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ニコポナデポ! ~無能者に転生した俺は最強かもしれない~  作者: AQ(三田たたみ)
第七章 神官

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その11 作戦会議

「おおジロー君、待っていたぞ! さあここに座ってお茶でも飲みなさい」

「先生、本当にお茶が好きですね……」

「困ったときに困った困ったと騒いだところで、何一つ良いことなど無い。そんなことに力を費やすくらいなら、少しでも頭と身体を休ませるべきじゃろう。違うかね?」

 茶目っ気たっぷりに微笑む“勇者様”には逆らえない。俺は苦笑しつつ対面のソファに腰掛けた。

 緊張が解けると同時、ドッと疲労感が押し寄せる。

 それでも、開け放たれた窓から差し込む陽光が、疲れた身体に新たなパワーをくれる。肺の奥に溜まっていた地下の空気もようやく抜けて、全身が清涼な空気で満たされる。

「やっぱり“地上”っていいですねぇ」

「ああ、そうじゃな。この埃っぽさが最高じゃ」

「別に埃は要らないと思いますけど……」

 地下ダンジョンでのミッションを終えた俺は、ビザール先生の私室へ戻ってきていた。この部屋にある天然魔石を集めてくるという名目の、実質休憩タイムだ。

 熱いお茶を啜り、カリッとした香ばしいクッキーを頬張りながら、俺は脳みその中を整理する。

 結界張り直しは、これ以上ないくらいに成功した。

 長い階段を昇って研究室へ戻る頃には、魔獣の臭いもかなり薄れていたし、室長の体調も悪くなさそうだった。

 俺を出迎えてくれた室長は、疲れた顔に精一杯の決意をみなぎらせて、きっぱりと告げた。

「ジロー君、さきほどは取り乱してすまなかった。ボクらは所長を止められなかった……その責任は取るつもりだ。この場はボクたちに任せてくれ」

 その決意を立証するかのように、室長たちは今も魔石探しに奔走している。

 地下研究所だけでもかなりの広さだし、取り寄せたまま放置状態になっている天然魔石も多い。それらを掻き集めれば結界もしばらくは持つだろう。

 でも、いつかは限界が訪れる。今夜を乗り越えられるかどうか、という俺の推測はきっと間違っていない。

 室長たちはたぶん『しんがり』を務めるつもりなんだろう。最後の最後まであの場所に残る、危険な役目を……。

 暗く沈みかけた俺の心に、ビザール先生のしわがれた声が沁み渡る。

「地下のことは彼らに任せればよい。ワシらはワシらにできることをしよう」

「そう、ですよね……分かりました」

「それで、あの後はどうだったんだね? その顔色から推測するに、ワシらが引き上げた後にもひと悶着あったようじゃが」

 十年分の埃を被って黒ずんだ魔石をせっせと磨きながら、ビザール先生が問いかける。

 俺はどこまで伝えるべきかと一瞬悩んだものの、余計なことは言わずにさらっと返した。

「とりあえず、魔獣には餌を与えて宥めておきました。あと檻の中にちょっと危険なアイテムがあったんでそれも取り除いて、結界もキッチリ張り直してあります。夕方くらいまでは楽に持つでしょう」

「ほぅ、その危険なアイテムとは、いったい?」

「う……どうしても知りたいですか?」

「当然じゃ」

「えーと……たぶん『魔獣の心臓コア』ってヤツじゃないかと……」

「……魔獣の、心臓……」

「あ、これ室長たちには内緒にしといてくださいね? 万が一アレを開発しようなんて考えたらマズいですし。俺も見るだけで気が狂いそうになるっていうか、うかつに近づけないくらいヤバかったんで、塵一つ残らないレベルでぶっ壊しときました」

 淡々と語りつつも、今さら冷や汗が流れてくる。我ながらそうとう危ない橋を渡った気がする。

 魔獣の瘴気を吸いまくって、俺もちょっとオカシくなってたのかも……。

 若干の沈黙の後、ビザール先生はほぅっとため息を吐いて。

「いやはや、ジロー君の行動は、ワシの常識にはまったく当てはまらん。やはりあの狸めが言っていたことは正しかったようじゃな。実はジロー君が真の勇」

「――違います、全部『聖獣』のおかげですから!」

「キキッ!」

 ポケットからちょこんと頭を出したネズミが、誇らしげな鳴き声をあげた。

 それを見たビザール先生は、「そうかそうか」と嬉しそうに目尻を下げ、孫に飴玉を与えるお爺ちゃんといった感じでクッキーを差し出す。ネズミは待ってましたとばかりにぴょんと飛び出し、テーブルの上でポリポリと齧り始めた。

