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その2 幼児になった

 そうして始まった、第二の赤ん坊時代。

 感想を一言でいうと。

「ほんぎゃぁぁぁぁあああ!」

 ――超つまんねぇぇぇぇ!

 テレビ見たい! ゲームやりたい! 漫画読みたい!

 こっちの世界の言葉は分かるんだし、せめて誰かとしゃべりたい!

「あぶ?」

「ほぎゃ……」

 ……すまん、さすがに赤ちゃん語は理解できん。

 狭苦しいシングルベッドの中、ぴったり寄り添う“美少女”に向って謝ると、彼女は何かを察したかのように頷いて。

「あぶあぶー!」

「ほぎゃッ?」

 今度は指先から猫が出た!

 ニャーニャースリスリしてきて超可愛い。もふもふもふもふ……あ、消えた。

 といった感じで。

 俺の幼なじみである美少女・ペルルは、暇を持て余した俺のために、毎日愉快な『マジックショー』を見せてくれた。

 そして、これを目にした大人たちは、全員が度肝を抜かれた。

「この子は百年に一人の『天才』だ!」

 ベッドの脇でワイワイガヤガヤと騒ぎ立てる彼らの声を拾ってみると。

 どうやら俺が飛ばされたこの世界、魔法があるとはいっても、その使い道は意外と地味らしい。

 例えば、指先からライターみたいに火を出したり、水道の蛇口を捻るように水を生みだしたり、筋力アップで重たい物が運べたりと、生活臭の漂うものがメイン。地球でいう『科学』の一部が魔法に置き換わったという感じだ。

 空を飛んだり、何かに化けたり……といったオモシロ魔法は、残念ながら存在しない。

 その他、狩りをするときに役立つ攻撃魔法――氷の刃や雷なんかを作れるヤツもいるらしいけれど、そこまでのレベルに達するのはほんの一握り。生まれつき豊富な魔力を持つ者が、長年こつこつと修行してようやく到達できる。

 しかしペルルは、赤ん坊の時点で『攻撃魔法』が使えた。

 いや、普通の攻撃魔法のみならず、ありとあらゆることができた。

 特にペルルは動物を作るのが得意だった。窓辺に寄ってきた鳥やら、産婆のばーさんの飼い猫やら、ブルーの瞳に映った動物を次々と空中に描いて具現化するのだ。

 俺が喜ぶと、ペルルは調子に乗って大暴走して、初日の『鳥事件』みたいなことを何度もやらかした。一度「俺が近くにいるせいだ」とジャッジされ引き離されたものの、ペルルは火がついたように泣き喚き続け、結局元のポジションに戻された。

 どうやら俺は、ペルルに心底懐かれてしまったらしい。

 偶然同じ日に生まれて、同じベッドに寝かされて、同じ女性の乳を……まあそこはさておき。

 たぶん決め手は、俺が“魔力”を与えたということ。記憶には残らずとも、俺が恩人だってことはペルルの魂に刻まれてしまったのだろう。

 月日が流れ、首が座ってハイハイができるようになって、おぼろげながら言葉を話せるようになっても、ペルルは俺の傍にぴったり居続けた。

 ただ、いつまでも一緒という訳にはいかない。

 その年の暮れに産婆のばーさんが亡くなり、俺は一旦ペルルの家に預けられたものの、三歳になったとき孤児として教会に引き取られた。

 ペルルの家の養子になるという話も出たけれど、俺たちが年頃になってからのことを考慮し、別々に暮らすことになった。「さすがに血の繋がらない男女が、同じ家で暮らすのはマズイ」からと。

 もちろん俺の方には、ペルルに対して特別な感情はない。

 なんせ生まれた時点で十六年分の記憶があったんだ。いくら可愛い子とはいえ、幼児を見てムラッとするはずがない。前世では男ばかりの三兄弟だったから、妹ができたみたいで嬉しかったし、離れて暮らすのが寂しくはあったけれど。

 教会へ引き取られた俺が、男やもめの神父様と二人暮らしをするようになってからすぐ、大人たちはもう一つの『大問題』に気付いた。

 というか、ペルルの才能に夢中だった彼らが、ようやく俺自身に注目してくれたのだが……。


 ◆


「あー、ちゅまんねーなー。絵本も童話も内容がカンタンすぎるぉ……」

 もにょもにょと幼児語で不満を言ったところで、現状は何も変わらない。

 俺に与えられたのは、ガラクタ置き場だった四畳半ほどの空き部屋。そこには、ボロボロになった子ども向けの古い絵本や玩具がゴロゴロ転がっていた。

 これらは約半世紀前、国が内戦で荒れていた時代にこの教会で暮らしていた孤児たちが使っていたものだ。

 当然、子どもと見せかけて中身は十八歳である俺が、満足できるわけがない。

 こんなモノで一人遊びするくらいなら、誰か大人と喋っていた方が楽しいのだが……俺を引き取ったとはいえ、神父様は良い意味でテキトーというかかなりの放任主義で、俺ごときに構っちゃくれない。他の村人たちも、畑仕事やら狩りやらで忙しい。

 ペルルは毎日遊びに来てくれるけれど、それは麗しい母君のお祈りの時間のみ。朝一番にやってきて、お昼前には帰ってしまう。

 そしてお祈りの時間が過ぎれば、この建物に人気はほとんどなくなる。村はずれにポツンと建っているし、裏手には墓地もある神聖な場所だから、村の子どもたちが気楽に遊びにくるってこともなく。

 ……まあ、読書をするには悪くない環境だ。

「うーみゅ。もっと本が読みたいぞ。本、本、本……くんかくんか……」

 比較的大人しい子だと思われていたことが幸いした。

 小部屋の扉には、特に鍵などはかかっていなかった。背伸びしても届かないドアノブを、積み上げた絵本の上に乗っかって強引に開けると、その先に広がるのは礼拝堂という名のダンジョン。

 俺は嬉々として『冒険』をスタートした。子どもならではの直感が冴え渡り、本の匂いをしっかり嗅ぎつけた結果、小一時間後には一つの隠し部屋を発見。

「キター、本だぁぁぁぁ!」

 約六畳ほどのスペースは、長年使われていないのかひどく埃っぽかった。

 黒いカーテンに包まれた薄暗い室内。三方の壁はすべて本棚になっていて、辞典レベルの分厚い本がみっちりと埋まっている。

 それらの中には、たぶんあまり人目に触れてはならない、オトナ向けの本(えっちなアレではなく政治的な意味で)が含まれていたのだろう。俺にとっては知的好奇心を刺激しまくる、最高の教材だ。

 ――未だ謎のベールに包まれた、この世界のことを知るチャンス!

 俺は十センチだけカーテンを開けて明かりを取り入れ、さっそく読書を開始。その後も神父さまが外回りで忙しい午後の時間に、こっそりそこへ入り浸るようになった。

 しかし、うっかり夕食の時間を忘れるくらいハマってしまったのがマズかった。

 子ども部屋から忽然と消えた俺を――俺の持つ『魔力』を目印に探しまわり……汗だくになった神父様が、隠し部屋の扉を開くや疲れ切った声色でこう言った。

「おい、ジロー……お前もしかして、魔力が、無いのか……?」

「あい!」

 無邪気に答えた俺は、そのときすでに大陸語をマスターし、神父様が放り出した分厚い歴史書を熟読していた。

※神父様の描写を一部修正しました。

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