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ニコポナデポ! ~無能者に転生した俺は最強かもしれない~  作者: AQ(三田たたみ)
第四章 英雄

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その4 無能者の策略

「……ジロー、本当に行くのか?」

「ああ、大丈夫だ。狸のコネでなんとかなる」

「だが、わたしはいつもこの時間『魔法倫理』の授業を受けていて……」

「分かってる、とにかく一回見学するだけでいいから」

 週明けの午後。

 すでに握り慣れたクレールの手を引き、俺は校外の河川敷へ向かっていた。

 日ごとに高くなる空に、楽しげな鳥たちの鳴き声が響く。道端で惰眠をむさぼる野良犬。木陰には木の実を頬張るリスがいる。

 深まる秋の気配を肌で感じ、スッキリ爽快な気分で俺は歩みを進める。

 クレールと知り合ってから初めて迎える『魔法攻撃実践』――この時間を俺はチャンスと捉えていた。

 クレールは、学校の敷地内から出ることを禁じられている。ただし授業中は例外。

 つまり、クレールを外に連れ出せる貴重な時間だ。

 もちろん学内だってそれなりに広いし、薔薇園みたいなレジャースポットもある。でも実際に塀を越えるか越えないか……そこには大きな違いがあるはずだった。

 心理的にも、物理的にも。

 隙あらば逃げ出そうとするクレールを宥めすかし、河川敷へ到着。時間が早いせいか人影はまばらだ。その中でもひときわ目立つ、黒づくめの人物に近づく。

「先生、こんにちは。今日は見学二人でお願いします」

「……おい、ジロー。お前こんなとこまで可愛い“彼女”連れてくるなんて舐めてんのか? 独り身の女にいちゃつく姿見せつけて、焦らせようって魂胆か?」

 俺の台詞を深読みして、さっそく絡んできた咥え煙草のゴージャスな美女。あまりにもナチュラルなトークに、つい苦笑してしまう。

 この人なら……ミストラル家の跡取り息子を半殺しにするくらいの度胸の持ち主なら、『イヴェール』を差別したりしない。そんな目論見は当たりだった。

 チラッと隣りを見やると、クレールが涼やかな黒い瞳を大きく見開き、俺の手をパッと振り払って。

「か、彼女って……わたしとジローは、そのような関係ではなく、ただの親しい友達で」

「親しい友達ねぇ。それなら、もうキスくらいは済ませたよな?」

「き、き、キスッ?」

「まだなのか? 本当に親しい“ガールフレンド”なら、キスの一つもしてるはずだぞ?」

「――ちょ、変なこと教えないでください! クレールは先生と違って純粋なんですから!」

 慌てて先生とクレールの間に割って入ると、先生は唇をへの字に曲げて。

「ハイハイ、どーせワタシは汚れてますよーだ」

「……先生、マジで恋人とかいないんですか?」

「フン、そんなもの過去も未来も存在しない。ワタシは自分より強い男にしか興味がないからな!」

「……早くアンドレが育つといいですね」

 俺が直感のままに呟くと、思い切り頭を叩かれた。ちょー痛い……。

「クレール、お前もツマラン男に引っかかるなよ? 特に無能者はサイアクだ。ヤツらは基本的に女たらしで、あちこちに種を蒔くという習性がある。すでにこの学校でも被害者がいるらしい」

「えっ、そうなんですかッ?」

「クレール、いちいち食いつくな!」

 俺はまだ清らかな身体だ! 前世も合わせればすでに魔法使いだ!

