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ニコポナデポ! ~無能者に転生した俺は最強かもしれない~  作者: AQ(三田たたみ)
第六章 皇帝

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その4 皇子の手土産

 結局、ビザール先生には何も言えなかった。

 ニコポナデポショックを引きずりつつ、光のドームを後にした俺は、そのまま夕方まで校内をぐるりと回った。

「こちらは“人工魔石”専門の研究棟です。加工前の魔石は太陽光に弱いため、このように窓の無い外観になっております。良質な魔石の精製は、神殿の機密であり大きな収入源でもありますので、技術者以外立ち入ることはできません。わたくしの父でさえ難しいでしょう」

「はー」

「このエリア全体が地下工場となっていて、国内で消費される人工魔石のほぼ全てを製造しております。そのため深夜になると、原料となる緋水晶が大量に運び込まれます。それにまつわり、『魔獣が夜な夜な徘徊している』という七不思議も生まれ――」

「へー」

「こちらは大神殿の心臓部にあたる天然魔石です。世界最大級ともいわれるこの魔石により、結界の維持及び、水や空気の浄化が行われております。ちなみにこの魔石は、初代皇帝が従えた“銀色狼”のものであると言われ――」

「ほー」

 といった感じで。

 さすがは『間諜』だけあり、案内人であるアンジュの解説はやたらとディープで、俺は知的好奇心を刺激されまくり。

 一周し終える頃には、こんなことを考えていた。

 ――また近々ここに来よう。ビザール先生も、過去の『聖遺物』を見せてくれるっていうし。

 やはり学生の本分は勉強だ。クレールや皇子のことも気になるけど、そっちは俺ごときが心配したってしょうがない。それこそ『女神の導き』で落ちつくところに落ちつくはず。

 そんなことを考えながら、神官学校の正門前に戻ってくると。

「あッ、ジロー見っけ――!」

 聞き覚えのある、元気いっぱいな声が俺を出迎えた。

 ぶんぶんと手を振りながら駆け寄ってくる小柄な少女。その身体から溢れる魔力は濃厚で、結界壁がぐにゃっと歪むくらい強烈だ。

 当然、警備兵のお兄さんたちが一斉に殺気立つ。

 俺は慌ててダッシュし、分厚いバリアをすり抜けたすぐ外でペルルの身体を受け止めた。肋骨がミシッといったけど、いつものことなので気にしない。

「危ねーなオイ……つーかどうしたんだよ、こんなとこまで来るなんて」

「えへへ。ジローたちが遅いから迎えに来たんだよ。夜は魔獣が出て危ないからって。ね、クレール?」

 ミシミシと締めつけていた俺の肋骨を解放し、くるんと後ろを向くペルル。

 そこには、薄闇に紛れ込むように佇むクレールの姿があった。

 なぜか頭にほっかむりをしている。確かあれはアンドレが弁当箱を包んでいた風呂敷だ。

 見るからに怪しい格好ってことは、この際どうでもいい。

 まさかクレールが、例の『ルール』を破るなんて……!

「まあ、クレール様! どうしてこちらへ?」

 一足遅れてやってきたアンジュも、驚きの声をあげる。

 するとクレールは、ペルルの背中に半身を隠して縮こまりながら、モニョモニョと言い訳を始めた。

「し、仕方なかったんだ。わたしはやめようと言ったのだが、ペルルがどうしても行きたいと……ついでに鳥になってわたしを乗せてくれるというので、つい好奇心に逆らえず……結局午後からずっと、授業をサボって河川敷に……」

 どうやらクレールに、ペルルのストッパー係は荷が重すぎたようだ。

 というか、真面目な優等生のクレールが、このままじゃ悪の道に引きずり込まれてしまう。

 いや、これも『檻をぶち壊せ』という女神様のお導きなのか?

