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ニコポナデポ! ~無能者に転生した俺は最強かもしれない~  作者: AQ(三田たたみ)
最終章 奇跡

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その3 無能者の抵抗

 こうして見比べると、二人の皇子は実に対称的だ。血が繋がっているとはとうてい思えない。

 第一皇子は、ある意味とても王族らしい人物だった。

 傲慢とか不遜というネガティブな意味で。

「……仕組んだ、とは聞き捨てならんな。私は罪人を粛清する『勇者』の姿を見届けに来ただけだ」

 肉に埋もれた細い瞳をさらに細め、教室内を舐め回すように見やった第一皇子は、俺の傍らで倒れているクレールに目を止めた。

 そして、にんまりと微笑んだ。

 直視に耐えない醜悪な笑みだった。風紀委員なんて比べものにならない、愉悦に満ちたサディスティックな笑み。

 その笑みを打ち消すような、涼やかな声が響く。

「罪人とはイヴェールのことですか? しかし彼女の素性は兄上もご存じのはず」

「いや、罪人は――貴様だ、アレクサンドル」

「意味が分からないのですが?」

「しらを切っても無駄だ。先日引き取りに行かせた『三種の神器』……皇位継承の儀式でのみ開封を許される御箱の中身が全て空だった。貴様が盗んだのだろう、なんと恐れ多いことを」

「語るに落ちるとはこのことですね、兄上。『三種の神器』の中身が無いと知っている……つまり兄上はその封を無断で開けられたということになりますが?」

「ッ……詭弁を申すな。相変わらず小賢しい奴だ」

 いかにも鼻白んだように吐き捨て、第一皇子は顔を逸らした。

 それでも、アレクサンドル皇子の糾弾は止まらない。

「それにしても、偶然とは重なるものですね。たまたま兄上が急病にかかった日に、代理で宝物殿へ行かされた僕が魔獣に襲われたり、危うく『反逆者』に殺されそうになった日に、兄上が乗り込んでいらっしゃったり」

「フン、貴様の悪運もそろそろ尽きるだろう。ここにはロドルフという本物の勇者が現れたのだからな」

「勇者ではなく“実行犯”とでも呼ばれたらどうですか? 彼に謀反を起こさせ、全ての責任を押しつけて逃げる算段だったようですが……凶雲のおかげで目論見が狂ってしまいましたね」

