スキル選択編
今回かなり長くなってしまっています。お時間に余裕があるときにどうぞ。
結局ちょこちょこと修正していたら10000文字超えてしまいました。
兄様とライスさんの二人と別れた後、私はシアさんと手を繋いで、特に行く当てもなく町中をウロウロとしていた。なんという暇人の見本的な行動。
人通りはそれなり以上にあるが、まだサービスが開始されてから間も無いのでプレイヤー露店は一つも見当たらない。寂しいものだね。
「うーん、どうしようかなー……。戦闘はちょっと怖いし、生産も不器用な私にできるのか不安だし……」
「ふふふ、どうぞゆっくりとお悩みください。私は姫様とこうして歩いているだけでもとても楽しく、心から幸せですから。こういったゲームの楽しみ方もありですよね」
超上機嫌なシアさん。どうでもいい事かもしれないけど、妖精さんサイズにはもう飽きてしまったんだろうか……。ああ、兄様の言う事に従っているのかもしれない。
「ありかもだけど、それはリアルでもできるからね。んー、もうちょっと冒険者ギルドで考えさせてほしかったなー」
「姫様が一言でも命じてさえくだされば、あの程度の人数ものの数秒でセーブポイントまで戻して差し上げましたのに。物理的に」
「無意味なPK行為は駄目!!」
ここはリアルとは違いゲームの中、シアさんが何の躊躇もなく行動に出てしまう可能性がある。こういうところはしっかりと釘を刺しておかないといけないね。ハラスメント行為については既に諦めて、そこで試合終了になっている。シアさん先生……!! ログアウトが、したいです……。
私たちがこうして当てもなく町を彷徨っているのには訳がある。それは、他のプレイヤーさんたちの視線に耐えられなくなったからだ。
オイあのメイドさん超美人じゃね? ちょっとお前話しかけろよ、とか、いやいやお前が行けよ、などと囁きながら、こちらをチラチラと窺う視線に居心地の悪さを感じて逃げ出してきたのだった。シアさんは全然気にしてなかったんだけどね。
シアさんを見慣れていない一般の人たちの反応はこんな感じなのか……。現にこうして歩いてるだけでも注目の的、すれ違う人もほぼ全員振り返るくらいなんだよ。
まあ、シアさん美人さんすぎるもんねー、家族として鼻が高いよ。……でもナンパはお断りです。
ふふ、シアさんに独占欲が強いって文句を言える立場じゃなかったね。
そのまま何気ない会話を楽しみながら適当にフラフラと彷徨っていると、何やら大きな看板の掲げられた、お店らしき建物が建ち並ぶ通りに出た。商店街の様な場所だろうか?
それぞれの看板は分かりやすく、剣をかたどった物、布の袋の様な絵が描かれている物などなど。RPGでよく見かける、お店の目印的な看板その物。本当に、一目でどんなお店なのか理解できる親切設計だね。
しかし私の所持金は僅かなので特にテンションは上がらない。ふーん、後で覗いてみようかな? と思うくらいだった。悲しい。
ちなみにこのゲーム内の通貨は金貨のみで、名前は王道のゴールド、表記はGだ。
リアルで金貨は一枚百万円程度の価値があるので、小銭程度の金額でも使用に躊躇してしまう。なのでお財布の管理はシアさんに一任した。サポートキャラとはいえ一任できてしまう事に驚いてしまったが、シアさんはそういうものなんだと無理矢理納得しておこう、考えても頭が痛くなるだけだ。うん。
「ここは商店通りですね、何かとよく通う事になる施設はこうやって纏められているのです。ここからもう少し進んだ先には、生産関連のチュートリアルを受ける事ができる職人工房もあるんですよ」
「むむ、生産スキル……。それじゃ、ここまで来ちゃった事だし生産スキルに決めちゃおうかな。チュートリアルはいつでも受けられるの? 今行ってすぐとかでも」
「はい。しかし姫様の場合は私が全てお教え差し上げますから、今後もそういった事については特に気に掛ける必要はございませんよ」
向かい合わせで私の両手を取り、にっこり笑顔で嬉しそうに言うシアさん。