 俺がズキズキするこめかみを抑えていると、アンジュが「ぐぬぬぬぬ……」と唸り声をあげて。

「羨ましいです。わたくしも乗せて欲しい……でもこの手では難しいですよね。どこかに掴まらなければさすがに危ないですし」

 しょんぼり俯くアンジュに、ペルルはサクッと言い放った。

「それなら、クレールと二人乗りすればいいよ。私に触らないように、クレールにしがみついてくれれば大丈夫」

「まあ、素敵!」

「それじゃさっそく……」

 と鷲化しかけるペルルを、俺はきっちり制する。

「皇子が来るぞ」

「えっ」

「皇子が『僕も乗せてくれ』って来るぞ」

「う……やっぱりまた今度! アイツが学校から居なくなったらね!」

 すると、手袋を嵌めた手をワキワキさせていたアンジュが、エメラルドの瞳をスッと細めた。そして今までに聞いたことのない鋭い声で。

「――あの皇子、速やかに排除します」

 怖いよアンジュさん! マジで実力行使に出そうで怖い!

 ガクブルする俺を尻目に、三人の女子はキャッキャとおしゃべりしながら歩き出した。「いかに爽やか且つ冷酷に皇子を追い払うか?」というテーマにて。

 俺は心労で胃をキリキリさせながらも、しっかりしんがりを務めた。クレールの姿が他の生徒に見つからないよう周囲に気を配り、ニンジャに聴かれたらまずいネタに教育的指導を入れつつ。

 無事クレールを女子寮まで送り届けた後は、教室でアンドレと合流。

 数時間ぶりに顔を合わせたアンドレは……かなりやつれていた。一気に三歳くらい老けこんだ感じで。

「俺たちが居ない間に、何かあったのか……?」

「ああ、死ぬかと思った……」

 相変わらずキャッキャしているアンジュとペルルをよそに、アンドレは皇子が校内に巻き起こした大騒動のあらましを語った。代わりにこっちはペルルとクレールが授業をサボり、空を飛んで迎えにきたことを伝え……俺たちは『お互い頑張ろう』と視線で慰め合った。

 アンドレたちと別れた後は、ペルルと二人で学部長室へ。今日の出来事を報告する。

 といっても、ペルルの方は「楽しかったよー」の一言で終了。午前中までの不機嫌っぷりが嘘のようだ。

 たぶん美味しいランチを食べたり、クレールと魔法で遊んだり、アンジュと三人でキャッキャしたのがストレス解消になったんだろう。持つべきものは女友達ってことか。

 俺の報告は、いつも通り約十分のダイジェストにて。

 ふむふむと興味深そうに聴いていた学部長は、話の後半、俺が神官学校へ行ったことを伝えるや顔を真っ赤にしていきり立った。

「ジロー君の嘘つき! 向こうには絶対行かないって言ったのに!」

「そうよ、私を置いて行くなんてあり得ないわ!」

 おっさんとペルルのダブルでわがままをぶつけられ、俺はげんなり。

「俺だって、遊びに行ったわけじゃないんですから。まだ調べものがあるから今後も定期的に顔を出しますけど、編入するつもりはないんで」

「本当かね?」

「ホントに?」

 という二人分のジト目攻撃に、百回くらい頷いてようやく解放された直後。

「それで、その……向こうの印象はどうだったのだね?」

 チラッ。

 学部長から全く可愛くない上目遣いで見つめられ、俺は苦笑混じりに返す。

「良い所だと思いますよ。魔力ゼロって意味では全員平等だし、平和だし。警備のお兄さんたちはちょっと怖いけど、先生方も生徒もみんな親切だし。ただ何となく……キレイ過ぎるかなって気はしました」

