第六話:灰色の世界に灯った「奇跡の緑」
私の名前はミーナ。この『アッシュランド』で生まれ、空から降る灰しか知らない。
お父さんもお母さんも、ゴホゴホと咳き込みながら、石みたいに硬い地面を耕しては、ひょろひょろの麦が枯れるのを見て泣いていた。
「……ねえ、あの貴族様、今日もあそこにいるの?」
私が指差した先には、キラキラした刺繍の服を脱ぎ捨てて、泥だらけの麻シャツ姿で村の人たちと笑い転げているアルス様がいた。
最初は怖かった。前の領主様は、馬車から降りるなり鼻をつまんで「汚らわしい」と吐き捨てたから。
でも、アルス様は違った。私が震えながら差し出した、泥の混じった水を「美味しい!」って笑って飲み干してくれた。その時、アルス様の指先が私の手に触れて、なんだか不思議な、ポカポカする温かさが伝わってきたのを覚えてる。
「ミーナちゃん、今日も手伝ってくれるかな? この『魔法の粉』を、あそこの畝に薄く撒いてほしいんだ」
アルス様が私を名前で呼んでくれた。貴族様が、私みたいな灰まみれの子供を。
私は嬉しくて、一生懸命に白い粉(アルス様は『石灰』って呼んでいた)を撒いた。
それから数日後の朝。村中に、地鳴りのような叫び声が響いた。
「出た……! 芽が出たぞ!!」
私が慌てて広場へ走ると、そこには信じられない光景があった。
昨日まで死んだように灰色だった地面から、鮮やかな、目が痛くなるほどの「緑色」が、無数に顔を出していたのだ。
「……嘘、綺麗……」
それはアルス様が修復した古文書の知識と、村のみんなで耕した汗の結晶だった。
アルス様は、ロイさんとリィナさんに挟まれて、静かにその芽を見つめていた。
「みんな、これは『クローバー』だ。まだ食べられないけど、これが土を耕し、次の麦を育ててくれる。……この土地は、もう死んでないよ」
アルス様がそう言った瞬間、村の大人たちが次々と泣き崩れた。
お父さんも、お母さんも、泥のついた手で顔を覆って。
私は、アルス様の横顔をじっと見た。
この人は、魔法使いじゃない。私たちが諦めていた「明日」を、ボロボロの古い紙の中から見つけ出して、自分の手で繋ぎ合わせてくれたんだ。
「アルス様!」
私が駆け寄ると、アルス様は優しく私の頭を撫でてくれた。その手は、お父さんと同じように土の匂いがした。
「ミーナちゃん、見てごらん。これからここを、世界で一番綺麗な緑の村にするよ。約束だ」
その言葉を聞いたとき、私の胸の奥で、何かがトクンと跳ねた。
この人の背中をずっと追いかけていたい。この人が作る未来を、一番近くで見ていたい。
灰色の空の下、私の世界に初めて「色」がついた瞬間だった。