むう、やっぱりシアさん先生からのチュートリアルか、私もみんなと一緒のを受けてみたいけど……。いいかな、シアさんの方が分かりやすそうだし、あんまり必要なさそうなものは省いてくれそうだからね。
「うん! よーし、生産関連のチュートリアルを受けに行こー!」
シアさんと繋いだままだが、両手を高く上げて、元気に宣言してみた。
「!? かっ、可愛らしいです姫様!!」
「わぅ! 抱き上げないで! 視線が! 視線がー!!」
私を抱き上げて頬擦りしまくってくるシアさん。辺りから生暖かい眼差しが送られてくる。
ゲームの中だからって遠慮がなさすぎる! 工房に着いたらまた妖精さんサイズになってもらおうか……。
商店通りを歩くこと数分、一際大きな建物が目に入ってきた。あれがきっと職人工房なんだろう。裸に前掛け一枚(に見える)の大工房長が待ち構えていそうな佇まいだ。
外観は工房と言うよりかは学校に近いかもしれない。とにかくとても大きな建物、施設のようだね。さっきから人の出入りが激しい、中にもかなりの人数がいるんだろうと思う。
恐る恐る開いていたドアから中に入り、ここでもシアさんに手を引かれて歩く。妖精さんサイズになってもらわなくて本当によかった。
受付らしきものは華麗にスルーし、巨大なドアがいくつもある長い廊下を進んでいく。気分は転校初日だ。歩きながらも開いているドアの中に目を向けると、恐らくスキル上げ、生産真っ最中の人達が目に入った。
丁度いいのでここにしましょうか、と言うシアさんと一緒にその部屋の中に入り、邪魔にならないように壁際に移動する。
一瞬、なんでメイドさんが? という視線が集中してきてしまったが、みんな他事に構っている暇はないのか、すぐに殆どの人が興味を無くしたかの様に視線を手元に戻した。
本当に今の今更の事だけど……、メイドさんって目立つんだったね! もう完全にメイドさんが近くにいる事が当たり前になっちゃってて、それが普通の事だと思い込んでしまっていた!
まだ多少は残っている好奇や疑問の目にやや緊張しながらも、くるりと一回し室内を見回してはみたが、残念ながら見知った顔は一人もいなかった。一人寂しくのチュートリアル決定だ。
「では姫様、生産スキルの取得、習得、使用方法についてのチュートリアルを始めたいと思います。ここでは皆さん何を製作されているのか、お分かりになりますか?」
おっと始まったか。物珍しさでキョロキョロするのはやめてシアさん先生の言葉に集中しよう。まずはここのみんなが何を作っているのか、だね。
ちょっと失礼かもだけど、じっくりと観察させてもらっちゃおう。
広い部屋に綺麗に並べられた、大き目の長机。そこに並んで座り、薬草らしき物を磨り潰している人、液体の入ったフラスコを振っている人などがいる。理科や科学の実験の授業風景を思い出してしまうね。
これはパッと見で分かる、効果までは分からないがポーションを作っているんだろう。しかし何をやっているのかさっぱり分からない人も何人か確認できる。
その人たちは、ウィンドウを開いてひたすら指で操作しているだけで、机の上には何も置かれていない。さらによく見てみると人数は少数ではなく、全体の三分の一ほどの人数、結構多かった。
「えっと、ポーションを作ってるんだよね? どんなポーションかまでは分からないけど。それじゃ、帰ろうか」
「一瞬で諦めないでください……。姫様にはチャレンジ精神というものが欠如してしまっている様ですね、嘆かわしくも可愛らしいです。まあ、これを見てはそう思われるのも無理もありませんか」
うん。だって、調合間違えてドカーンとかなったら怖いじゃない? クリスタルでうにょうにょ合成する錬り金術とか、大釜に入れて煮込むだけの錬金術の失敗的な。私のDEXの低さを舐めてはいけない。あとVITの絶望さも。
調合失敗の爆発で戦闘不能になるとか恥ずかしいってレベルじゃないよ。失敗で爆発するとも、ダメージがあるともまだ決まった訳じゃないんだけどね。
シアさんはやれやれと、でも笑顔で説明を始める。
その慈しむ目はやめてください!