「キレイ過ぎるとは、あの豪華な建物のことかね? まったく神官どもはけしからん。貴重な魔石を“掃除”などという無駄な行為に費やしおって……」

「いや、そっちじゃなくて、あそこで暮らしてる人たちの心がキレイだなって。別にそれが悪いってわけじゃないんですけど……」

「ほぅ、つまり心の汚れたジロー君には、神官学校は合わないということか! それは良かった!」

「……なんか、さりげなく俺のことディスってますよね」

 クールにツッコミつつも、内心「その通りかもしれない」と納得していた。

 ビザール先生は真の聖職者だし、生徒たちも真っ直ぐにその道を走っている。それは神殿の光だ。

 一方では、ドロッとした権力闘争に加わっている人物がいる。女神の教えを広めるためなら、手段を選ばないような人物もいる。

 きっと彼らは高潔であり、潔癖なのだ。塵一つ落ちていない綺麗過ぎるあの空間が、彼らをそんな風に育ててしまったのだろう。

 そこに、どこか危うさを感じる。

 迂闊にクレールを預けるわけにはいかないって気がしてしまう……。

「どうしたね、ジロー君?」

「いえ、何でもありません」

 おっさんの声に、慌てて首を振る。

 クレールの事情について、学部長は全てを知っている気がするけれど、向こうから話を持ちかけてこない限りスルー。

 その代わりに、どうしてもスルーできない話題を出してみた。

「ところであの皇子、いつまでここに居るんですか?」

「うぐッ……それは、その……女神のみぞ知るというか」

 途端にもにょもにょと歯切れが悪くなるおっさんの声。代わりにペルルが「そーだそーだ!」とひな壇芸人のように騒ぎ出す。

 ……まあ、こんなこと言ったってしょうがないのは分かってる。皇子がここに乗り込んで来たのは、別におっさんの責任じゃないし。

 ただ、『悪さ』をする小賢しい人物を身過ごすわけにはいかない。

「さっきから気になってたんですけど……この部屋に不思議なモノが増えてますよね」

 俺は壁際に置かれたガラスの戸棚をガン見した。

 マッドサイエンティストの私室だけに、怪しい魔法グッズが大量に陳列された棚の中央に、昨日までなかった三つの物体がデデーンと居座っていた。

 アレはどう見ても――バットとグローブとボールだ。

 年季の入った色合いから想像するに、初代皇帝の愛用品。つまりとんでもないお宝。

「学部長、もしや皇子から賄賂なんてもらっ」

「わ、賄賂だなんてめっそうもない! これは皇子が親睦の印にと自宅の倉庫から発掘してくれた『手土産』でッ」

「へー、手土産ねー。だったらそんな棚に飾ってないで、生徒たちにも使わせてやればどうですか?」

「使うって、この剣と盾と珠をどうやって……」

「今すぐ教えてあげますよ。ペルル、ピッチャーやれ。軽くトスバッティングな」

「分かった!」

 お宝の使い方をしっかりマスターしているペルルが、左手にグローブを嵌め、こっちへふわりとボールを放り投げる。バットを握った俺は、ヘッドの先にごく軽く当てる。

 ボールは柔らかな絨毯でワンバウンドし、ペルルが伸ばしたグローブの先をかすめて、資料がうずたかく積み上がったデスクへと一直線。ばさばさと紙束タワーを崩しながらその奥へ転がった。

「な、なんという罰あたりな……このようなお宝を……」

「うん、色は黒ずんでるけど、状態はいいし充分使えるな」

「ジロー、明日外で遊ぼうよ! クラスの皆も誘ってさ」

「せめて週末だな。ちゃんとやるならグローブの数も足りないし、それまでに作っとこう」

「わーい、やきゅう大会だー!」

 転がったボールをあたふたと探す学部長の脇では、ペルルがぴょんぴょん飛び跳ねながら喜びの舞を踊る。

 その指先がくるくると回されて、大量の鳥が出現。そいつらは狭苦しい空間をバッサバッサと飛び回り、抜け落ちた羽がひらひらと雪のように降り注ぐ。

 室内が混沌としてきたところで、ペルルの腹が「ぐぎゃるるるる……」と鳴ったため、俺たちは速やかに帰宅した。

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