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ニコポナデポ! ~無能者に転生した俺は最強かもしれない~  作者: AQ(三田たたみ)
第三章 薔薇

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その4 薔薇を狙う罠

「クレール……?」

 ドクンと心臓が低い音を立てた。今すぐ走り出したいのに、足元に絡みつく薔薇の枝葉がそれを許さない。

 鋭い棘が肌を引っ掻くのも構わず、薔薇たちを押しのけて進んで行くと。

「生意気な口きくんじゃねぇ!」

 男の怒鳴り声と同時、パシンという乾いた音が響き渡った。単なる拍手とは違う、確実な痛みを伴う音が。

「大人しくしねぇからこうなるんだ……お前ら、抑えつけろ!」

 ……いったい何が起こってる?

 ここは高潔なる魔法騎士の学校じゃないのか?

 一人の女の子を、大勢の男が暴力で押さえ込むなんて有り得ない。しかもヤツらの顔には、明らかな愉悦が滲んでいて……。

「――何してんだてめぇら!」

 気づけば頭のネジが吹っ飛んでいた。可憐な薔薇たちを踏みしだき、ヤツらの眼前に躍り出る。

 一斉に振り向いた男たちは、一瞬怯えを見せたものの。

「……なんだ、無能者君かよ」

 鼻で嘲笑う彼らのネクタイはブルー。つまりクレールと同じ学部生ということだ。

 集団の中で最も大柄な茶髪の男子が、口角を釣り上げながら俺を見やり……。

「――ッ!」

 何の前触れもなく、氷の刃を放った。

 とっさに横へ飛び退いた俺の耳に、下卑た笑い声が届く。

「バァカ、本気で当てるつもりなんてねーよ。まあ無能者君も、痛い思いしたくなきゃ邪魔すんなよ? ああ、この事を教師に言っても無駄だぞ。『風紀委員』による学内での制裁行為は認められてるからな」

「制裁って……クレールがいったい何をしたっていうんだ?」

「この女は――“イヴェール”は、学内で徒党を組むことが禁じられている。お前は知らなかったようだが、コイツはさっきからお前の後を追っかけてたんだよ。密談でもするつもりだったんだろうが、残念だったな」

「違う! わたしはただ、友達と一緒に帰りたかっただけだ!」

「友達? 反逆仲間の間違いだろ?」

「わたしに反逆などという意図は無い!」

 ……全てが茶番だった。

 クレールは、ヤツらの罠にハマっただけ。なのにちっともそれに気づかない。

 ヤツらの目つきを見れば、何が目的なのかは一目瞭然だってのに。

「ちょっと待った。あのさあ……」

 俺は両手を上げて害意がないことを示しながら、彼らの元へ歩み寄った。

 当然こっちは無能者だし、今は剣も持っていない。正面切って戦うなんて不可能だ。

 ただし俺には『あの力』がある。

「悪いけど、俺まだこの学校来たばっかでルールとか良く知らないんだわ。こんな風に女の子をよってたかって虐めるのって、女神の教えに反するんじゃねーの?」

「うるさい、黙れ!」

「まあまあ、ここは哀れな『無能者君』に優しくしとけって。俺がアンタらに刃向かうわけないだろ? クレールだって分かってんだよ。無能者と徒党を組んだところでどーしようもないってさ。つまり俺らはただのお友達ってことだ」

 慣れない営業スマイルを浮かべ、ペラペラとテキトーな事を喋りながら着実に距離を縮め……俺は茶髪男の肩にポンと手を乗せた。

 精一杯の愛情を――アホな人間への憐れみを込めて。

「う……まあ確かに、無能者はこのルールに適合しない、か……」

「だよな? おい、クレール、立てるか?」

 大柄な男たちの輪の中で尻餅をついていたクレールに、俺はその手を差し伸べた。

 殴られた頬は赤く染まり、唇の端からは血が流れている。

 それでも、クレールは嬉しそうに微笑んだ。迷子の子どもが母親を見つけたときのように。

「ジロー……一緒に帰ろう!」

 月明かりに浮かび上がるその紅を、俺は薔薇よりも綺麗だと思った。


 ◆


「……という感じの一日でした」

 予想よりだいぶ長い話になってしまった。

 ここは四階建ての校舎の最上階にある、学部長室。

 革張りのソファーに浅く腰掛けた俺は、ローテーブルに置かれたランタンに向かい大きなため息を吐いた。オレンジの灯りの向こうには学部長が座っていて、俺の話にじっくりと耳を傾けている。

