第十六話 深淵の断片と、千年の蛇
エルシィ女王の寝所、世界樹の根が脈打つ聖域の最深部。
アルスは黄金に輝く手を女王の胸元に添え、その意識を「概念の深淵」へとダイブさせました。
アルスの視界が、物理的な光景から「情報の奔流」へと切り替わります。
女王エルシィの生命維持を司るコードの周囲に、真っ黒なノイズが幾重にも巻き付き、その核を食い破ろうとしていました。
「……これだ。世界樹の魔力を吸い上げ、女王の魂を『苗床』にしている『バグ』の正体」
アルスが『概念修復』の術式を展開し、黒いノイズを剥ぎ取ろうとした、その瞬間――。
ノイズが意志を持ったかのように蠢き、一つの「顔」を形成しました。それは精神世界で退けたはずの、『蛇の抜け殻』の首領の断片。
『ククク……。情報の賢者よ。貴様に、この「蛇」の正体が解るか?』
首領の嘲笑と共に、アルスの脳内に「修復」の副産物として、数千年前の古い記憶が流れ込んできました。
そこにあったのは、精霊でも魔導師でもない。この世界が形作られた当初から、陰に潜み続けてきた【邪神崇拝者】という名の狂気。
「……数千年前から、この世界を『エラー』として解体しようとしてきたのか……!」
『そうだ。我らは歴史の余白に潜み、世界の摩耗を待っていた。世界樹を枯らし、既存の理を崩壊させた後にこそ、真の神による再創生が成る。……これは、この大陸だけの話ではない』
首領の影が、遥か東の水平線の向こうを指差しました。
そこには、ルミナスやサンライトを遥かに凌駕する巨大な魔力の揺らぎ――【大帝国ゼノス】の残影が揺らめいていました。
『海を越えた先、真の覇者が君臨する地。そこには、貴様が「修復」しようとしている理を、根底から否定する「究極の崩壊」が待っているぞ……!』
「……今は、君の汚いプログラムを掃除するのが先だ」
アルスは不敵に笑うと、ソル・レイスの輝きを自身の右腕に同調させました。
「『概念修復・因果消去』!!」
一閃。
女王の心臓に巣食っていた黒い蛇が、アルスの放つ圧倒的な「正しき秩序」の光に焼かれ、悲鳴を上げて消滅しました。
同時に、世界樹の根から溢れ出していた毒が、清らかな癒やしの雫へと書き換えられていきます。
現実世界:女王の覚醒
「……は……っ……!」
女王エルシィが大きく息を吐き、その翡翠色の瞳をカッと見開きました。
胸元の黒い刺青は消え、代わりにそこにはアルスの修復の証である、淡い黄金の紋様が刻まれていました。
「……アルス、様……。……助けて、いただいたのですね……」
「ええ。もう大丈夫です。……あなたの心臓に巣食っていた『蛇』は、僕がこの手で噛み砕きました」
女王が起き上がった瞬間、聖堂の外から歓喜の声が響き渡りました。
ロイとサバスが守り抜き、リィナが癒やし続けたエルフの里に、真の「春」が訪れたのです。
しかし、アルスは立ち上がり、窓から見える水平線の向こう、サバスの報告にあった「海を渡った先の帝国」の気配を、静かに見据えていました。
「……サバス。首領の正体、そしてその根源……。どうやらこの世界、僕が思っていたよりもずっと広いみたいだ」
「……左様でございますな、閣下。……掃除のしがいがあるというものです」
女王の救出、そしてエルフの里の再生。
アルスの戦いは、やがて海を越え、世界の真実を巡る「神代の決戦」へと繋がっていく予感に満ちていました。




