その1 季節外れの転入生、再び
出会いと別れの季節といえば、春。
しかし、魔法学校の特別クラスにおいて、そんな常識は一切当てはまらない。
我がクラスに、またもや季節外れの編入生がやってきた。
「じゃあ入ってくださーい、ペルルさーん」
「はいッ!」
廊下に向かって担任の先生が呼びかけると、元気いっぱいな返事が響いた。
そして現れたのは、誰もが目を奪われるような童顔の美少女だ。彼女はシュタタッと教卓前へ走り寄り、皆に向かってぺこりと頭を下げる。
白い頬へさらりと落ちる、背中まで伸ばした長い銀髪。朝日を受けてキラキラと輝くその髪は、泉のように深いブルーの瞳と相まって、どことなく神秘的な印象を与える。
……そう、黙ってさえいれば。
「初めまして、ペルル・アルジャンです。趣味はジロー、特技はジローです。よろしくお願いします!」
キリッ。
……と、語尾につく感じのハイテンションな自己紹介は、まるっきり意味不明だった。
思わずため息を吐いた俺に、ペルルはひらひらと手を振ってみせる。制服は既製品しか用意できなかったため、ちょっとブカブカだ。ブレザーの袖口からちょこんと覗くもみじのごとき手が可愛らしい。
そんなペルルに対し、クラスメイトの反応はパッツリと分かれた。
まず昨日の事件を詳しく知らないヤツら――主に男子が、その眩いばかりの銀髪を見つめてぽーっと頬を染める。
すでに詳しい情報をキャッチしている女子たちは「まさかこの子が?」と囁き合い、半信半疑といった顔をする。担任の先生もこのカテゴリーに入る。
アレをリアルに見た残りの数名は……明らかに虚ろな眼差しになる。アンドレがその筆頭だ。
ニコニコしているのは、廊下からひょっこり顔を覗かせた狸オヤジ一人だけ。
「あの、先生、一つ質問が……」
「な、何かしら、アンドレ君?」
「ソイツ、女子の制服着てますけど……本当に人間ですか?」
さすがは未来の宰相様。震えながらもしっかり立ち上がってそれを訊くとは、まさしくクラスのリーダーだ。
しかし、いかんせん相手が悪かった。
ペルルは、マシュマロのような頬に手のひらをペタンと当てて。
「んー……今はジローのペット、かな? キャッ!」
……全ては身から出た錆だった。
確かに俺は『ペットを飼いたい』と言った。俺が呼べばすぐ飛んでくるような、従順な鳥を一匹。
もちろんそれは本物の鳥じゃなく、ペルルの生み出す魔法の鳥のことだ。
なのに、まさかペルル自身が鳥になるなんて……。
「えぇと、ひとまず席についてね、ペルルさん。まだ他にも紹介する人がいるから」
「はーい」
のんきな返事をしたペルルが、当たり前のように右隣の空席へ収まる。ニコッと微笑まれて、なんとなくムカついた俺は仏頂面を返すのみ。
……考えてみればおかしかった。何でとってつけたように空席が二つあるのかと。
最初からここは、ペルルの席として用意されていたんだ。
確かに学部長のおっさんは嘘をついてない。「ヒーローは遅れて登場するもの」とか言ってたし。
でもそれは半年先だと思っていた。なのに、まさか一週間後だなんて……超ムカツク。
恨みがましいジト目を教室の入り口に向けると、おっさんは例の石ころ魔法を発動。暑苦しいヒゲ面は瞬時に消え失せ、代わりにほっそりしたしなやかな手が覗く。
「じゃ、次のひと――クレールさーん」
「ハイ」
ざわり、とどよめきが起きる。さっきとは明らかに質の違うものだ。
それらの声をものともせず、凛と背筋を張った一人の女生徒が現れた。
艶やかな黒髪ショートに、やや浅黒い肌、涼やかな黒曜石の瞳を持つエキゾチックな美少女。制服の胸に結ばれた臙脂のリボンタイだけが真新しい。
「クレール・フロワ・イヴェールです。魔法学部から編入することになりました。よろしくお願いします」
人見知りバリアを発揮しているのか、無表情のまま淡々と告げ、深々と頭を下げるクレール。女子にしては低いアルトの声が、クールビューティなイメージをさらに加速させ、冷たく美しい氷の女王のように見せる。
今回はアンドレも質問をしなかった。偉そうに腕組みをしつつ高みの見物といった態度だ。
当然、この件を全く知らなかった俺は脳みそフリーズ状態。
ぼけーっとしている間にも、耳が勝手に周囲の噂話をキャッチする。
……どうやら昨日の午後、俺がペルルを連れて早退した後、偉い人たちで緊急ミーティングが行われたらしい。
今や発火寸前の火種となった『危険物』であるクレールについて、中堅以下の貴族で構成される風紀委員ごときが管理するのは無理とジャッジされた結果、うちの狸オヤジが身柄の引き取りを申し出た、と。