 ついさっき大怪我していたとは思えない、元気いっぱいな姿に、俺もつい頬が緩んでしまう。

 ただその一方で……やはりこの節理は忌々しいとも思う。

 地下の魔獣たちも、いくら暴れて傷つこうが、すぐさま元に戻ってしまう。無尽蔵なパワーを持つ魔獣に何度か体当たりでもされれば、結界なんてあっという間に脆くなる。

 お茶を飲み干したタイミングで、俺は本題に切り込んだ。

「先生、これからどうしましょう? さっきも言ったように、結界は時間稼ぎでしかありません。俺はここから逃げるのが一番手っ取り早いと思いますけど、先生は反対なんですよね?」

「うむ……事情を知るワシですらにわかに信じがたいというのに、それをどうやって皆に伝えれば良いか分からん」

「あの『七不思議』は真実だったとでも言えばいいんじゃないですか? 先生が言えば、ある程度の信ぴょう性が出るはずですし」

「まさか! ワシの方こそ気が狂ったと思われるのがオチじゃ。……もし警告を発して、皆がそれを信じたとしても、やはり今すぐというのは難しい。ここには人が多すぎる。皆を路頭に迷わせるわけにもいかん」

「だったら魔法学校に協力を要請しましょう。あそこなら全員避難できるスペースがありますし、警備や医療体制も整ってますから」

「なるほど……魔法学校との“提携”を急いだのも、女神の導きだったというわけか……」

 会話をしているうちに、ビザール先生の頭も冷えてきたようだ。

 だからこそ、より現実的な反論も生まれる。

「分かった、ジロー君がそこまでいうからには、ワシも全力で応えよう。ただ避難を固辞する者が一定数現れることは理解して欲しい。特に年寄り連中は頑固じゃ。この『醜聞』を表沙汰にしたくないとわめくヤツもいるじゃろうし……なにより銀色狼の結界の中がもっとも安全だと盲信している限り、いくら危険を説いても無駄じゃろう」

「そういう人たちこそ、地下へ連れて行けばいいんですよ。一秒だって耐えられずに逃げ出すんじゃないですか?」

 皮肉混じりに提案すると、ビザール先生は首を横に振った。

「それでも動かん者は動かん。彼らはこの地に骨を埋めたいんじゃよ……ワシ自身も含めてな」

「まあ、その気持ちは分からなくもないですけど……」

 感情論に訴えかけられると、どうしても弱い。つい心がシンクロしてしまう。

 俺は速やかに『次のプラン』を提示した。

「避難が難しいとしたら、根本的な問題解決――魔獣を退治するしかないでしょう。檻の中にいる魔獣は、灰色狼が約五十頭です。王宮にいる熟練の魔法騎士を百人ほど集めてもらえば、討伐は可能だと思います。その、銀色狼の結界さえ越えられれば……」

 自信満々だったはずの声が、尻すぼみになってしまう。

 第一のプランでは歯止めになってくれる頼もしい結界が、第二のプランでは最大の障壁になるのが苦しい。

 ビザール先生も、俺に同調してため息を吐く。

「残念ながらそれは無理じゃろう。あの結界は、人の身体から漏れだす微量な魔力にも反応する。通過するためにはやはり魔力封じの腕輪が必要じゃ」

「一旦腕輪を嵌めて結界を通って、その後外すってことは?」

「それも無理じゃ。腕輪の取り外しは、魔力を外部から注ぎ込むことで可能となる。つまり、一旦腕輪を嵌めて中に入れば、結界の外に出ない限り腕輪は外せん。当然物理的に壊すことも不可能じゃ。例え腕ごと斬り落そうとしてもな」

「まあ、そうじゃなきゃ腕輪の意味がないですもんね……では、アンジュの手で強制的に消してもらったら?」

「それも難しいじゃろう。結界が消えると同時に、代替魔石によって新たな結界が張られる。その直後には、銀色狼の結界が復活しておる。アンジュ君とのいたちごっこが起こるだけじゃ」

「となると、魔法以外の武器で魔獣を倒すしかない、か……それはさすがに厳しいですね」

「残念ながら、魔獣の弱点は人間の魔力だけじゃ。普通の剣などは歯が立たん。火で炙られようが、水中に沈められようが、毒を飲まされようがびくともせん」

 となると、もう選択肢は限られてくる。

 ペルルに結界をぶち壊させるのは最後の手段だ。

 冗談半分で言うのとはわけが違う。実際そんなことをすれば銀色狼の魔石がダメージを受けるし、もちろんペルル自身もただでは済まないだろう。

 考えるほどに、思考は散漫になってくる。突拍子もないプランばかりが次々と浮かんでは消える。

 例えば、テレポートの魔法だとか、透明人間になって結界をすり抜けるとか――

「待てよ……透明人間?」

 その瞬間、俺の脳内に電撃のような閃きが走った。

※主人公の台詞を一部変更しました。

※主人公のモノローグを一部修正しました。

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