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ニコポナデポ! ~無能者に転生した俺は最強かもしれない~  作者: AQ(三田たたみ)
第七章 神官

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その1 ビザール先生とネズミ

 息苦しい結界から解放された俺は、逃げるように教室へ戻った。

 ペルルたちに「どうしたの?」とか「大丈夫?」と声をかけられ、生返事を繰り返す間にも……頭の中は皇子の台詞で埋め尽くされていた。

 ――たぶん皇子は、自分のことを勇者だと思っている。

 いや、命の危機を『聖獣』に救われたとき、そう確信したのかもしれない。

 だけど聖獣の傍には、俺という枷があった。

 俺が『聖獣使い』としてペルルを抑えている限り、ペルルは本来の力を発揮できない。革命が迫っていても、勇者の元へ飛び立つことができない……。

 でも、そもそも『革命』っていったい何なんだ?

 皇子に敵対する人物を、一人残らず殺すことなのか?

 それともクレールこそが真の勇者で、イヴェールを敵視するヤツらを滅ぼすことなのか?

 ……なんて、考えたところで答えは出なかった。

 かといって皇子に問いただす気にもなれない。頭の中がぐちゃぐちゃなままじゃ、まともな議論なんてできやしない。

 一旦、全てをリセットしたい――そう考えたとき、タイミング良くアンジュから一つの提案を持ちかけられた。

 俺はその話を聴き終えると同時に、賑やかな教室を飛び出していた。


 ◆


「おお、これはまさしく初代皇帝直筆の書! しかも銀色狼との戦いでほぼ全てが失われた、名もなき勇者時代の……これほどのお宝をいったいどこでッ?」

 パッと見は白くてデカイだけの布をうやうやしく掲げ、感激のあまりむせび泣くビザール先生。

 俺はなるべく私情を交えないように、淡々と答える。

「元々は、アレクサンドル皇子が自宅の倉庫で見つけたものなんです。弁当の風呂敷として使ってたのを、貴重な物だからってアンジュが奪っ……譲り受けたんですが、アンジュは『自分たちが持っていても宝の持ち腐れになるし、神官学校に寄贈したい』って。本当は自分で渡したがってたんですが、ちょっとした事情がありまして……」

「なるほど、そこでジロー君が“親善大使”に選ばれたというわけか」

 つるんとした頭を撫で、ビザール先生はフォフォフォと豪快に笑う。皆まで言わずとも分かってくれたことにホッとする。

 もし皇子やアンジュが直接これを申し出ると、途端に政治色が強まる。神殿サイドを懐柔するための賄賂みたいに思われてしまう。

 でも平民の俺がこうして個人的に持ち込むなら、さほど問題はない。

「分かった、この布は『聖布』としてワシが預かろう。昨日の聖遺物と合わせて、解読するのが楽しみじゃわい」

「楽しみですか、そうですか……」

 何となく、喉に小骨が引っかかったような感覚だった。

 もしや俺は『偽善者』ってヤツなんだろうか?

 でも残念な真実を伝えるより、嘘をついてでもビザール先生の幸福を優先させた方がいい。こんな嘘なら女神も許してくれるだろう……。

 実際ビザール先生は傍目にも浮かれまくりで、布を撫で撫でしながら「テストテスト」と鼻歌交じりに呟いている。

 ちなみにアンジュの極秘情報によると、ビザール先生は神官学校で三番目くらいに偉い人らしい。

 といっても、うちの学部長と同じくマッドサイエンティストキャラなため、権力なんてものにはご縁が無いとのこと。

 それは、現在密談しているこの研究室――先生のプライベートルームを見ただけで分かる。

 光のドームのさらに奥、巨大な研究棟の中層階にあるこの部屋は、約八畳ほどの広さのはずが……まさに足の踏み場もない状態だ。

 壁際にはみっしりと分厚い専門書が並び、収まり切れなかった本がデスクや床に所狭しと積み上げられている。応接セットの脇のガラス窓には分厚い遮光カーテンがかけられ、薄暗い中にランタンがぽつりと。

 そして部屋の奥には、聖遺物の収まったガラスケースがドーンと。

 さっそく『聖布』をその中にしまうというので、ついでに過去の聖遺物を見せてもらった、ものの。

 ……ぶっちゃけ、全部ガラクタだった。

 先生がガチャで掴んだのは、道端に落ちているようなゴミばかり。具体的には、ガスの切れたライターやペットボトルのキャップなど。

 そう考えると、昨日のラノベの切れ端はそうとうなお宝ってことになる。

 もし丸ごと一冊掴めていれば、挿絵あたりからいろいろな事実が判明したに違いない。そしてこの世界でも、パンチラ必至なマイクロミニスカートが流行ることになったかも……。

 なんて微妙な妄想が膨らんだくらいで、たいした成果も無く閲覧タイムは終了。ガラクタケースに再び厳重な鍵がかけられる。

 本日の目的が無事終了したところで、ビザール先生はニヤリと笑って。

「ところでジロー君。ワシにも見せて欲しいものがあるんじゃが」

「何でしょう」

「君の力じゃよ――聖獣使いのジロー君?」

「ちょ、な……ッ!」

 よりによって、ついさっき耳にしたのとそっくり同じフレーズとは!