まあ、俺としては願ったり叶ったり。
これでクレールが襲われる可能性はグッと低くなった。「俺の友達に何かあれば……」という例の脅しが効いているとはいえ、やはり近くにいてくれた方が安心だし。
「えぇと、クレールさんには空いている席を」
「――先生、次はわたくしの番ですわね!」
その声を耳にした瞬間、俺は再度フリーズ。
いかにも待ちきれないといった感じで飛び込んできたのは、天使のように可憐な美少女だ。
まっさらな純白の法衣に深紅のローブ、ふわふわした長い金髪、零れ落ちそうなエメラルドの瞳。彼女は背中に翼が生えたかのような軽い足取りで教卓前に躍り出る。
クラスメイトたちは全員魂を抜かれ、ぽーっとなってしまう。その中にはシスコン兄貴も含まれる。
「初めまして、アンジュ・ヴァン・ミストラルです。神官学校から編入してきました。制服は来週仕上がる予定です。わたくしの“お友達”のクレール様ともども、よろしくお願いしますね!」
「あ、アンジュ……わたしの、と、友達って……」
動揺のあまり噛みまくりなクレールの手を取り、アンジュがこっちへ向かって歩いてきた。聞こえよがしに独り言を呟きながら。
「んー……空いている席は二つありますけど、編入生がバラバラなのはさみしいですわね。できればジロー様とペルル様の近くの席になれたら嬉しいのですが……」
ガタガタッ!
二人の男子が速やかに立ち上がり、アンドレの斜め前の空席へ移動する。そうして、俺の前にクレール、ペルルの前にアンジュが落ち着いた。
二つの華奢な背中をぼーっと見つめる間に、先生がさらりと事情を説明する。
昨日、ロドルフと共に謀叛を働いた取り巻きのうち、アンジュを負傷させた二人の男子がクレールと入れ替わりでうちの学部を出て行った、と。
あまりの急展開に戸惑っていたクラスメイトたちも、「やっぱりね」と目配せし合う。偉そうに腕組みしたままの『黒幕』の姿をチラチラと見ながら。
ここまでの大移動は、学部長のおっさんだけじゃさすがに無理だ。
これはクラスのリーダーの意向であり、ひいては宰相が下した審判なのだろう。
アンジュと正々堂々戦い、その実力をキッチリと見せつけたクレールを、アンドレはあえてこのクラスに呼び寄せた。アンジュの友達になることを認めて。
そして、汚い手口でアンジュを傷つけた謀反の首謀者であるロドルフは……この教室から逃げることを許されなかった。今もアンドレの隣で、顔色を真っ青にして縮こまっている。まさに針のむしろだ。
ヤツとしては「自分は悪くない、俺やクレールが悪い!」と主張したいところだろうけれど、いかんせんここにはペルルがいる。
前門のアンドレ、後門のペルル。……どっちもそーとー怖い。
まあ、これでヤツもしばらくは大人しくしていることだろう。俺もようやく一息つける。
……と思ったものの。
「はーい、静かに! 実は皆さんに大事なお知らせがあります! 今から話すことは、くれぐれも他言無用でお願いしますね」
そんな前置きで空気を引き締めた後、先生はやたら重々しい口調で語り始めた。
「昨日、我がリュミエール皇国のリュンヌ皇帝陛下より、とある極秘情報が伝えられました……来月に迫った女神聖誕祭に向けて、宝物殿へ三種の神器を引き取りに行かれた第二皇子アレクサンドル殿下のご一行が、その道中で魔獣の群れに襲われたと」
あまりの内容に、教室内がシンと静まり返った。
アレクサンドル皇子のことを、この国で知らない者は誰もいない。
この世界にテレビなんてものはないけれど、新聞に近い瓦版はある。伝書鳩で配達され、街の掲示板に張られる簡素なものだが、それでも人々にとっては貴重な娯楽。
その瓦版には、毎日のように王族たちの情報が記されていた。
中でも、アレクサンドル皇子といえば、国民の人気ナンバーワン。
生まれつき魔力が少なく『無能者』に近い彼は、恐ろしい美形な上に明るく親しみやすい性格で、病弱な第一皇子に代わり王族の顔として全国各地を飛びまわっている。ちょうど今年成人を迎えたこともあり、彼の『花嫁探し』ネタは瓦版の紙面をおおいに賑わせていた。
うちの生徒にとっても、皇子はアイドル的存在。女子たちは「もし自分が皇子に見染められたら?」というシンデレラストーリーを夢見ている。
そんな皇子に降りかかった最悪な事件――全員が息を詰め、瞬きもせずに先生を見つめている。
ただし……俺だけはすぐ右隣を見ていた。
眠たげに目をこすり、ふわーっと大あくびする幼なじみを。
※皇子の説明を一部修正しました。




