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ニコポナデポ! ~無能者に転生した俺は最強かもしれない~  作者: AQ(三田たたみ)
第六章 皇帝

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その8 皇子の狙うもの

 校舎の四階は、いつも通り人気が無かった。

 背筋を伸ばして颯爽と歩く皇子と、その後ろを付いて行く俺の足音だけが、静寂の中に響き渡る。

 皇子が羽織った詰襟は眩いばかりの白さで、俺は「あの生地も防汚加工されてるんだろうな」なんてどうでもいいことを考える。目の前の厄介事から目を逸らすように。

 ……どう考えても『案内係』は要らなかった。

 皇子はこの校舎のマップを頭に叩き込んでいる。自力で敵を撃退できるほどの魔力もあるし、従者なんてものはまったく必要無い。

 なのに俺を誘った理由は、ただ一つ……。

 男子トイレ前へ到着するや、皇子は猫被りの仮面を少しだけ外し、体内に止めていた膨大な魔力の一部を解き放った。それだけでこの一角が完璧な『結界』になる。

 何か大事な話をされる――なんてことは、もう考えるまでもなかった。

 皇子は柔らかな笑みを湛えながら、こんな言葉を囁いた。

「僕はこうして魔法を使えるけどね、本物の『無能者』でもあるんだよ」

「えっと……どういう意味ですか?」

「女神の加護を受けられるのは、先天的な無能者だけじゃないってこと。僕は無能者になるための条件を満たしたんだ」

「条件?」

「うん。一つは魔力を自ら手放そうとすること。そしてもう一つは、生きる希望を失うこと……それほど強い“孤独感”かな」

 ツキン。

 心臓に針を刺されたような痛みが走った。

 皇子のあげた二つの条件は、まさしく俺自身にも当てはまる。

「女神は弱者に優しいんだよ……いや、優しいっていうのとも少し違うな。女神は何よりも命を重んじる。他人の命を奪うことも、自分の命を諦めることも、同じくらい重い罪になる。この話は、ジロー君も教会で習っただろう?」

「あ、はい」

「ただね、二つの罪に対して女神の対応は真逆になる。他人を殺めようとした者には冷酷な粛清を行うけれど、自ら死を選ぼうとした者には、手厚い加護を与えて強引に引き留めようとするんだ。……僕はそれを三歳のときに知った。塔から転落した“事故”の直後にね」

 ――まさか、自分から飛び降りたのか?

 アンドレなら躊躇せず発するだろうその疑問は、喉に引っかかって声にならなかった。

 しかし、俺の感情はダダ漏れだったらしい。皇子は苦笑しつつ、詳細を語ってくれた。

「正直、自分でも良く分からないんだよ。あの日はひどく混乱していて、記憶が曖昧で……僕は物見の塔に上って、鳥を眺めてたんだ。伝説の『聖獣』が僕の元へ現れないかなって思いながらね。それで気が付いたら落ちてた」

 穏やかな口調にも拘らず、俺はぶるりと震え上がった。その光景がリアルにイメージできて。

 王宮の『物見の塔』といえば、この学校の屋上からも良く視える、王都で最も高い建物だ。

 そんなところから落ちるなんて――

「なのに、無傷だったんだ」

「へッ?」

「地面に叩きつけられたのに、掠り傷一つ無かった。周りは『奇跡だ』って騒いだけど、本当はそうじゃない。女神が僕の魔力を勝手に操って、この身体の表面に強力な結界を張ったんだよ。魔力ごと閉じ込めてしまうくらい強烈なヤツをね……そんな経緯があって、僕は女神に護られた者――『無能者』だと誤解された。まあこっちにとっても都合良い話だったし、そのまま乗っかることにしたんだ」

 唇に人差し指を当てて「皆には内緒だよ」と囁く皇子。だけど、ショック状態の俺は頷き返すこともできない。

「あれから十五年……それなりに頑張って生きてきたけど、たぶん僕はあの頃と変わらない。未だに命への執着が薄いんだ。だから女神の加護を受け続けてる。最高の『花嫁』が見つかる日まで、きっとこの孤独感は消えない」

 水面に広がる波紋のように、皇子の声が沁み渡っていく。その声は、俺が隠し持っていたパンドラの箱を開けてしまう。

 ……俺は、ずっと孤独だった。

 平凡ながら温厚な両親、口うるさい兄貴、生意気な弟、野球部の仲間たち……。

 前世の鮮明な記憶は、俺に一つの誤解をさせた。この世界は全部夢で、もし死んだらゲームみたいにリセットされて日本に戻れるんじゃないかって気がしてた。

 だけどそんな気持ちは少しずつ薄まっていった。ペルルが傍にいたせいで。

 そしてあのとき――ペルルが死ぬかもしれないと思ったとき、俺はこの世界で生きる覚悟を決めたんだ。

 つまり、俺にとっての『女神の加護』は、このハンドパワーじゃなく、ペルルの存在……?

