その2 特別クラスの秘密
この“特殊能力”は、王都へ向かう旅の途中で偶然発覚した。
マッドサイエンティストな学部長から「どうやって銀色狼を従わせたんだ?」とねちこく訊かれ続け、「女神様の奇跡じゃね?」とテキトーにかわし続けた結果。
「分かったぞ! ジロー君には元々“動物”を従わせる力があるのだろう!」
学部長のテキトーな推理に、俺は思わず失笑。
しかし、そんな発想がでてくるってことがある意味奇跡だった。「さっそく実験を」と、俺は馬車の馬に話しかけるよう促されて……試しにこう言ってみた。
「お手」
「ヒヒーン!」
……馬が犬みたいにお手をした。
それから俺は、野生の鳥やウサギやリスを呼び寄せることに難なく成功。
ただし「今夜の食事に」と狙った猪や鹿は怯えて逃げてしまった。逆に俺たちを食おうと襲ってきた熊や魔獣にも効果はなかった。
つまり俺の特殊能力とは――無垢な動物たちと自由に触れ合うことができる!
「……え、それだけ?」
鷹匠気分でキリッとしていた俺は、思わずよろめいた。
呟いたのは担任の先生。大人しそうに見えて意外と毒舌だ。
その一言が引き金になり、教室は爆笑の渦に。
「やべー、腹痛ぇ……!」
「鳥一匹呼んでどーすんだよ」
「無能者の魔法パネェ」
という男子たちの嘲笑に「動物呼べるんだぁ」「なんか可愛い!」という黄色い声が混じる。相変わらず俺は女子に人気らしい。
まあ、ぶっちゃけ俺もしょぼいと思う。どう考えても子どものお遊びレベルだ。この力を『魔法』と同等に考えるなんて無理がある。
ただ、十五年も無能者として生きてきた俺にとっては、ものすごい発見だったわけで。
この力が元々備わっていたのか、それともペルルの魔力を一旦返してもらった結果なのか……我ながら気になるし、しっかり研究してみたいと思っている。
学部長は「うまくいけば魔獣を操ることも可能」と息巻いているけれど、さすがにそこまでは難しいだろう。
銀色狼はあくまで『元聖獣』だから言葉が通じたわけで、最初から狂いまくりの魔獣とはコミュニケーションを取れる気がしない。実際、旅の途中で襲いかかってきた魔獣に話しかけてみたけれど、アイツらは「腹減った」くらいしか頭にないっぽいし……。
と考えながら、鳥さんの翼をなでなでしていると。
「皆さん、静かにしなさーい!」
バキャッ!
大人しそうに見えた担任が、拳一つで教卓を粉砕した。
……さすがは魔法学校の先生だ。まさにペルル並の破壊力。ビビった鳥さんがバタバタと逃げていく。
「とにかくジロー君は席につきなさい! 皆もこれ以上騒がしくしないこと!」
その迫力にビビった俺はバタバタと逃げ出した。
俺に絡む気満々だったアンドレも、一連のやり取りで毒気が抜かれたようだ。
ヤツの脇を何事もなく通り抜け、俺は教室の最後列へ。ポツンと置かれていた二つの空席のうち、窓側の方に落ち着いた。
それから始まった最初の“授業”は、クラスメイト三十六人の自己紹介。
そこで俺は、このクラスが『特別』と名付けられた理由を知ることになる……。
◆
「今から半世紀ほど前、時の皇帝ソレイユ陛下は、側近の魔法騎士であるイヴェール一族を伴い、王都を離れ北の辺境へ出奔されました――そう、『革命』が起きたのです」
これは自己紹介ですか?
はい、自己紹介です。
……と、思わず脳内で英語のレッスンワンみたいな会話をしてしまった。
これは決して歴史の授業ではない。ロドルフ君という地味な少年の自己紹介である。
「幾多の歴史家にも『偉大なる決断』と賛辞を浴びるその革命を主導されたのが、当時の宰相アルベール・ヴァン・ミストラル閣下であります。閣下の著書である『皇国論』によりますと、全ては民を想うがゆえの、苦渋の選択であったと――」
そこまで聞いて、俺は彼の演説をシャットアウトした。
続きは言われなくても分かっている。そもそも俺は、分厚い歴史書シリーズを三才で読破した神童なわけだし。
まあ一言でいうと、『革命が起きたのは、ソレイユ皇帝がアホで、愛人だったイヴェールに貢いでたせい。だからミストラル宰相は悪くない』だ。
もちろんそれは、勝者側の一方的な言い分。
でも、この教室にいる生徒たちはすっかり信じ込んでいるようだ。うんうんと頷きながら、熱心に耳を傾けている。
「特別クラスか……ったく、面倒な場所に放り込みやがって……」
いつの間にやら姿をくらませている学部長に向かい、俺は心の中でチッと舌打ちをした。
どうりで話がうますぎると思った。
季節はずれのこの時期に、学部長一人の権限で、俺みたいな得体の知れない生徒をねじ込むなんて。
きっとこのクラスに限っては、それが可能だったのだろう。常に貴族のわがままを受け入れ続けている、“貴族のために用意された”この特別クラスなら。
「しかしミストラル宰相ってのは、さすがに大物過ぎるっつーか……」
さっきから歴史の授業を行っているロドルフ君は、アンドレの取り巻きの一人だった。
いや、アンドレなんて気軽に呼ぶこともおこがましいのかもしれない。
彼の正式な名前は、アンドレ・ヴァン・ミストラル。
一部の歴史書では悪名高い、ソレイユ皇帝と魔法騎士イヴェール……彼らを革命により退けた“勇者”であるミストラル家は、半世紀以上経った今でも宰相の座を譲らず、この国のトップに君臨し続けている。
その跡取り息子がアンドレなのだ。
「まあ、跡取り息子ってのは、だいたいアホなもんだよな……」
ロドルフ君の長ったらしい自己紹介――もとい、ミストラル家をひたすら褒め称える営業トークを、満面の笑みで受け入れているアンドレ。無駄に偉そうなその態度に、シモンの姿が重なる。
今頃シモンも「邪魔者がいなくなったぜヒャッハー!」と屋根の上で小躍りしていることだろう。さっそくペルルの気を引こうと張り切って、またフルボッコにされているに違いない。
村のことを思い出し、俺は軽くため息を吐いた。
結局、お世話になった人たちには挨拶も出来ずに別れてしまった。次の週末には皆に手紙を出すことにしよう。王都の珍しいお菓子でも添えて。
そんなことを考えている間に、長すぎる自己紹介は終わった……と思いきや、次の生徒の『フルネーム』もまた長い。結局午前中はこれだけで潰れてしまった。
……貴族ってめんどくせー。