「まずは生産スキルの種類、習得方法などは一先ず横に置いておいて、使用方法について説明致しますね。生産スキルの使い方は大まかに分けて二種類用意されています。一つはご覧の通り、『ハンディクラフト』、実際に手を使った作業での生産方法になります。しかし姫様のように、不器用な自分には難しいのではないか? と思う方も多くいらっしゃると思います。そこでもう一つ、レシピ生産、マクロ生産等と呼ばれる『自動生産』、ウィンドウの操作のみでアイテムを作り上げてしまう方法も用意されているのです」
おお! 凄い! ……と思ったけど、よく考えてみると普通は逆だったね、あはは。
ウィンドウに素材をドラッグして放り込んで、決定ボタンをポチッとするだけで出来上がるのが従来どおりのやり方だった。このゲームはアイテム生産までリアルに拘りまくってるんだね。本物志向、というヤツか。
私が、ふむ、と納得したのを見計らって、シアさんは説明を続ける。
「一度にあまり詳しく説明しすぎても混乱されてしまうと思われます、なので重要な点のみを抜き出してしまいましょう。自動生産は確かに楽で安全です、が、品質はレシピどおりの物しか出来上がりません。反対に言えば、一度高品質の物を手作業で作り、それをレシピとして登録してしまえば、次回からは自動で高品質の物を大量生産できる訳ですね。その他のメリットデメリットについては……、今後姫様が実際何か製作されるときにお教え致すとしましょうか」
「あ、それもそうだよね。いくらリアル趣向のゲームだからって、いい物を作るために毎回毎回手で作ってたら時間がいくらあっても足りないもんね。自分でいい物を作り出す楽しさだけを上手く残してるんだ?」
それで満足のいくものが完成したら、自動生産で大量に作って露店で販売、となる訳だ。これは面白くなってきたぞ……!!
はい、さすがは姫様です、といい子いい子と頭を撫でてくるシアさん。くすぐったさについ目を細めてしまう。
「ふふ。シアさん! 最高品質のレシピを全部頂戴!」
「いきなり生産者全てに喧嘩を売ろうとなさらないでください……。ふふ。レシピは確かに譲渡も可能ですが、レシピさえあれば生産が可能になる訳ではありませんよ? 品質に見合うだけのスキルレベルの高さが必要になってくるのです。自動生産のみでもスキルを上げる事はできますので、まずはしっかりと下積みをを積んで参りましょう」
またもや笑顔でやれやれと呆れられてしまった。しかし私を撫でる手は止めない。
「はーい!! ふふふ、半分冗談だよ」
「つまり半分は本気だったと。ふふふ」
言うだけ言ってみて損はないからね! でも兄様の前で言ったら怒られるのは間違いないから大損かも? 時と場合によりけり、だね。まあ、実際にはいどうぞと全部差し出されても困っちゃうんだけど……。
その後もシアさんの説明は続いていく。次は各生産部屋を回りながら、他にどんな生産スキルがあるのかを学んでいく。
見知った顔、お友達も何人か見かけたが、スキル上げや試行錯誤に忙しそうなのと、まずはチュートリアルを終えてしまいたいので少し話した程度でお別れしている。
しまった、折角会えたのにフレンド登録を完全に忘れてた。大失敗しちゃったなー。
まあいいや、入り口で待ってれば出て来るときにまた会えると思うしね。それより受けた説明を纏めてみよう。
この工房で入手できるスキルは、大分類として、『調合』、『鍛冶』、『裁縫』、『料理』の四種類。
なんだ意外と少ないな、と思ったら大間違い、『調合』を例にすると、調合するのに必要な材料を見極める『薬草知識』などの採取系のスキルもあるからだ。
勿論それは『調合』のみに使われる訳ではなく、別の大分類スキルに使われる物もある。『調合』に近いところだと『料理』かな?