「女神の加護って、いったい何なんだ……?」

 汗ばむ手のひらを見つめながら俺がポツリと呟くと、皇子がすかさず反応する。

「うん、本当に不思議な力だよね。ただ僕に関して言えば、本物の無能者じゃないし、『神力』みたいに分かりやすい力はないよ。危機を回避する力が人一倍強いって感じかな。だからこそ北の隣国に行ったり、好き勝手に動きまわれたんだけど……なぜか重たい荷物を抱える羽目になってね。おかげで肩が凝ってしょうがない」

 ……それ、すっごい良く分かります。

 俺が大きく頷くと、皇子は困ったように後ろ頭を掻いて。

「まあ、よくよく考えれば辛いことばかりでもないかな。おかげで人のありがたみが分かったし、成長できたとも思う。それに……この苦行を受けているのは、僕だけじゃない」

 そう言って皇子はどこか遠い目をした。俺を見ているのに、別の何かを探しているような。

 そこで俺は、ようやく気づいた。

 皇子は俺なんか眼中にない。想う相手はただ一人――『花嫁』だけだ。

 魔法を封じられ、孤独の中で生きてきたクレールは、確実に女神の加護を受けている。

 だから皇子は、クレールを手に入れたいと思ったんだろうか。同じ苦しみを分かち合える、数少ない存在を。

 もしそうなら、俺は皇子を信用する。

 こうして大事な秘密を打ち明けてくれたのが、俺を介してクレールに近づくためだったとしても、別に構わない。

 ひとまずクレールと皇子が『友達』になってくれたらいい。政治の話も含めて、二人が直接話し合えば一番スッキリするんだし。

 できれば『親友』の座は譲りたくないけれど……それを決めるのはクレールだ。

「分かりました、クレールには俺から言っ」

「ああ、誤解しないで欲しいんだけど、僕は彼女にそこまで興味はないよ?」

「へッ?」

「いや、この言い方は語弊があるな……彼女に好意を持ってることは事実だよ。可愛くて良い子だし、僕の奥さんになってくれたらすごく嬉しいとは思う。でも現時点では『強力なライバル』ってとこかな」

 ハハッ、と明るく笑い飛ばす皇子の姿に、俺はガツンとショックを受ける。

 っていうか俺、最近ヘボ探偵過ぎじゃね……。

 と凹むのは後回し。

「だったら、なんで俺にそんな話をするんですか? ここまで大事な秘密を聞かされるほど、皇子と親しくなったつもりはありませんけど」

「そうやって鈍感なフリをするのはやめよう。ジロー君も気づいてるはずだ」

「……何のことだかさっぱり」

「惚けるつもりなら仕方ない、ハッキリ言おう。僕が求めるのは――聖獣だよ」

「――ッ!」

 今度は、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走った。

 思考停止した俺に、皇子は妖しくも魅力的な笑みを向けてくる。

 そして、もう一つの“秘密”を打ち明ける。

「半世紀前、内乱を平定した『勇者』は、宰相ミストラルだと言われているけれど、本当はそうじゃない。彼を勇者に祀り上げた人物がいるんだ。まあ、人物って言ってもいいのかは謎なんだけどね。……悩める革命家の元に、女神は“聖獣”を送りこんで、強引に決着をつけさせたんだ。目撃者も少ないし、歴史書には一切記されていないけれど、僕は真実だと思ってる」

 再び遠い目をした皇子が、朗々と語り上げる。

 俺は身じろぎ一つできないまま、皇子が紡ぎ出す壮大な物語を受けとめる。

「昔から王家に伝わる一説がある――女神は乱れた時代に勇者を産み落とし、勇者の元に聖獣を遣わせる。女神の意思に逆らいし愚かな人間は、聖獣の御手により一人残らず粛清される」

 粛清。

 その単語の意味することは、もう分かっていた。

 幾多の血が流された革命の暗部は、教会の隠し部屋に置かれた禁書にしか記されていない。トラウマにもなりかけるほど凄惨な描写が胸に蘇り、軽く吐き気が込み上げてくる。

 皇子にも、俺と同じ光景が視えているはずだった。

 それでも彼は、どこまでも強気な王者の笑みを浮かべて、堂々と言い放つ。

「僕はこう思うんだ。宰相ミストラルは仮初めの勇者であり、この国を率いる王の器ではなかった。だから『革命』はまだ終わっていない。それをしっかり終わらせるために、女神は動いたんだ。特定の人物にあり得ないほどの苦難を与えて……人の痛みが分かる、本物の『勇者』を生み出した」

 皇子の声は太陽のように明るいのに、俺の耳にはなぜか凍てつく闇のように響いた。

 勇者が現れたといえば聞こえはいい。でもそれは、近いうちに多くの人の血が流れるってことだ。

 しかも『聖獣』がその役目を担うなんて……。

「……つまり、皇子とクレールのどちらかが『勇者』だってことですか? そして次期皇帝になると?」

 乾き切ってひりつく喉から、喘ぎ声に近い問いかけが漏れる。

 すると皇子は、なぜか愉しげに微笑んで。

「僕に訊かれても困るよ。勇者を選ぶのは僕じゃなく、聖獣だからね」

「ちょっと待ってください、ペルルはッ」

「そうやって鈍感なフリをしていても、事態は悪化するばかりだ。だから早く決断した方がいいよ……“聖獣使い”のジロー君?」

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