プロローグ 始まりへの終わり
大陸の最先端に位置する極東の国オラル。
建国から約200年の歴史を持ち人口約300万人の国。
太陽が海より顔を出す肌寒い朝。
農夫達がそれぞれに農具を持って仕事に出かけ、漁師は海に出た成果を捌いている時間である。 しかし、この日は鳥たちの泣き声が聞こえるほど物静かであった。
警備にあたる兵士はあくびを噛み殺しながらこれから行われるある行事について無駄口を叩いている。
それは二週間前に国王が病で他界し、その娘が国王に即位するのである。
その為か、朝から人々は王宮のある方面に向かった。
稲穂が金色に色を成す今日、穏やかな日差しの下人々は忙しそうに同じ方向に向かって駆けていく。
とある国の城にて一人の少女が多くの騎士に囲まれて両手を広げて訴えかける。
鎧を纏った男たちがその一言を聞き逃さんと静寂を保つ。その表情は一人一人が真剣そのものであった。
彼女の名カレルア・オラル。 このオラル領の領主である。
「私は何よりも平和を尊ぶ。 このままでは戦争など終わるわけない。 よって、我が国での騎士制度の廃止をここに宣言する!」
そう、国主なのだこんなのが。
1人立派な鎧を着た男が主人の言葉に待ったをかける。
「敵国はしつこく我が国にちょっかいを出し続けている。 この状況が続けば戦争になる可能性は決して低くはない。 このことを念頭に置きこれからの鍛錬もより一層精進するように。 あと、カレルア様の言葉はいつもの病気だからきにするな。 解散」
騎士たちが解散したあと領主の執務室に呼ばれた。
あの国主は自分が考えた案を却下された上にバカ呼ばわりされたことがよっぽど頭にきたらしい。
ため息をつきながら部隊長たちにこれかの指示をだし執務室に向かう。
重厚感のある扉を開けるといかにも不機嫌ですよという顔をした少女が腕を組んでいる。
「何の用だこの忙しい時に」
「ふん。 その空っぽの頭でよく考えるのだな」
「用がないなら失礼する」
鎧をガチャガチャ鳴らしながら部屋を出ようと回れ右をした瞬間、すこし焦ったような声で静止をするよう言ってきた。
「待て、待てこの愚か者が! どこに自らの主の言葉を無視して出ていくバカがいるか!! 無礼だとは思わんのか」
「ならば要件を言え」
怒りを押し込めるような唸り声をあげる主を見ながらやることの順序を頭の中で決めていく。
やげて、諦めたのか少女はきりだした。
「お前は戦争無き世界。 だれもが安心して暮らせる世をつくろうという思想が間違えだというのか?」
「それは不可能だよ。 闘争は人の本能だ。 そんなことで呼ばれたのならこれで失礼する」
「まて! まってよ。 ならば我が国から武力の象徴とも言える騎士をなくせば他の国も放棄するのではないのか。 そして、人は本能を制御できる生き物だ! 私はそれを知っている。 それに争いは悲しみしか生まない」
やはり、この少女は夢見がちな幼児のままだ。
今は亡きドンラウ・オラル様はこの少女を相当甘やかしたらしい。
いまもまだ平和についてや騎士をなくせなどと長々と演説している。
唯一の救いはこの場に他に人間がいないことだ。
どうやら、長々しい演説は終わった。
意見を求めるようにこちらをただ黙って見つめている。
このままではたぶん帰してくれないだろうし、まだ仕事が山ほど残っているのだ。
「なら構わん。 ただし、やるのならば解雇してからにしてくれないかね。 別に君に忠義を誓って騎士になったわけでもないからね」
心残りはある。
ドンラウ様に忠義を誓いこのオラルで長い見習い騎士期間も苦しい戦闘も経験し、この護衛騎士隊長という職にも就いた。
齢六にて騎士を志す。
二十三にて自力を認められ騎士となり。
三十にて今の地位までのぼりつめた。
この身を包む武装こそ我が人生といっても過言ではない。
この国の騎士を全て解雇するというのなら遅いか早いかの差でしかない。
ならば、そうそうに他領地にて雇ってもらうための準備をするのも悪くわない。
そして、このバカが騎士制度をなくすということがどういうことなのか知るのはそう先の未来ではない。
思考を内面に向けている間にどうやら主は決心したようで重々しい声で我が国にてお前の騎士としての地位を剥奪すると言った。
「お世話になりました。 カレルア様」
最後に騎士としての最も深い礼をして部屋から退室し、足早に騎士詰所に行く。
詰所には昔から肩を並べて死地を生き抜いた同期がいつものように得物の手入れをしていた。
「キューデヌ」
「なんだ、お前か。 珍しいこともあるもんだな。 いつもならカレルア様のおもりと各騎士に向けて指示に後輩の訓練の指導とかで駆け巡っているのに」
「あぁ、ついさっきに騎士の任より解かれたからな」
キューデヌは理解できていないのかしばらく得物を見つめたまま止まっていた。
「……、うん?。 解雇されった……おまえが?」
「あぁ、後のことは任せたよ」
「おぉ、わかった」
「じゃぁな」
つげることだけをつげると素早く詰所から離れる。
あの様子だとキューデヌは理解していないだろう。
その証拠に詰所から離れて十秒後くらいにキューデヌの大きい声が響き渡っていたのだから。
城下町のはずれに少しだけ立派な家がその存在感を放つ。
この存在感を放つ言えこそが十数年とかけてためた金で買ったマイホームである。
家に入り、騎士甲冑を脱ぎ寝る。
早々に仕事をしようと思ったが、今までが大変だった為、自由を謳歌してから再就職で構うまい。
それにあのバカのことはキューデヌに任せてある。 騒ぎなどすぐに起きることはまずありえない。
あいにく、金には困らないくらいには蓄えもあり、しばらくは働かなくてもいい状態である。
少し観光などするのもいいだろう。
今後のことを考えていると体を睡魔が襲う。 特に抗うこともせず夢の世界に旅立った。