快そうに「グルルルル……」と唸る。途端に周囲の警備兵たちがビビッて一歩引く。

『ああ、一緒に行く。でもその前に寄って欲しいところがあるんだ』

 俺はなるべく建物や街路樹を傷つけないルートを指示し、楽園の奥へ向かって移動した。

 その先々で出迎えてくれるのは――熱狂的な大歓声。

 ビザール先生の“予言”は、なぜか校内全体へ広まっていた。押し寄せる人波の中には、神官の老人や研究者風の大人たちも多く、全住民がこの場所へ殺到していると分かる。

 そして彼らの言動から、予言書の詳しい文言が明らかになる。

『――今からこの地に勇者及び聖獣が訪れる。その際は決して邪魔立てせず、指示に従うように』

 ……なるほど、良くできた文章だ。

 たぶんビザール先生は、俺がペルルを連れてくるとでも思ったのだろう。

 ペルルを利用すれば、避難を呼びかけることは簡単だ。先生や魔法学校の一生徒である俺が「魔獣から逃げろ!」と叫ぶより、大鷲を従えた“勇者”が「こっちへおいで」とでも言えば、皆はあっさりと付いてくる。

 ただ、もうそんなことをする必要はない。

「皆さん、危ないから下がってください!」

 くっついてきた警備兵たちが、使命感に燃える瞳で俺の指示を復唱する。

 それに従おうと最前列の観衆は後ずさりするものの、せわしなく飛び交う伝書鳩につられ、新たにやってくる人たちの方が圧倒的に多い。警備兵がいてくれなければ怪我人が出ていた可能性もある。ちょっと鬱陶しいなんて思ってスミマセン……。

 一進一退の攻防の中、皆が脇目もふらずに眺めているのは、やはり銀色狼だ。

 この結界の中で生きてきた彼らにとって、銀色狼は恐ろしい魔獣なんかじゃない。むしろ自分たちを護ってくれる最強のヒーローだった。

『邪魔だ、人間ども。踏むぞ!』

 と父狼が威嚇するも、興奮し切った群衆にはカッコイイ遠吠えにしか聴こえない。

 あたかもプロ野球の優勝パレードのように学園内を練り歩いた後、ようやく華美な学園エリアを抜けて質素な工場エリアへ。俺は「この先には人を入れないでください」と警備兵たちにお願いし、バリケードを張ってもらう。

 そうして辿りついた、魔石研究塔。

 そこにはすでに、俺の会いたかった人が勢ぞろいしていた。

「ビザール先生!」

 狼の上に乗ったまま俺が叫ぶと、先生は満面の笑みで答えた。

「おお、ジロー君……いや、勇者殿と聖獣殿! お待ちしておりましたぞ!」

「その言い方やめてください! っていうか、無事で良かったです。室長たちも……えっと、大丈夫ですか?」

 室長及び研究員三名は、全員腰を抜かしていた。

 顎が外れんばかりに口を開けて、小山のごとき狼を凝視している。くわっと見開かれた両目からは滝のような涙が流れ落ちる。

 そういえば、彼らは熱心な『聖獣研究者』だった。実物を見ればこうなるのも当然か。

 ゆっくりねぎらってあげたいけれど、そうもいかない。狼親子の尻尾が、不快な臭いを払うかのようにぶんぶん振られている。

「ビザール先生、あのッ」

「しかし、この目で銀色狼を視ることができるとは……いやぁ、眼福眼福」

「先生、のんびりしてる場合じゃないです! 俺たちは“隠し通路”の方から地下へ入ります。先生方もここから避難して下さいッ」

 ビザール先生は「ワシも見学したい、冥土の土産に!」とわがままを言うも、父狼の一睨みでしぶしぶ承諾。

 他にもこのエリアに残った人がいないかを確認した後、俺たちは満を持して地下通路へ向かった。

 しかし、固く閉ざされたガレージの前で一時停止を余儀なくされる。

『あのさ……どう考えてもこの身体、通路よりデカいんだけど』

『フン、我を止めることなど誰にもできぬ。脆弱な道など全て壊してしまえばよい』

『もー、そういうことするからお母さんが怒るんだよ? お父さんがちょっと我慢して、ちっちゃくなれば済む話じゃん』

『グウッ……』

 鶴の一声ならぬ子狼の一声で、父狼は小型トラックサイズに変化。これでも天井ギリギリだ。

 凶雲が完全に消えない限り、これ以上縮むのは無理とのことで、俺と子狼は背中から降りることになった。ほとんど揺れないジャンボジェットから、小型セスナ機に乗り換えた感覚になる。

