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第十七話 祝福の雫、そして地平の彼方へ

アルスが女王の「概念修復」を終えた瞬間、世界樹の根の深淵から溢れ出したのは、濁った闇を焼き払う清浄な黄金の波動でした

翡翠の森を揺らしていた毒々しい瘴気が、一瞬にして霧散していきます。

 世界樹の幹から剥がれ落ちた「蛇」の残滓は光の粒へと変わり、それは慈雨のようにエルフの里に降り注ぎました。

『……よくやった、情報の賢者よ。世界樹の脈動は、今、正しいリズムを取り戻した』

 アルスの意識の傍らに、再び大精霊アトラが姿を現しました。その神々しい銀色の姿は、今や一点の汚れもなく輝いています。アトラが一声鳴くと、里中の枯れかけた草木が一斉に芽吹き、エルフたちの肌を蝕んでいた黒い紋様が跡形もなく消え去りました。

「……あ、ああ……体が、軽い……」

「マナが……森が、笑っているわ!」

 里の至る所で、エルフたちの歓喜の叫びが響き渡ります。

【医療天幕にて:小さな約束】

「……フィオちゃん。ほら、もう痛くないでしょう?」

 リィナが優しく声をかけると、ベッドの上で眠っていたエルフの少女・フィオが、ぱちりとその瞳を開けました。そこにはもう、黒いノイズはありません。透き通るような翡翠色の瞳が、リィナを真っ直ぐに見つめます。

「……おねえさん。……からだ、あったかいの。ふしぎ……」

「それはね、アルス様が世界樹を『直して』くれたからよ。フィオちゃん、これからはもう、お外でいっぱい走っても大丈夫よ」

 フィオは嬉しそうにリィナの首に抱きつきました。その様子を、エルフの大人たちが涙を流しながら見守っています。人間への不信は、リィナの献身と、アルスの奇跡によって、永遠に語り継がれる「感謝」へと書き換えられたのです。

【賢者の眼差し:海の向こうへ】

 里の中央、大樹のバルコニーで、アルスは女王エルシィと並んで、祝福に沸く里を眺めていました。

「……アルス様。貴方は、私たちエルフの救世主です。……この御恩、シルヴァニアの歴史が続く限り、決して忘れません」

「いいえ。……僕はただ、あるべき姿に戻しただけです」

 アルスは柔らかく微笑みました。足元ではハティが誇らしげに胸を張り、ロイとサバスが静かに控えています。

 一時の安寧。しかし、アルスの瞳は、祝祭の光のその先――暗い海を隔てた、遥か東の水平線を見据えていました。

(……邪神崇拝者。そして、ゼノス帝国。……世界樹を蝕んでいたのは、単なる病じゃない。あっち側には、もっと強大で、歪んだ『意志』がある)

 情報の修復師としての本能が告げていました。本当の戦いは、これからなのだと。

【故郷への想い】

「……ロイ、サバス。……一度、僕たちの『聖都マイ・ルミナス』に戻ろう」

「はっ。……閣下の帰還を、領民たちも首を長くして待っていることでしょう」

「フィリア様やレオ王子、ハンス殿にも、早くこの吉報を届けねばなりませんな」

 アルスは目を閉じ、遠く離れた自らの領地に想いを馳せました。

 白亜の街並み、活気に満ちた市場、そして自分を待っている婚約者の笑顔。

 故郷を守るために、自分はさらに強くならなければならない。

「……ミーナ。次の『修復』の準備はいいかい?」

「はい、アルス様! 私、もう次のノートの準備はバッチリです!」

 エルフの国を包む祝福の鐘の音を背に、アルスは心に決めました。

 この美しき世界を、二度と「劣化」させはしない。

 賢者の旅路は、新たな決意と共に、次なるステージへと向かって加速していくのでした。


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