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人と人との関わりのなか、ちょっとしたすれ違いやわずかな誤解が生まれる。世の中に嫌というほどおこっていること。
このところ私のなかには、そんな他人にとってどうでもいい、当人達にとってお腹が痛くなるような問題が、雪の降り積もるように増えていった。
些細なことから省吾とケンカをし、関係がこじれた。厚く積もった雪が足を取り、私の歩みを遅くしていく。どうにかすればいけないのに、その術をしらない私はただただ流れに身を任せるだけ。歯を犯す虫歯のように、早くしないと手遅れになる。疲れた身体、晴れない心。それが職場での人付き合いや、友達との関係にも悪い影響を及ぼした。
「なんか言ってくれよ」
省吾の言葉。この言葉から、いつも言いたくて言えなかったのだと感じた。
またか。そう思う。私はあまりしゃべらない。どんなことを話して良いのかわからないし、自分の、嬉しさや悲しみを伝えるのが苦手なのだ。自然と自分の気持ちを表に出せる人が羨ましい。物足りなさや寂しさを、言葉少ない私は恋人に感じさせてしまう。心理学では、一日に男は2000語、女は4000語話すと満足する。そんなことを前に見た雑誌に書いてあったが、私には1000語でも多いぐらいだ。
コミュニケーションが極端に下手な私に、なにができるというのだろう。
夜、テレビをぼんやり見る。
いろいろなことを考えすぎて、身体の中から強い気持ちが染み出していく。カラカラの身体をめり込ませるように、古い壁に寄りかかった。動きたくない。なにもしたくない。
しばらく死体のようになっていたが、人の頭はいつも働くようにできているらしい。考えたくもないのに、嫌なことが浮かんでくる。こんなときぐらい休んでいてもよいのに。
他のことを考えようとする。とはいえなかなか代案がなかなか思いつかない。風がガラス窓の横をすり抜け、ガタガタという音が家の中で鳴った。テレビを消し音に耳をかたむける。この家で私はひとりだ。
ため息をひとつ。代案を探すのをあきらめ、いつもそばにある日記について考えることにした。
まず意味がわからない。
具体的に書かれていることはあの人のことだけだし、小難しい文章と幼い子供のような言葉の羅列のみだ。詩人のつもりだろうか。
神経質なんだ。そうに違いない。実際これを書いた人がいたら、いっしょにいたくないと思う。細かい人は嫌いだ。
とはいえ、そんな人の書いたものを、好き好んで読んでいる私はどううなのだろう。
ぼん、ぼん、ぼん。12回。柱にかかったゼンマイ式の時計がなった。その音は思考の海で溺れている私を助けてくれた。なんてアホなことを考えていたのだろう。現実に救出された私は、空腹感に襲われた。ため息をひとつ。そういえば帰ってきてから何も食べていない。
『マッチ一本 タバコがじゅわり
もくもくもくもく ドーナッツ
頭のうえで浮かんでる
もくもくもくもく 入道雲
吸いすぎに注意しましょう
もくもくもくもく わたがっし
甘いあまい思い出
もくもくもくもく ふーとひといき
風になる
もくもくもくもく 好きな人
大切なあなたの思い
大嫌い
人にやさしく』
人にやさしく。そうだよなぁと思う。
すこしだけなんとなく元気が出た。