「これも全て、女神の思し召しということだろう。『次期皇帝』として、私には勇者の粛清を見守る義務があるのだよ」

 ……くだらな過ぎる茶番だった。

 第一皇子が口を開くたびに、ボロボロとメッキが剥がれ落ちていく。この場に居る全員が疑惑を確信に変える。

 優秀な弟を昔から疎ましく思っていた第一皇子は、常々罠を仕掛けてきた。しかし弟は、女神の加護によりことごとく危機を回避してしまう。

 そんなとき『間諜』として弟に仕えさせていたニンジャたちから、この学校をめぐる不穏な対立を耳にした。ロドルフという名のちょうどいい駒がいると。

 第一皇子にとっては、邪魔な人物を一網打尽にするチャンス。

 アレクサンドル皇子、クレール、アンドレ。

 もしもこの三人が命を落としたら――皇位の座は第一皇子の元へと転がり込む。

 新たな宰相の座に収まるのが、『勇者』であるロドルフだ。

 ヤツはすでに褒賞の約束も取りつけているらしい。その三名を粛清した暁には、“前宰相”の娘であるアンジュを自分のものにすると……。

 鼻で笑い飛ばしたくなるほど稚拙な計画だった。

 しかしどんな手段を使おうとも、この世界では勝者こそが正義になる。計画の鍵になるアンジュを手に入れた時点で、勝負の行方はほぼ決まってしまった。

 そして、俺にとって最大の誤算は、ペルルの力を封じる腕輪の存在。

 苦々しい思いが、独り言となって零れ落ちる。

「そういや、昨日アンジュが言ってたよな……『神官学校は、クレールを迎え入れる準備ができている』って……つまりこの腕輪は完成してたってことか」

 しかも第一皇子は、神官からこれらの腕輪を大量に譲り受けている。

 表向きは対立しているはずの、リュンヌ派王族と神官との癒着。神官側から見れば裏切りともとれるような行為だけれど、そうじゃない。

 彼らには共通のキーワードがある。

「これが、ヤツらにとっての“革命”……か」

 こうなると、所長の自害は仕組まれたものだったとしか思えない。

 神官学校と魔法学校、同時多発テロってヤツだ。

 皇位に近い候補者たちと、政治にうるさく口を出す神官たちを一気に消し去る。この国は確実に揺らぐけれど、一握りの権力者にとってはそれこそ都合が良い。

 彼らは混乱に乗じて、この国のルールを好きなように変えてしまうに違いない……。

 そんな結論を導き出したとき、俺の耳に涙混じりの囁きが届いた。

「ジロー、どうしよう、血が止まらない……このままじゃ、クレールが死んじゃうよ」

 ハッとして、思考を現実へと切り替える。

 すぐ傍には、縋りつくような瞳で俺を見上げるペルルがいた。無敵のヒーローじゃなく、ただ泣くことしかできないごく普通の女の子が。

 迷っている暇はなかった。

 俺はポケットの奥の『結界』に潜んでいたネズミをテレパシーで呼び出した。そして、ペルルの耳元に唇を寄せて。

「ペルル、今から渡すモノをクレールの止血に使え。くれぐれもヤツらに見つからないようにな」

「えっ」

「いいから、早く手ぇ出せ」

 もみじのような手のひらが差し出されるや、その上に純白の『聖獣』が舞い降りた。ペルルへ深紅の宝石を渡すと、すぐさまポケットの中へ逃げ帰る。

 瞬きする間の小さな“奇跡”が、涙でぐしゃぐしゃなペルルの顔を微かに綻ばせる。

 俺は軽く安堵すると同時に、心の中でアンドレに詫びた。

 ……悪いがここはレディファーストだ。お前のこともちゃんと助けてやるから、待ってろよ。

「クレールのことは任せた。あと、俺のことは心配するな」

「うん……!」

 百パーセント以上の信頼を込めて、ペルルが頷いた。涙に濡れたエメラルドの瞳が、俺の心に勇気の火を灯す。

 壁に背中をつけ、俺は静かに立ち上がった。

 足元には、固く瞼を閉ざしたままのクレール。

 ペルルは血に塗れたハンカチで魔石を隠しながら、治癒に集中している。

 廊下側にいる皇子は気力が尽きたのか、蝋人形のように青白い顔をして再び蹲ってしまった。

 教卓前には、拘束されたままのアンジュと、倒れているアンドレ。

 窓際にいるその他の生徒たちは、ただ怯えるだけの子羊だ。

 ……俺は、やれるだろうか。

 この手の縄を解いて、あの男に触れることができるのか?

 怒りに打ち震える心を押し殺して、笑顔を浮かべて、全ての蛮行を『女神の慈悲』で赦すことが……。

 ――やれる、絶対やってやる。

 皆の命を救うためなら、俺はどんな道化にだってなれる……!

「あのー、すみませんけど」

 殺伐とした空気にそぐわない、やけに間延びした声が響いた。

 クラスメイトたちが一斉にこっちへ注目する。彼らに向かって俺は軽く微笑みかけた。「大丈夫」と伝えるように。

 絶望に彩られた彼らの瞳に、微かな希望の光が灯った。俺はその眼差しをパワーに代え、真っ直ぐ背筋を伸ばす。

 壁に寄りかからず、二本の足で身体を支えるだけで、強烈な眩暈を覚える。

 それでも倒れるわけにはいかない。ため息を吐くことも、苦しげに顔を歪めることもできない。

 偽りの笑みを浮かべたまま、俺は一歩ずつ前へ進む。

 三歩進んだとき、第一皇子が初めて俺を視界に入れた。

「なんだ、貴様は……無能者か?」

「はい、見ての通りです。魔法も使えないし、武器も持ってないんでご安心を」

「――皇子、お気をつけください! コイツは妙な力を使うんだ、無能者のくせに『聖獣』を操っ……」

 と、噛みつこうとしたロドルフも、発言の途中で気づいたようだ。

 すでにペルルは腕輪の支配下にある。恐れていた聖獣は、ブルーの瞳に涙を湛えて睨みつけることしかできないただの女の子だと。

 ロドルフの中途半端な発言に、第一皇子が反応した。

「ほぅ、さては貴様が噂の聖獣使いか。我が『リュンヌ家』が加護を受けたと、陛下がたいそう喜んでおったが……」

「別に俺は、リュンヌ家の――アレクサンドル皇子の味方ってわけじゃありませんよ。あの日はたまたま俺のペットが一人で散歩してて、勝手に皇子を助けただけですから。まあ、この程度のことで倒れるようなヤツは論外ですよ」

「恐ろしいことを言う。清廉潔白な聖獣使いがそのような口をきけば、女神に厭われるのではないか?」

 いかにも大げさに嘆いてみせる第一皇子。しかしヤツの唇は、今にも笑い出したくて堪らないといったようにヒクついている。

 ひとまず、弟へのコンプレックスを利用した『おべんちゃら作戦』は成功のようだ。

 俺はにっこり微笑んで、追加の爆弾を投下した。

「残念ながら、俺は清廉潔白なんかじゃありません。この話はくれぐれも内密にしていただきたいんですが……少々お耳を拝借してもよろしいですか?」

 俺のトークに興味をそそられたのか、第一皇子はその場に『小結界』を張った。ニンジャ一人を交えた、三人だけの息苦しい密閉空間が作られる。

 後ろ手に縛られているとはいえ、俺の身体と足は自由に動く。接近する俺を警戒し、ニンジャが背後にぴったりと立った。俺が何か不審な動きをしようものなら、速やかに“処分”するつもりだろう。

 でも俺は何もしない。ヤツの耳元でこう囁くだけだ。

「俺は聖獣使いじゃない。本当は――魔獣使いなんです」

「……貴様、何を言っている?」

「証拠をお見せしましょう。……おいで」

「キキッ!」

 呼び声に応じ、ポケットからするりと這い出てきたのは、小さなハツカネズミだ。器用に俺のローブを伝って駆け上がり、右肩に止まる。

 小さくとも妖しく輝く深紅の瞳――その双眸に魅入られる第一皇子に、俺は囁いた。

 相手の脳みそを揺さぶる、優しげな笑みとともに。

「アレクサンドル皇子を“合成魔獣”に襲わせたのは、貴方ですね?」

※一部単語を修正しました。

※一部描写を加筆しました。

※一部描写を修正しました。

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