 一日の終わり、この部屋に寄って『日報』を伝えるのが事前に決められたルールだ。

 面倒くさいと思っていたけれど、実際やってみると自分を俯瞰で見られるし、気持ちの整理がつく。

「……なるほど、なかなか充実した一日を過ごしたようだな、ジロー君」

 本来の威厳を取り戻したかのように、重々しい口調でねぎらう学部長。

 俺はソファーの背もたれにドスンともたれかかり、窮屈なネクタイを緩めた。この報告が終われば、俺の仕事はひと区切り。この先は無礼講だ。

「……で、おっさんはどこまで盗聴してたんだ?」

「な、なんのことかね」

「とぼけても無駄だっつーの。例の『石ころ魔法』で、俺のことずっと付けてたんだろ?」

 俺が鋭い三白眼を作ってみせると、学部長はサッと目を逸らした。相変わらず抜け目ないキャラだ。

「そういう汚いことすると、天罰が落ちるぞ」

「いやだなあジロー君。天罰など、この敬虔な女神信徒である私に落ちるわけが」

「狼が来るぞ」

「ぬッ」

「また凶雲が出て、狼が罰を与えに来るぞ」

 と、充分に脅しをかけてから、俺は本題へ切り込んだ。ソファーに浅く腰掛け直し、身体をグッと前に乗り出して。

「つーか、あの風紀委員ってヤツらは何なんだ? クレールは言いがかりつけられて、リンチに合うとこだったんだぞ?」

 小一時間前の出来事を思い出し、俺はぶるりと身震いする。

 もし俺が助けに入らなければ、クレールは間違いなくなぶりものにされていたはずだ。

 もちろん、命を奪われるようなことはないだろうけれど……クレールは匂い立つ薔薇のように美しい少女だ。調子に乗ったヤツらが邪な欲望を抱いてもおかしくない。

 いや、それこそがヤツらの本性。

 常にクレールを監視し、隙を見せれば襲いかからんと爪を研ぐ、下劣な野獣。

「アイツらが言ってた『ルール』のせいで、クレールは今まで友達が作れなかった。俺のことも最初は突き放そうとしてたけど……俺が魔法騎士とは関係ない、完全にニュートラルな存在だって分かったから、勇気を振り絞って声をかけてきたんだ」

 クレールは、それまで独りぼっちだった。

 だから俺に出会って……まるで捨て猫みたいに縋りついてきた。

 あの騒動の後、クレールを敷地の外れにある女子寮まで送り届ける間、彼女はずっと震えていた。

 ずっと、俺の手を離そうとしなかった。

 なのに詳しい話を聴こうとしても「巻き込んですまない」と謝るばかりで。

 きっと俺たちには、まだ監視がついていたんだろう。俺は彼女の手を強く握り返すことしかできなかった。

「あんなの、高潔なる魔法騎士のやることじゃねーだろ……それをこの学校は許してんのか? クレールにとってここは牢獄なのか?」

「ああ、そうだ」

「……おっさん、それマジで言ってんの?」

「それが反逆者であるイヴェール一族に課せられた罰。直系の彼女は命を奪われなかっただけでも幸せなほうだ」

 込み上げてくる激情を、俺はグッと堪えた。

 さも当たり前のように応える学部長の手が、色を無くすほど強く握り締められていることに気づいたから。

 この痛みは、連綿と続く歴史の一部だ。

 あの『革命』は、歴史書の物語なんかじゃない。まだ終わってないんだ……。

「とにかく、魔法騎士ではないジロー君は、イヴェールと『徒党』を組むことにはならない。それは私が保証しよう」

「他にルールの抜け道は?」

「授業中も例外だ。無論、教師との会話も該当しない。校外においてもルールは適用されないが、彼女が無断で校外へ出ることは禁じられている……私に言えるのはそれだけだ」

「あっそ、分かった。じゃあテキトーに頑張るわ」

 俺はソファーから立ち上がり、ひらひらと手を振ってみせた。

 胸の奥で燃えたぎる怒りを押し殺して。

これにてお祭り(連続更新)は終了とさせていただきます。次回より平常運転(一日一回?)となります。では今後ともよろしくお願いします!

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