その7 聖獣降臨
「……んだよ、うぜえな」
一見すると貴族には思えない、ネクタイをだらしなく緩めた男子生徒たち。中でもひときわ素行の悪そうなリーダー格の金髪男が、さも鬱陶しげにこっちを見やる。
ヤツらの意識が逸れたそのタイミングを逃さず、俺はサクッと暴露した。
「さっきの対決だけどさ、あれ仕組んだの全部俺だったんだわ」
「――はぁッ?」
その瞬間、ヤツらが一斉に振り返った。彼らの中心に捕らわれている『お姫様』でさえ、目を見開いてこっちを凝視する。
全員の視線を浴びながら、俺はしゃあしゃあと言ってのけた。
「ミストラルとイヴェールがガチで戦うって、けっこう面白かっただろ? イヴェールの珍しい魔法も見られたしさ。でもまさか、大技一発で魔力切れだなんて思わなかったけどな」
そこまで告げたところで、ヤツらの表情が変わった。
その目に映る俺の姿はたぶんコウモリだ。小さな身体にそぐわない黒い翼を広げ、強者にすり寄る卑怯者。
弱くてちっぽけで、そうするしか生きていくすべがない、可哀想な無能者。
だけど……弱者には弱者なりの戦い方がある。
「しかもさ、あの勝負はただの前座だったんだよ」
「前座?」
「クレールがあっさり負けたとして、俺はこう言うつもりだった――『クレールの敵討ちだ、俺と勝負しろ、アンドレ!』ってさ」
ブハッ、とヤツらが吹いた。
俺の愉快な口上に夢中になり、獲物であるクレールから目を離す。俺も親しい友人と喋るようなノリでトークを続ける。
「あ、今アンタら『無能者のお前がどうやって戦うんだよ』って思ったな? そこはご安心を。俺にはものすごい特殊能力があるんだわ」
ニイッと不敵に笑った俺に、微かな狂気を感じたのだろうか。余裕の笑みを浮かべていたヤツらの頬が、ピクッと引き攣る。
そこにあの声がかかった。ねっとりした嫌らしい声が。
「――お前の特殊能力ってアレだろ? 可愛い小鳥を呼び寄せるってヤツ!」
振り向けば、俺のすぐ後ろにロドルフがいた。アンジュに怪我を負わせた、いかにも気弱そうな二人の子分を引き連れて。
アンジュもアンドレもいないせいか、いつになく態度がデカいロドルフは、俺のお株を奪うように面白おかしく例のエピソードを語ってみせる。俺が自己紹介で鳥を呼び寄せたネタは、案の定ヤツらの爆笑を誘う。
その間にも、吹き抜ける風が俺に教えてくれる。
決して見間違うことのない“俺の魔力”が近づいていることを……。
最後に、俺は善意の警告をしてやった。いつも村でシモンたちにしていたように。
「あのさあ、盛り上がってるとこ悪いけど……いくら俺が無能者だからって、舐めてると大変な目にあうと思うぞ?」
「っつったって、鳥だろ?」
「そんなもん操ってどうすんだよ」
「空から糞でも飛ばすつもりじゃね?」
リーダー格の男子が放ったその台詞は、ヤツらのツボにハマったようだ。再び腹を抱えて笑い転げる。
そんな彼らの奥には、ただ戸惑うばかりのお姫様がいる。
たぶん、俺が身代わりになってヤツらに殴られることを危惧しているんだろう。いつになく気弱な、潤んだ眼差しを向けられ、俺は「大丈夫」と言うように頷いてみせた。
……そろそろ準備は整った頃か。
俺は澄み切った空を見上げ、大きく息を吸い込んで。
「じゃあ今から呼んでやるよ。俺が可愛がってるペットを――ペルルッ!」
天高く轟いたその声は波動となり、その空間を揺さぶった。
刹那。
太陽が、一瞬陰った。
誰もが唖然として空を見上げる。善人の仮面を被ったテロリストも、ヤツらに虐げられ傷ついた者も、この場を追われかけていたギャラリーも。
彼らの視線に映ったのは、一羽の鳥だった。
巨大な翼を広げた大鷲が太陽を遮り、ゆっくりと旋回しながら俺のもとへ舞い降りる。曲刀のごとき鋭いクチバシから放たれる鳴き声が、人々の心を凍り付かせる。
「何だよ、あの鳥……」
「まさか、アレは……」
「ま、魔獣……ッ!」
「はぁ? 俺の可愛いペットに何言ってんだ?」
怯えるテロリストたちを、俺は鼻先で笑い飛ばした。
たぶんコイツらは魔獣を見たことがない。一度でも見ていれば、魔力の質が全く違うことが分かったはずだ。
……所詮、安全な世界でいきがってるだけのお坊ちゃんか。
まあ、そんなお坊ちゃんにも自力で勝てない俺は、どこまでも貧弱な『無能者』なわけで。
だからこそ、女神様のくれたカードは有効に使わせてもらう。
