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ニコポナデポ! ~無能者に転生した俺は最強かもしれない~  作者: AQ(三田たたみ)
第七章 神官

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その4 後悔と決意

「参った……よもや皇位継承問題が絡んでくるとは。ここまで話が大きくなると、もはやワシ一人の手には負えん……」

 もう何度目か分からない、深すぎるため息を吐くビザール先生。

 先日魔法学校に伝えられた『極秘情報』は、やはり神官学校にも届いていたようだ。

 ――アレクサンドル皇子襲撃事件。

 数十頭もの灰色狼が、組織立って皇子を襲ったと担任の先生は言っていた。この事件が合成魔獣のしわざだとしたら、その不可解さにも説明がつく。

「俺、あの事件は単なる偶然だと思ってました。皇子が狙われたのは事実だとしても、せいぜい魔獣の生息地を調べて、そこへ誘導するくらいだろうって……」

 逆に言うと、神官にできることなんてその程度のレベルだと思っていた。アンジュが『一部の神官が水面下で動いている』と報告してくれたのに、さほど深刻には捉えていなかった。

 つまり俺は、彼らを舐めていたんだ。

 そして皇子のことも。

「あと、皇子は俺にこんなことを言ってたんです。『革命はまだ終わってない、放っておくと事態は悪化する』って。たぶん皇子は本気で命の危険を感じて、俺に助けを求めてたんだ……なのに俺は何も答えられなかった」

 ……いや、そうじゃない。

 何もできない平民の無能者だと、自分に言い聞かせようとしていた。このハンドパワーや、ペルルという最強のカードを手にしておきながら。

 ついさっきだって、目の前で皇子が毒殺されそうになった。しかも親しい仲間たちがそれに巻き込まれた。

 なのに俺自身はどこか他人事みたいな感覚で、危機感が薄くて……。

 あの飄々とした皇子でさえ、隠していた魔力を漏らすくらい激昂していたのに。

 しかもこの先、攻撃の矛先がクレールや『花嫁候補』たちに向かうかもしれないのに――

「クソッ、何やってんだよ俺は……!」

「落ちつきなさい、ジロー君」

 気づけば俺の肩に、温かな手が乗せられていた。女神の加護を受けたビザール先生の右手は、触れられるだけで心が癒やされる。

「すみません、取り乱しました……」

「それはお互い様じゃ。まあ、あの皇子の悪運の強さはワシも耳にしておる。彼のことは彼自身がなんとかするはず。ワシらは目の前の問題について考えよう」

「そう、ですね……分かりました。今すぐ地下研究所へ行って、証拠を掴みましょう」

 これ以上『冷静な第三者』なんてやっていられない!

 そんな決意とともに立ち上がろうとするも、ビザール先生の右手がそれを止めた。触れるだけとは違う、意思を込めた強い力で。

「先生、止めたってダメですよ。俺は絶対引きませんから」

「いや、ちょっと待ってくれ、ジロー君。そうではなく……やはり先に根回しが必要かもしれん」

「どうしてですか? 魔獣は危険だってあれほど言ってたのに」

「確かにその通りじゃ……だが、もしこの仮説が事実だとしても、現状ではその研究者を処罰できるかどうか分からん。下手をすると、そのまま研究を続けさせよという意見も出かねん……」

 俺の肩に手を置いたまま、先生は独り言のように呟く。皺が刻まれたその表情は苦渋に満ちている。姿の見えない何かに追い詰められているのだと分かる。

 それでも、俺はあえて正論をぶつけてみた。

「なぜ処罰できないんですか? 女神の教えよりも研究が大事なんですか? それとも金になるから?」

「金ではなく“力”じゃよ」

「力……」

「ジロー君にも分かるはずじゃ、力を持たない我らの苦しみを。自在に操れる『魔獣軍』が作れるとなれば、神官の立場は庇護される弱者ではなくなる。知恵と力を併せ持つ強者となり……『革命』さえも容易に起こせるじゃろう」

 ゾクリ、と悪寒が走った。

 低く掠れたビザール先生の声は、不吉な予言のように響いた。まるで凶雲が迫りくるときのように。

 嫌な予感を掻き消すべく、俺は思いつくままに言葉を紡ぐ。

「だけど、そんな不相応な力を持てば、待ちかまえる未来は破滅ですよ。人殺しはもっとも重い罪だって、この国の人間なら誰だって知ってる。自分が手を汚さなくても――魔獣を使ったとしてもそれは同じことだ。その教えを聖職者が破るんですか? いくら慈悲深い女神だってそんなの赦すわけがない!」

 一瞬、シンと静まりかえる研究室。驚いたネズミがポケットの中に逃げこむ。

 思わず声を荒げてしまったのは、きっと自分自身への苛立ちのせいもあったのだろう。

 俺は「すみません」と小さく頭を下げた。

「こちらこそ、すまなかった。ワシもどうかしていたようじゃ」

 ビザール先生は俺の何倍も深く頭を下げ……そして顔を上げたときには、どこかスッキリとした、迷いのない眼差しをしていた。

「魔獣なぞクソ食らえじゃな。誰が何を言おうと、ワシは断固戦うことにする。……といっても、所詮ワシは単なる老いぼれじゃ。ジロー君にも正式に協力を仰ぎたい」

「はい!」

「しかし、君には大きな借りを作ってしまったのぅ。何かお礼をせねば……そうじゃ、ワシにとって命よりも大事な宝――聖遺物から一つ好きな物をあげよう」

 俺は「要りません」と即答した。


 ◆


 ビザール先生の私室を出た俺たちは、逸る気持ちを抑えながら秘密の地下研究所へ向かっていた。

 その途中。

『マッテクダサイ』

 ブレザーのポケットから頭をちょこんと出したネズミが呟いた。

『ん、どうした?』

『コノサキニ、カクシツウロガアリマス』

『隠し通路、か……それは使えるな』

 ――コイツは俺にとっての救世主だ。いや、もしかしたら女神が遣わせてくれた『聖獣』なのかもしれない。

 本気でそう思いながら、俺は「ありがとな」と言ってネズミの頭を撫でた。そしてビザール先生のローブの裾を引っ張り、一旦大きな常緑樹の影に隠れて。

「先生、やっぱり別行動にしましょう。先生一人だけならまだしも、部外者の俺がくっついてたら余計怪しまれそうですし。俺はネズミの教えてくれた隠し通路の方へ行ってみます」

 急遽練り直した作戦は、こうだ。

 ビザール先生は、表向きの入口から堂々と乗り込み、『神国研究の一環』として内部見学の交渉をする。もちろん門番代わりの研究員に阻まれるだろうけれど、それはそれで良し。のらりくらりと会話を引きのばしてもらう。

 合成魔石の研究員は僅か五名しかいないらしい。ビザール先生の方に注目が集まれば、俺も隠密行動がしやすくなる。

 俺がそう伝えると、ビザール先生はしばし熟考して。

「うむ、分かった……しかし無事に潜入できたとしても、あまり長居はしないようにな。万が一君に何かあっては、君の友人たちや女神に申し訳がたたん」

 いかにも不安げな眼差しでそう言って、ビザール先生はあれこれと具体的に指示した。

 魔獣がいるという証拠を見つけしだい、速やかに撤収すること。

 研究員に鉢合わせしそうになったときも撤収。

 魔獣に遭遇したときは、いわずもがな。

 限りなく安全重視な作戦にうんうんと頷いておきながら……俺は“裏切り者”になる気満々だった。

※一部描写を修正しました。

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