 ……と思わずカミングアウトしかけたとき。

「貴様ら邪魔だ、どけ!」

 いつにも増して嫌らしい声が聞こえた。ヤツらの登場だ。

 先週と変わらず百人超のギャラリーを押しのけ、麗しい王女様とナイトが現れた。

 今日もアンジュは柔らかな笑みを湛え、周りのヤツらの魂を根こそぎ奪い取っている。

 そして、エメラルドの瞳が何かを探すようにふわりとさまよって……。

「あッ、ジロー様!」

 階段の途中で、俺をロックオン。

 ナイトの手をすげなく振り払い、パタパタとこっちへ駆けてくるアンジュは、やはり天使のごとき可憐さだ。俺は内心ビビりながらも笑顔で彼女を迎える。

 ……これは俺にとって、一つの賭けだった。

 反目しているはずのミストラルとイヴェールが、俺という触媒を通して直接触れ合う。

 歴史の転換点になるかもしれない大事な場面だ。

「ジロー、あの二人は、もしやミストラル家の……」

「大丈夫、二人とも俺の“友達”だから」

 不安げに瞳を揺らすクレールに、俺は心を落ち着かせる『魔法』をかけた。

 クレールの考える友達とは、親友もしくは戦友に近いものだ。決して裏切ることのない、安心して背中を預けられる存在。

 俺にとってあの二人は、まさしくそんな相手だった。反則に近いテクニックで落としたのが心苦しくはあるけれど……女神様がくれた貴重なカードは、きっちり使わせてもらう。

「お久しぶりです、ジロー様! 学校にはもう慣れましたか?」

「ああ、慣れたっつーか、だいぶ揉まれてボロボロだな」

「もしかして、うちの兄のせいだったりします?」

「いや、アンドレは俺がボロボロにしてやった方」

 と、和やかに世間話をする間にも、噂のアンドレは美人女教師に捕まっていた。俺は若干の憐れみとともに、ずるずる引きずられるヤツの姿を見送る。

「本当にお兄様が羨ましい。わたくしも先生のお気に入りになりたいです」

 白魚のような手を口元に添え、クスッと笑うアンジュ。間近で見ると心がとろけてしまいそうになる笑顔だ。

 ツンッ。

 突然ローブの背中を引っ張られた。振り向けば、俺の背中に隠れたクレールが、何やらジト目で睨んでいる。

 ……これは「早く紹介しろ」ということなのか、それとも。

「そう言えば、ジロー様。そちらの綺麗な方は……?」

 アンジュさん、マジ天使。

 空気を読んだアンジュが話を振ってくれたので、俺はニコッと営業スマイルを。

「コイツ、俺の友達のクレール。こっちはアンジュ。前に言ってた魔法防御の天才」

「初めまして、アンジュと申します。わたくしの噂話をされていたなんて、何だか恥ずかしいですわね」

 そう言ってクスクス笑うアンジュに、俺はちょっと感動していた。

 アンジュはたぶんクレールのことを知っている。

 それなのに、初対面のフリをしてくれた。あえてフルネームを名乗らずに。

 このまま何も知らないフリをして、自然と親しくなってくれたらいい。『無能者』のアンジュとクレールなら徒党を組むことにはならないし、対等な友人になれる。クレールの世界は大きく広がることになる。

 聡明なアンジュなら、きっと俺の願いを汲み取ってくれるはず……と考えたとき。

 俺の肩口からちょこんと顔を出したクレールが、思い切り噛みながら呟いた。

「わ、わたしの名はッ、クレール、フロワ、イヴ」

「――ああッ! 見たかクレール、今の魔法すごかったぞッ」

 コイツの空気の読めなさをすっかり忘れてた!

 俺が慌ててクレールの気を逸らせていると、アンジュがプハッと吹き出した。

 くそッ、アンジュめ。良い子だけど賢すぎるぜ……。

「おお、本当だ! あれだけ強力な魔法は、なかなか使いこなせる者はいない。魔法構築学では『第三工程』に値する、炎と風の複合魔法だ。あの先生、ただものではないな……」

 クレールは、本当に素直な良い子だった。

 そのまま先生の華麗なフルボッコ魔法に見入るクレールの横顔は、初めて見る野球の試合に興奮する子どものようだ。

 この一週間で分かったけれど、クレールの集中力は半端ない。

 たぶん周囲の雑音――「イヴェールが」「アンジュさんの傍に」「風紀委員呼んだ方が」という声は耳に入っていないだろう。

 一方、アンジュの方は……眉間にクッキリと縦ジワが入っている。かなり不快に思っているようだ。

「クレール、ちょっとここに居てくれ。アンジュと内緒話してくるわ」

「ああ、分かった、内緒にしておく……」

 ぼんやり生返事するクレールをスルーし、俺はアンジュの手を取って十メートルほど後方へ。ハンドパワーを受けてポワンと頬を赤らめるアンジュに申し訳なく思いつつも、素知らぬフリをして問いかけた。

「あのさ、アンジュはクレールのこと、どこまで知ってるんだ?」

「ほぼ全てを。ただジロー様がいらっしゃるまでは、我が家で話題に上ることもなく、特別意識することすらありませんでした。イヴェール家の件は、わたくしたちには関係のない過去の出来事という認識があったので……」

「それは俺も一緒だ。この学校に来るまで、ミストラルもイヴェールも、どっちも歴史書の物語だった。だけど俺はクレールの友達になっちまったんだ。このまま放ってはおけない」

 吐息がかかるほど近寄せられた天使の唇が、キュッと真一文字に引き結ばれる。

 そして、意を決したかのようにゆっくりと開かれた。

「わたくしに、何かできることはありますか……?」

「ああ、大事な頼みがある。アンジュを“役者”と見込んで」

「役者ですか? なんだか楽しそうですね、ふふっ」

 ……その小悪魔っぽい笑顔、すげー可愛いな、おい。

 耳朶をくすぐる軽やかな笑い声に魂を抜かれかけるも、かろうじて自重。

 ドキドキの内緒話を終えると同時に、先生のフルボッコバトルにも決着がついた。

「――医療班!」

「ハイッ」

 草の生えた河川敷に仁王立ちし、額に浮いた汗を拭いもせず瞳をぎらつかせるバトルモードの先生。その姿は前回と同じだ。

 そこにアンジュが挑むのも、お約束。

 ただし、アンジュの台詞はいつもと違った。

「先生! わたくしから一つお願いがございます!」

「……なんだ、言ってみろ」

「この場をお借りして、わたくしは『決闘』をしたいと考えております! そのお相手は――クレール様で!」

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