 動揺しまくりな俺を、ビザール先生はフォフォフォと明るく笑い飛ばして。

「王都に聖獣が現れたという噂はここまで届いておる。しかも、わざわざ詳細を知らせてくれたヤツがおってなぁ。ワシのことをやたらと敵視してくる狸オヤジが、小一時間ほど自慢して行きおったわ」

 ……そうか、またヤツの仕業か。

 ガックリと肩を落とす俺の前に、突然眩い光が差し込んだ。先生がカーテンを開いたのだ。

「この窓を開けるのは、確か一年ぶり、いや十年ぶりかのぅ」

「なんか窓枠にすっごい埃積もってますけど。ていうか、他の部屋は塵一つ落ちてないのに、この部屋は……ある意味芸術的ですよね」

「おお、ジロー君も分かってくれるかね、この空間の素晴らしさを! まったく他の神官どもはけしからん。貴重な魔石を“掃除”などという無駄な行為に費やしおって……」

「なんだかんだ、学部長と気が合うんですね」

 と、適度なツッコミを入れる間にも、宙を舞う埃たちが開け放たれた窓の向こうへいっせいに飛び立っていく。その先に広がるのは、ファンタジックな淡いブルーの空だ。

 ……俺が欲しかったのは、この空に護られる安心感だったのかもしれない。

 皇子の台詞によって思い出した、血を流す人たちの無残な姿――『革命』のイメージを少しでも打ち消したかった。

 実際、ほんの一月前まではのどかな村で暮らしていたんだ。あんな恐ろしい世界に、俺やペルルが巻き込まれるなんて考えたくなかった。この世界は平和だと信じたかった。

 だけど、そうして得られるのは仮初めの安寧。

 誰かに護られるだけじゃ、俺はどんどん弱くなる……。

「ところで、ジロー君はあの結界を生み出す『魔石』を見たかね?」

「あ、はい。めちゃめちゃデカかったですね」

「そうじゃろう、あれほどの魔石にはめったにお目にかかれない。この広い世界でも五本の指に入る魔力量じゃ。ちなみにあの魔石がこの地に置かれた理由は知っているかね?」

「いえ、そこまで詳しくは……案内してくれたアンジュが、銀色狼のだってことは教えてくれましたけど」

 他愛ない会話をしているうちに、沈みかけていた心が少しずつ浮上する。そして意識は自ずとビザール先生へ向かう。

 窓辺に佇んだ先生は眩しげに目を細め、空の彼方を眺めながら語った。

「――はるか昔のこと、勇者により倒された銀色狼は、心を入れ替えて勇者に従い、勇者と共にこの地で永久の眠りについた。それから千年もの長きに渡り、勇者の遺した宝を粛々と守り続けているのじゃ」

「へー、スゴイですね」

「つまりあの結界は、そこらの魔法騎士が生み出すものとはわけが違う。銀色狼が門番として目を光らせておる……そう考えると、あの薄らと漂う雲が狼の顔に見えてこんかね?」

「はー、そう言われるとそんな気がしてきますね。なんか悪いこと考えるとガブリとやられそうです」

「うむ。実際その通りじゃ。この結界は、人間や魔獣など“邪な魔力”を持つ存在のみを遮る。よって、普通の鳥がここへ飛んで来ることは可能じゃ」

「……つまり、俺に鳥を呼べってことですか」

「あの狸めに、君のような逸材を独り占めさせるのはモッタイナイからのぅ」

「なんだかんだ、学部長に対抗意識燃やしてんですね……」

 期待に満ちた眼差しに耐えきれず、俺は先生と入れ替わりで窓辺に立った。爽やかな風が吹き込み、伸び放題な前髪をふわりと持ちあげる。

「うわ……良い眺めだなぁ」

 そこからのアングルは、まさに絶景だった。

 幾何学模様を描く石畳の道の先には、豊かな水を湛えた噴水と、煌めく光のドーム、周囲を埋め尽くす色とりどりの花たち。道行く生徒たちの法衣やローブは、ひらひらと気まぐれに舞う蝶のようだ。

 この景色を独り占めするなんて、それこそもったいない。ペルルやクレールにも見せてやりたい。

「腕輪……開発してみっかな」

 ボソッと呟いたとき、空の彼方に一羽の鳥が舞った。

 おいで、と囁きかけた俺は……次の瞬間ビシッと固まった。絶対見紛うことのない“魔力”を嗅ぎとって。

「――あんのバカペット!」

 叫ぶと同時、俺は速やかに窓とカーテンを閉めた。

 万が一「ジロー見っけ!」とか言ってこの部屋に突撃でもされたら……間違いなくあの結界はぶち壊される。そしてこの窓は割れ、クチバシが壁に突き刺さり、先生が長年大切にしてきた本や資料がめちゃくちゃになる。

「どうしたね、ジロー君?」

「いや、ちょっと凶雲の気配がしたんで、不吉だなと……ハハハ」

 若干挙動不審になりつつも、俺はひとまずソファに戻った。そして鳥の代わりに、近くをうろちょろしていた赤い瞳のハツカネズミを呼び出してみる。

 直径十センチにも満たない純白のネズミは、「キキッ!」と鳴き声を上げて、大人しく俺の手のひらに収まった。軽く小首を傾げるしぐさがなかなか可愛らしい。

 しかし、なぜかビザール先生はビビりまくりで。

「じ、ジロー君、コレは……」

「コイツ、この部屋に住みついてるみたいですよ。本を齧らないように注意しときますね」

「注意って……君は、そんなこともできるのかねッ?」

「まあ注意したところで、ちゃんと言うこと聞くって保証はできませんけどね」

 手の中で大人しく丸まっているネズミの背中を撫でながら、俺が生返事すると。

「なんということだ……ジロー君は、魔獣をも従えるとは……ッ!」

「は? 何の話ですか?」

「君が手に乗せている、そのネズミじゃよ!」

 ……。

 ……。

 ……魔獣?

※誤字修正しました。

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