それに何より、この工房で入手できるスキルは四種類、という事は、ここ以外にもスキル入手の場は用意されていますよ、という意味だ。
これはあれだね、終わりの見えないスキル上げ地獄が待っていると見た。でも生産系の職業が大好きな人はそれこそがいいとも言うよね。その辺りの拘りはリアルにも通じるものがある、スキルマニアというものはどこにでもいるものだからね。
大分類のスキルはいつでもお金さえ払えば手に入るみたいなのだが、焦らずともチュートリアル終了時に一つだけ選んで無料で貰う事ができる。
それと、その選んだスキルに関係する中分類的なスキルも一緒にいくつか貰える、というのが生産系チュートリアルを先に選んだ場合の特典らしい。
説明も一通り終わり、入り口のやや広めのロビーまで戻って来た。丁度テーブルと椅子がいくつかあったのでここで休憩させてもらう事にしよう。
「お疲れ様でした姫様。かなり簡単に説明してしまいましたが、こういったゲームに慣れていられる姫様でしたらそこまで詳しい説明は必要ありませんよね? もし分からないところ、疑問に思う事柄等ありましたら、お気軽に、私に、ご質問くださいね」
私に、を強調して言うシアさん。他のプレイヤーさんに聞いてはいけないんだろうか……。まあいいや。
「ありがとシアさん。それじゃ早速だけど、オススメの生産スキルってある? 私は『調合』が気になってるんだけど……」
そういえばロレーナさんは調合部屋にいなかったな……。でもそれも当然かな? リアルとは別の事をしたいと思うよね。
「そうですね……。確かに回復アイテムを自分で都合できるのは便利かつ有利な事だと思います。特に体力回復のポーションは使用頻度が高いでしょうからね、露店販売も安定した数の売り上げが見込めるのではないかと。勿論品質と値段の兼ね合い等をきちんと把握する事が必要不可欠ですが、ね」
うんうん、回復アイテムはどのレベル帯でも必須の筈だもんね。
「『調合』に決めるよ! シアさんお願い!」
「はい、可愛らしいです! それでは簡単にで申し訳ありませんでしたが、これにて生産スキルのチュートリアルを終了致します。改めてお疲れ様でした」
そう宣言すると、シアさんは深くお辞儀をする。
そして顔を上げるとほぼ同時に、例のポーンという音と共にメッセージが表示された。
「あ、スキル獲得のメッセージかな? 新しいスキルが手に入るとワクワクしちゃうよねー」
「ふふふ、そうですね。はあ……、今日はなんと幸せな一日なのでしょう。一喜一憂される姫様のあまりの可愛らしさに癒され続きです、本当にありがとうございます。では、紅茶の用意を致しますのでごゆるりとご確認ください」
「はーい。変なお礼言わないでよ恥ずかしい……」
ずっと上機嫌な、しかも鼻歌混じりという珍しい状態のシアさん、と絡むのはちょっと怖いので、大人しく入手したスキルを一つ一つ確認していく。
確認しながら辺りをよく見ると、私と同じ様にウィンドウを開き、突付いている人が何人も見える。どうやらウィンドウを開いているところは他人も見る事ができるが、表示されているものまでは見えないみたいだ。なるほど上手くできている。
……うん?
すぐ隣のテーブルで、一組の男女、椅子の異常なまでの近さから見るに恐らく恋人同士、がウィンドウを開いて何やら言い合っている。
痴話喧嘩は他所でやってくださいと言いたいが、そんな勇気も度胸も無いので黙っておく。会話の中身に興味があったのも確かだが。
「なんでゲームの中でそんな仕事みたいな事やらないといけないんだよ!? 俺が前衛の戦士でお前が後衛の魔法使いでいいじゃねえか。なあ、今からでも遅くないから戦闘系のスキル買いに行こうぜ?」
「戦うなんてそんな怖い事、いくらゲームの中でだって運動音痴な私ができると思う? そんな事よりあなたは『鍛冶』を取ってよ、私は『料理』を取るから」
うんうん、ゲームの中でも戦うなんて女の人には難しいよねー? ……うわ、ポーションの調合に使う液体、ベースポーションもスキルで作るのか、めんどい。これは工房の中の販売所で買えるっぽいかな。
「『鍛冶』ぃ? うわあ、だるそうだなオイ、鍬とか鎌の手直しとは訳が違うぞそれ。ま、それは置いといて、お前は『料理』でいいのか? どうせなら『調合』の方が役に立ちそうなもんだけど」