「俺のペット、こんなに可愛いけど時々凶暴なんだわ。もし俺に何かあったら、ソイツら全員なぶり殺しにするんじゃねーかなぁ」
と、俺が告げたタイミングで、ついに俺たちの眼前に迫った全長十メートルもの大鷲が「ゴワッ!」と口から火を吐いた。
……こんなこともできんだ、この鷲。
っていうか、ペルルの魔法やっぱすげー。
魔法構築学だと、動物作って遠隔操作して炎吐かせて、最低でも第四工程……いや動物作る時点ですでに規格外だ。
なんて、のんきに分析するのは後回し。
俺は不敵な笑みを浮かべつつ、とどめの一撃を。
「あと俺だけじゃなく、俺の大事な“友達”も傷つけたら――」
「わ、分かった! 今回は見逃してやるッ!」
リーダー格の男がそう叫ぶや、ヤツらは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。呆けていたロドルフたちも慌てて後を追う。その後ろ姿はシモン一味とそっくりだ。
俺の傍に残ったのは、本気で腰を抜かしたクレールのみ。
すぐ隣には大型ヘリコプターサイズの物体が止まっていて、クレールの姿はその影にすっぽりと覆われてしまう。
チラッと左右に視線を動かせば、やはり腰を抜かした先生とアンドレ。その他ギャラリーたちも、完全に固まっている。
そして、川岸の医療班グループからは。
「ジロー様ッ!」
一人飛び出してきた少女がいた。深紅のローブを翻し、興奮した子犬のようにパタパタと駆け寄ってくる。
……やっぱりこの面子で最強なのは、アンジュかもしれない。
「すごいです、ジロー様! こんな可愛くて格好良いペットがいるなんて!」
「うぉッ!」
猛ダッシュしてきたアンジュは、まさしく赤い弾丸。俺の胸へ激突したときの衝撃は、ペルルの肋骨ミシミシ攻撃と同レベル。
しかも、ペルルと違ってなんか柔らかいモノが当たるような……。
「さすがはわたくしが見込んだお方ですわ! ジロー様と出会えて良かったです!」
「お、おう……」
っていうか、顔めっさ近いんですけど!
マジでキスされそうなんだけど!
ビビった俺が大きくのけ反るも、アンジュはさっぱり無頓着。次の瞬間にはあっさりと俺に背を向けてしまう。
アンジュがロックオンした次のターゲットは、もちろん。
「ああ、本当に素敵! この瞳も翼もクチバシも、何もかもが神々しくて、まるでおとぎ話に出てくる聖獣のよう……いえ、本物の聖獣に違いありませんわ。神官学校のビザール先生ですら、一度きりしか見たことがないというあの聖獣が、こんなにも近くにいるなんて……」
恍惚の眼差しで大鷲を見つめていたアンジュが、何かに操られるように手のひらを持ち上げて。
ぺたり。
と、優しく翼に触れた刹那。
「――ぎゃふん!」
……大鷲が、一人の少女に変化した。
午後の穏やかな日差しを浴び、キラキラと輝く銀糸の髪。大きなブルーの瞳。白いワンピース姿の童顔な美少女。
そいつはぴょんと立ち上がり、俺に向かってビシッと敬礼を。
「えへっ、ペルル参上でござる!」
「ござる、じゃねえ! 何やってんだよ! なんでお前が“大鷲”にッ?」
「んー、なんか出来ちゃったから」
アホか! どーやったら人が鳥に化けられるんだ!
飛行魔法だって不可能なこの世界で、鳥になって自由に空飛べるなんて――
「痛てぇ……頭が割れそうに痛てぇ」
「ジロー、大丈夫? 今すぐお家帰って寝よう? 私添い寝してあげる!」
ぼふっ!
いかにも怪しげな魔力の白煙を立てて、ペルルが鷲化した。そして『背中に乗れ』と言わんばかりに翼をバタつかせる。
……もう誰もツッコめなかった。
クレールも、先生も、アンドレも、他のヤツらも。気丈なアンジュでさえも。
俺はズキズキするこめかみを放置し、抜けがら状態なアンジュの手首を掴んだ。その柔らかな手のひらをグイッと引き寄せて。
ぺたり。
「――ぎゃふん!」
再び人間化し、草の上に尻餅をつくペルル。ブルーの瞳がちょっと涙目になっている。
「もう鷲はいいから。マジで俺これ以上目立ちたくねーから。ひとまず帰るぞ」
ペルルが「ううー」と抗議の鳴き声をあげるもスルー。
ワンピースの首根っこを容赦なく掴み、ずるずると引きずりながら土手の上へ向かう。ロドルフのように「退け」と叫ばずとも、ギャラリーたちは引き潮のようにザーッと遠ざかる。
……俺たちを追ってくるヤツは、誰一人いなかった。
これにて『入学編』終了です。次回はエピローグ&『皇位継承編』に入りますので、引き続きお楽しみくださいませ!