 強固なガレージの結界も、父狼の一睨みであっさり霧散した。俺は重たい鉄扉を開き、もう一度“荷物”を抱えて子狼の背中へ。

 開け放たれた扉から差し込む陽光が、凍てつく闇の道を清らかな光の道へと変える。真っ直ぐに前へと伸びる影は、俺の進むべき道を指し示しているかのようだ。

『じゃあ、行こう!』

 そうして、二度目の地下ダンジョン攻略がスタート。

 ネズミに先導をお願いしなくても、狼たちは『臭い』だけで正しいルートを見極めた。

 というか、ネズミはいつの間にかポケットから消えていた。たぶん狼にビビって、例の異次元空間に隠れてしまったのだろう。

 腹の底がむずがゆいような、ちょっと微妙な気分になっている間にも、狼たちは韋駄天のごとく突き進み、一分も経たずに地下ダンジョン最深部へ到着した。

『ありがとう、助かった』

 子狼にお礼を言って、俺はその場所へ降り立った。

 初めて来た時、あたかも冥府への扉のように思えたその場所は、今や単なる鉄の塊にしか見えない。俺の身体が恐怖に震えることもない。

 その理由は明白だった。

 すぐ後ろには、これ以上ないってくらい強い味方がいる。そして俺の中には女神がついている。

 なにより俺自身が、覚悟を決めたから。

 ……俺は、もう逃げない。

 女神が俺に「勇者になれ」と言うならば――そうしなきゃペルルや皆を護れないって言うなら、絶対になってやる……!

『さて、これからどうするつもりだ?』

『うへぁー、ちょー臭い……早く掃除しちゃおうよー』

『まあ待て、少し黙って見ていなさい』

 わがままを言う子狼を前脚で制した父狼が、真紅の瞳を好奇に輝かせて俺を見つめる。

 俺は軽く笑みを返すに留めた。

 ……今からやろうとしていることは、完全に俺のエゴだ。女神の慈愛とも一切関係ない、元日本人として望むこと。

 そのために俺はまたコイツを利用する……。

 ずっと腕の中に抱えて来た大事な幼なじみを、俺はそっと地面に横たえた。

 ペルルは相変わらず、気持ち良さそうにすやすやと眠っている。この分じゃしばらく目を覚まさないだろう。

『あのさ、アンタらに一つ頼みがあるんだ』

『何だ?』

『俺はたぶん、これが終わったら倒れると思う。そのまま何日か寝込むかもしれない。もしそうなったら、俺たちをビザール先生のところへ連れて行って欲しいんだ』

『うむ、承知した』

『あと……もし俺が失敗したら、そのときは好きなようにしてくれて構わないから……』

 父狼が頷くのを確認し、俺はペルルの傍らに膝をついた。

 そして心の中の女神に、“勇者”として最初のわがままを言う。

「頼む……もう一度、俺に力をくれ!」

 三度目の口付けは、今までとは何もかもが違った。

 全身を満たすのは、マグマのような激しい熱情じゃない。泉のように静かな、澄み切った想いだった。

 俺の身体から光の礫が溢れ出す。キラキラと弾ける粒子が鉄扉にぶつかるや、結界は一瞬で消え失せた。

 背後からは、銀色狼の唸り声が聞こえる。悪臭が一気に強まったせいだろう。

 俺は「大丈夫」と一度頷いてから、重厚なその扉を軽々と開け放った。

「――グギャァァァァアア!」

 腹を減らした魔獣たちが歓喜の声をあげる。狭苦しい檻から我先にと飛び出し、のこのこと現れた獲物へ襲いかかる。

 しかし、彼らが俺を食いちぎることはなかった。

 太陽と見紛うかのような、圧倒的な光に包まれた獣たちは――自我を失い次々と倒れた。そのまま苦しげに床をのたうち回る。

 悲痛な慟哭に、俺の胸はズキンと痛んだ。

「悪かったな……人間のせいで、こんな目に合わせちまって」

 俺が女神に望んだのは、全てを元通りにすることだった。

 こいつらは、元々獰猛な獣だった。時には人や家畜を襲ったこともあるだろう。

 だけどそれは食べるためであり、動物が生きるための当然の権利。

 その姿に還って欲しかった。もう一度自由を手にして、野山を走り回って欲しかった。

 このまま『魔獣』として粛清されてしまうのは、どうしても嫌だった。

 ……そんな俺のわがままを、女神は赦してくれたようだ。

 光に包まれた魔獣たちは、しだいにその姿を変える。身体に傷をつけることなく、魂に染み付いた禍々しい瘴気だけを冥府へと解き放っていく。

 暗く澱んだ檻の隅々まで光が行き渡ると、檻の中には静寂が訪れた。俺はいつも通り魔力をペルルへ返し、そのまま床にへたり込む。

 そうして全ての穢れが消え去った後、残されたものは一人の男の躯。彼の魂はとうに冥府へと旅立っていた。

 そして、獣たちは――

 ペロペロペロペロペロペロペロペロ……。

『やっぱお兄さんの魔法サイコー!』

『オニイサン!』

『オニイサン!』

『『『オニイサン!』』』

 無垢な狼は、どこにもいなかった。

 俺に襲いかかったのは、灰色狼の姿をした約五十頭もの『聖獣』だった……。

 全身をくまなくペロペロされながらも、俺は最後の気力を振り絞って、父狼に声をかける。

『あ、あの……』

『無理だ』

『だけど、コイツら……』

『我に五十もの赤子を世話する余力はない』

『そこを何とか、お父さん……』

『そなたに父と呼ばれる筋合いはない……あッ、コラ待て! 勝手に外へ行くな!』

 なんだかんだ面倒見が良いというか、巻き込まれタイプな父狼に『ドンマイ』の呪文を唱えた後、俺はペルルの傍で深い眠りについたのだった。

※これにて最終章終了です。この先はちょっと長めのエピローグに入ります。(更新スケジュールは活動報告にてお知らせさせていただきます)

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