「甘い甘い、みんなそう考えるのよ。まず一番人気って言ってもいいのが『調合』ね。でもその分素材集めとかさ、露店販売の競争が激しいの。最初はみんな横並びで仲良くやってくんだけどね、結局は一握りの廃人共が市場を握って、一般からそれなりのプレイヤーは細々とやってくしかなくなるのよ。買う分には何の問題もないどころか大助かりなんだけどね。でもね? 『料理』は違うのよねえ、フフフ……。まず料理って面倒そう、難しそうってのが考えに上がってこない? リアルで誰だって見て触って知っているものなだけにね」
「ああ、まあな。俺には無理だな、多分」
うんうん、と頷く男の人。
私もつい釣られて、うんうんと頷いてしまう。
「そう、その考え。どのゲームでもね、『料理』をメインにやってこうって人は少ない訳よ、あ、そりゃ初めの内は沢山いるわよ? 実際結構な人数いたでしょ? でもね、料理のステータスアップの効果を頼りにしだすのって、序盤じゃまずありえないでしょ? 態々使うほど戦闘もきつくないからいくら作っても売れない。だから必然的にみんな料理なんて後回しにしちゃう訳よ。それこそ『調合』を取り直してでもね」
「へえ、そんなもんか? んじゃ、なんだ、『料理』は暫く赤字で頑張るのか?」
「んーん、赤字にはならないと思うわよ? だって『料理』に必須の調理器具以外は全部採取で採れるでしょ? 勿論お店とか他の人から買えば赤字になっちゃうし、料理の種類次第では採取できない材料だってあると思うわ。だからよっぽどの事がない限りその辺は無視して、採取オンリーで作っていける物だけでスキルを上げていくの。元手がゼロなら売ろうと思えば安く売り叩いちゃうのも一つの手だし、簡単な料理でも序盤からある程度好きに使えるのは強みよ」
「なんつーか、ケチくさいなお前。主婦か!」
「いや、私アンタのお嫁さんだし、主婦よ!」
結婚していらっしゃるんですか!?(驚愕)
ええー!? 彼女さんまだ中学生くらいに見えるのに……。あ、旦那さんはシアさんと同じでロリコン趣味の人なのね、目を合わせないように気をつけなきゃ。
「まあ、言いたい事は大体分かった。俺の『鍛冶』はどうしてだ? それなら俺が『調合』取るってのも、『料理』取って採取だけを極めてくのもありだろ。やらないけどな」
「一言多いわよ。『鍛冶』は武器とか防具の生産だけじゃなくて、もう一つ大事なもの、修理があるでしょ? だからあなたは修理メインで生産は別に趣味程度でもいいわよ。どうせ生産職なんて元から真面目にやるつもりは無いでしょ」
「ああ! 修理があったか。確かに装備品の修理っていつまででも必要になるよなあ。お前ってやっぱあったまいいよな。さっすが俺の愛する奥さんだぜ」
きゃあ恥ずかしいセリフ! でもホントにね。こんなに可愛くて、さらに頭がいいやり手の奥さんを貰えるとか、運がいいねロリコン旦那さん。
「ふふん、この程度常識よ。誰だって先に装備品作る事にばっか目が向いちゃうからね、あなたは修理専門の職人になればいいのよ。それなら人さえいればスキル上げには困らないし、せっせと頑張って素材集めしたりしなくて済むでしょ。いつも村でやってる農具の修理程度に思っておけばいいのよ」
「なーるほどなあ。で、ここで話は戻るんだが……、俺は戦闘をメインでやっていきたいんだよ! お前の考えは理解できるけどめんどくせえ!! ゲームってのは遊ぶためにあるんだぜ!?」
うわ! ここで全部台無しにしちゃったよ! しかし一理ある事は確か。ロリコンさんも高校生か大学生くらいだし、そう考えちゃうのも当然だよねー。まさに男の子(?)だ。
「遊びだからって手を抜く訳にはいかないの! あれよ! 色々なゲームで廃人生活をし続けてきた私の血が騒ぐのよ! ハートが震えるのよ! 燃え尽きるほどにヒートするのよ!!」
彼女さん、いや、お嫁さんは廃人勢の方でしたか……。仲良くなれそうな気がしないでもない。
「戦闘系の廃人になればいいじゃねえか!! とにかくお前が楽しめてもな、俺はそんなんじゃ楽しむどころかイラついちまうわ!!」
「それじゃもう勝手にしなさいよ!! 私は私で好きにやるんだから! このわからず屋!!」
「どっちがだ!! くそっ、折角お前と一緒にゲームできると思ってたのによ……」
あーらら、ホントに夫婦喧嘩になっちゃった。考え方の違い、好みの不一致っていうのは、結婚してからもずっと付き纏うものだからね、しょうがないよね。
シアさんは痴話喧嘩を聞いて満面の笑みを浮かべているので、私にできる事は早く仲直りできるといいね、と女神様に祈ってあげる事くらいだ。
まったくシアさんは……、背中を向けてるからって露骨にいい笑顔しすぎ! 趣味悪いよ? もう!
