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ニコポナデポ! ~無能者に転生した俺は最強かもしれない~  作者: AQ(三田たたみ)
最終章 奇跡

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その5 女神の奇跡

 横を向いた俺が目にしたのは、凶雲だった。

 暗く澱んだ靄の中、大地をえぐるかのように叩きつける雨粒たち。鳥どころか虫の一匹もいやしない。

 そして、ゆっくりと視線を戻すと。

 目の前に銀髪の少女が立っていた。

 少しだぶついた制服に身を包んだその少女は、俺の大事な幼なじみだ。俺が呼べばすぐさま飛んできて、俺を護ってくれる最強のヒーロー。

 その左肩から胸にかけて、茶褐色の薄汚い剣が食い込んでいる……そう認識した直後。

 噴き出したペルルの血が、世界の色を深紅へと塗り替えた。

「……ボクは、悪くない……」

 ロドルフは、ようやく狂気から逃れられたようだ。

 ペルルの身体に刺さった剣を引き抜くこともせず、よろよろと後ずさっていく。そして倒れた机にけつまづき、無様に尻もちをつく。

 俺は何もできなかった。ただペルルの小さな身体が崩れ落ちるのを、両腕で抱きとめることしか。

 今のペルルは、本物の人形みたいだ。

 野良犬に噛まれて振りまわされた、可哀想なお人形。いつも俺に絡みついていたあの腕が、根元から千切れそうになっている。

 これは夢だと思った。だから早く目覚めなきゃと。

 なのに煩わしい雑音が、俺をこの悪夢へと縛りつける。

「――こいつは、聖獣なんかじゃない、魔獣だ! 魔獣なんだ! だからボクは悪くない!」

 再び狂気の渦へと落ちていくロドルフの絶叫に、ヒキガエルの失笑が重なった。

 そして冷酷な『王』は、真の配下に命令を下す。

「余興は終わりだ。全員、始末しろ」

 まるで玩具に飽きた子どものような言い方だった。今にもあくびを漏らしそうな、気だるげな声。

 そこから始まったのは、まさに一方的な殺戮だ。

 阿鼻叫喚。次々と打ち出される魔法の弾丸を浴びせられ、逃れる術もなく生徒たちが倒れていく。

 俺のローブにも光の矢が食い込む。貫くことはなくとも、容赦なく肉をえぐり骨を砕く。

 それでも俺は粛々と作業を行う。ペルルをそっと床に横たえ、剣を引き抜く。ローブを脱いでペルルへ被せることはせず、このまま俺の身体ごと盾にする。

 全身に鈍い痛みを感じながら、俺は思った。

 最初からヤツは、こうするつもりだったんだ。凶雲というアクシデントがなくても、あらかじめニンジャに「皆殺しにしろ」と命じていた。ロドルフも結局、ヤツの手のひらで踊らされていただけ。

 もし俺が本物の『聖獣使い』なら、この悪夢を力ずくでぶち壊せたのかもしれない。

 でも俺は、ただの臆病者だった。

 ロドルフに斬りつけることができなかった。他人を傷つけるのがどうしても怖かった。

 自分が斬られながらもこの手のひらを伸ばすという選択肢もあったのに、それすらできなかった。

 なのにペルルは俺を庇ってくれた。俺の代わりにこれほどの痛みを受けて……。

 ペルルが、死んでしまう。

 俺の半身ともいえる存在が。

「ふざ、けんな……ッ!」

 そう吐き捨てたとき、俺の胸に一つの天啓が降りた。

 ――全ての『鍵』はペルルだ。

 銀色狼と対峙したあのとき、俺は自我を失い、女神に操られるようにペルルを救った。

 あの日から……いやもっと前から女神は俺の傍にいて、「ペルルを護れ」と訴え続けていた。

「ペルル、ごめんな……ずっと気づかなくて、ごめん……」

 俺はペルルに、この力を譲り渡すだけでいいと思っていた。それさえあればペルルが命を失うことはないと。

 だけど、そうじゃない。俺は自分の力で戦わなきゃいけなかったんだ……!

