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省吾と別れた。
その原因は私。私は自分から言葉をだそうとはせず、なにかを話しても短いとても短い言葉だけ。それだけで相手がわかってくれるのを期待する。コミュニケーションの一方通行。私が話すときそこにはちいさな誤解が生まれるのだ。伝わらない、伝えてこない、それらが両者を不安にさせる。黒いものがどんどん積もっていく。そして破裂したのだ。
今まで騙し騙しやってきたことが集まって、取り返しのつかなくなっていた。いろいろなところが破れ、いたるところに綻びが溢れかえる。私なりに気持ちを伝えようと努力し、彼と何度も話し合った。どれだけ私が貴方を想い必要としているか、私なりに一生懸命に彼にぶつけた。それは普段の私には考えられないことだった。それでも、もう直すことができないところまできてしまっていた。
省吾との出会いは友達の沙希の紹介。大学を卒業し彼氏もつくらず、ふらふらしていた私を心配した沙希が気を使ってくれたらしい。ひとつ年上の省吾は、そのときちゃんと会社に勤めていた。それだけで私は、省吾に真面目そうな印象を持った。大学を卒業してから一年間、自由に過ごしていたけれど、どこかで不安を感じていたのかもしれない。それと、すごく優しそうだなと思った。
それから私達はよく遊ぶようになった。仕事を抜けてきた省吾と二人でランチを食べたり、沙希の彼氏の青木さんと四人でお酒を飲んだり温泉に行ったりもした。恋人ではないけれど、会えば楽しい関係。頻繁に電話をする間柄。
夏が終わった秋に、私と省吾の二人で沖縄に行くことになった。最初は沙希と青木さんも行くはずだったのだけれど、当日、沙希が熱を出し行けなくなったのだ。青木さんも看病のため不参加。私と省吾も、旅行を取りやめようと思けど、沙希が気を使って、
「私のことはいいから楽しんできて。キャンセルしてもお金帰ってこないし、もったいないよ。ガジュマルの木も待ってるしね」そう微笑んだ。
私も省吾も「ガジュマルの木が待っている」という沙希の言葉に、ものすごく心を惹かれてしまった。そうして結局二人で行くことにした。
出発の前、
「頑張ってね」と熱で赤くなった顔で言う沙希。本当に恋が好きなんだな、この子悪魔は。
けれども、省吾を勧めてくる沙希には申し訳ないが、その頃の私は他に気になる人がいた。習い事で行っていた琴の先生で40歳手前。顔がカッコいいとかお洒落とかではなく、ただ単に雰囲気が好きだったのだと思う。妻子持ちだったけれど、一度でいいから床を共にしたいと強く想っていた。
省吾と二人きり旅行を気楽に行けたのは、まだお互いに恋愛の対象と見ていなかったからだと思う。仲の良い友達。ただ性別が違うだけで、決して男と女ということではなかった。
この旅行が二人の恋のきっかけ。私達はそこで毎日のように何かに感動し、お互い惹かれあうようになっていった。
沖縄特有の植物の瑞々しさや潮の強い香り、美味しい独特な料理やそこに暮らす人々の笑顔。海の中のヴィヴィットな色の魚たち。ガジュマルの木。ひたすらに感動した。そして私達は、バカみたいに青い海に夕日が沈んでいく圧倒的な光景に出会うことになる。
空と海の境がわからないほどの濃い青の世界が、太陽が降りてくることで、様々な色を生み出す。赤、黄色、緑、青。水平線から大きな虹が光を放つ。二人は呆然とそれを見ることしかできなかった。
その日私達は、胸を打たれた景色について延々話し、はしゃぎながら泡盛を飲み、そこにいることができた奇跡に互いに感謝した。そして、その夜に彼とセックスをした。同じ瞬間のなかに存在したという、なにか共犯者のような連帯感がお互いを求めあうものになったのだ。
それが二人の恋の始まり。
そこからずっといっしょにいた省吾はもういない。「失ってから始めてわかる」使い古された言葉。使い続けられている意味が初めて判った。私の一部分がなくなっていく、それが確かなものとして実感できる。それほど彼の温もりが大きかったのだ。心に海で見た珊瑚のような穴を空ける。これをどうしたらいいのか私にはわからない。ただわかっているのは、自分のことでさえわからないのに他人のことなんてわかりっこないってこと。
空に手をまっすぐに上げる。太陽と雲が混じりあう白と橙のアイスクリーム。初夏の晴れに雪がふる。指先に風を感じる。私はその流れを掴みたかった。