とにかくお互いにそのヒットした頭を冷静にさせる事が重要で必要不可欠! 以下レスひ不要です!
「私だって本当はあなたに美味しい料理作ってあげたかっただけなのに……。だってリアルじゃ全然上達しないんだもん……」
おや?
「ん? いや、最近はそうでもないだろ? 野菜も満足に切れなかったお前が、今じゃ普通に食えるモン作れるようになったじゃねえか。俺は好きだぜ? お前の料理」
ほほう?
「ありがとね。それでも好きな人にはもっと美味しい物を食べてもらいたいものよ? それが例えゲームの中でだってね」
きゃー! お嫁さんいじらしいわ!
「俺はお前と一緒にいられるだけでも充分幸せだけどな」
「私だってそうよ……」
肩を寄せ合い見つめ合う二人。テーブルで死角になっていて確認はできないが、恐らく下では手を握り合っているだろう。
そして今度は露骨に嫌そうな顔をしだすシアさん。自重してください。
何あれ、兄様と姉様を思い出しちゃう。さっきのは喧嘩じゃなくて、あの二人にとってはいつものやり取りなのかもね。理解し合って、じゃれ合ってるみたい。
「あー、悪ぃ。もうちょい考えるか、お前の考えは正しいと思うしな」
「そうね、ごめんなさい。でも、ううん、正しくはなかったと思う、あなたの言うとおりゲームは楽しまなくちゃ損よね。それじゃ、戦闘系のスキルも見に行きましょっか? 私も実は魔法を使ってみたかったのよね、ふふふ」
すっかり仲直りし、ラブラブな雰囲気を醸し出しながら席を立つ二人。やっぱりその手は固く握られていた。恋人繋ぎで。
そして何故か二人はこちら、私達に向き直り、
「お騒がせしちゃってすみませんでした。機会があったら今度は一緒にどこか行きましょうね、バレンシアさん」
「やっぱお前の知り合いのメイドさんだったか。あ、それじゃ、俺たちはもう行きますんで、騒いじゃってすんませんっした」
軽く頭を下げてから去って行った。
…………なぬ?
「シアさんのお友達だったの!!?」
「ええ、まあ、お知り合い程度ですね。まったく、いつまで経っても新婚気分で中睦まじく、忌々しい……」
チッ、とお行儀悪く舌打ちするシアさん。なんてはしたないメイドさんだ。
他人の幸せにケチ付けないの!! 馬に蹴られても知らないよ? それでもシアさんなら避けちゃいそうだけど。
まったく、先に言ってくれればちゃんと挨拶もできたのに……。お友達になれるかもしれなかったのに! ……いや、あのラブラブ状態に割って入るのはさすがに無理があったか。それこそ馬に蹴られてなんとやらだ。
ここでまた、ポーンという音の後、メッセージウィンドウが表示された。
『新たなスキル[オラクル]を習得しました! おめでとうございます!!』
……はい?
す、スキル一覧!! どこだどこだ……、と、あった! 『特別』の中か。ええっと、説明がみたいなー、っと……。
[オラクル]
特別:個人技能 パッシブ
説明:
神のお告げを、一方的に、無理矢理、二十四時間どこでもどんな状態でも送り付けられるようになる。
内容はためになるお話から、どうでもいい世間話、あからさまな嘘、愚痴、寝言等、他にも各種様々。
着信拒否は絶対にできない。
*このスキルは削除する事ができない。
いいいいいい、いらねえ!!(ソルボイス) なんという……、なんという地雷スキル!!
またもやポーンという音と共にウィンドウが開かれ、そこには『お告げを聞く』のボタンのみが表示されている。聞かずに閉じる方法は……、残念ながら本当に無さそうだ。
いやいや、ためになるお話もあるって書いてあるじゃない。と、無理矢理自分を納得させて、恐る恐るボタンを押してみると、
(こほん、女神様の今日の一言。『夫婦喧嘩は犬も食わないとよく言いますが、実は普通に食べます』)
女神様の声が頭の中で再生された。
「嘘だッ!!!」
「姫様、お、落ち着いてくだ……、ぷっ、ふふふっ。……くっ、不覚!」
あ、シアさんにも聞こえるのね……。
続く、かもしれません!