 血の涙で歪む視界の中、冷たくなったペルルの頬へと指先を伸ばす。

 今ならまだ間に合う。

 いや、今しかないんだ。ペルルがこの力を手放そうとしている、今しかない!

 俺は腕輪の奥に閉じ込められた、確かな力の源を目指して手を伸ばす。壊れかけた世界を取り戻すために。

「戻ってこい――『俺の魔力』ッ!!」

 青褪めたその唇に触れた刹那。

 世界が、再び色を変えた。

 凶雲に隠されたはずの太陽が、この地獄へと舞い降りたかのようだった。暗闇に閉ざされた世界は一転、眩い白一色に塗り変えられる。

 そして、再生が始まる。

 何もかもが生まれ変わる。倒れてひしゃげた机も、ヒビの入った窓ガラスも、傷ついた人間たちも……癒やしの光に包まれ、失ったもの全てを取り戻していく。

 彼らを檻の中へ閉じ込めていた手錠が、ガシャンと音を立てて床へ落ちる。倒れていた全員がその瞼を持ち上げ、驚愕と困惑に目を見開き、一人また一人と立ち上がる。

 煌めく光の中に、一匹のヒキガエルが映った。

 醜く下劣な生き物だった。でも俺の中の“女神”はそれすらも赦した。

 あの男は、きっと優秀な弟と比べられて苦しんできたに違いない。だからここまで歪んでしまったのだ。

 ただし、この世界は女神のルールで動いている。誰かに与えた痛みは、必ず自分に返ってくる。

 たぶん彼は、罰を受ける。

「なるほど……これが真の“奇跡”か」

 そう呟いたのはアレクサンドル皇子だ。光の礫が踊るだけのこの世界に、カツカツという硬質な足音を響かせる。

 彼が歩み寄った先には、無様に震えるヒキガエルがいた。慌てて周囲を見渡すも、ニンジャたちはどこにもいない。

「兄上、どうやら女神は貴方には微笑まなかったようですね?」

「ひ、ひぃ……ッ!」

「いや、貴方は女神に守られたんだ。少なくとも、真の愚王として歴史に残ることはなくなったわけですからね」

 二人はその後も何か会話をしていたけれど、俺にはどうでも良かった。

 意識が朦朧としていて、ただ一人の女の子のことしか考えられなくて。

「ペルル……悪りぃな。また勝手に、お前の力借りちまった」

 俺はゆっくりと、ペルルの傍らに跪く。そして柔らかな頬に触れ、銀糸の髪を優しく撫でる。

 この場にいる全員がその光景を見ていた。嗚咽一つ漏らさず、ただ滔々と涙を流しながら。

 女神の奇跡を締めくくる、神聖なる儀式のエンディング――二度目の口付けを。

 俺の身体からペルルへと魔力が戻って行く。そして全身から放たれていた光の礫も、その残像のみを残して静かに消え去った。

 俺はペルルの頬に、そっと手のひらを触れてみた。

 陶器のように冷たかった肌に、確かな温もりを感じる。

 ブルーの瞳は固く閉ざされていて、まだしばらく開かれる気配はないけれど、すうすうという穏やかな息が聴こえる。剣による傷は何事も無かったかのように消えているし、破れた制服も元通りだ。

 ……きっとこの出来事を、皆は夢だと思うだろう。おぞましい白昼夢だったと。

 それでいい、と俺は思った。

 なのに女神は、俺が考えるよりずっと冷酷で――罪人を赦さなかった。

 ヒキガエルの号令により、校舎からテロリストたちがほうほうのていで逃げ出した直後。

「グギャルルルルルゥ……ッ」

 窓ガラスをビリビリと震わせる、地を這うような低い唸り声が轟いた。

※主人公のモノローグを一部修正しました。(クラスメイトを削除、女神関連を追加)

※主人公のモノローグを一部修正しました。

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