第十三話 翡翠の嘆きと、修復の胎動
ハティの仲裁によって辛うじて剣を収めたエルフ警備隊に導かれ、アルス一行は巨大な睡蓮の葉が浮く水上都市、精霊王国シルヴァニアの深部へと足を踏み入れました。
そこは、サンライト王国側から見た黄金の輝きとは対照的な、静謐な翡翠色の光に満ちた世界。しかし、その美しさを削り取るように、至る所でエルフたちが黒い斑点に身体を蝕まれ、苦しげな吐息を漏らしていました。
「……これは、ひどいな。大気中のマナそのものが変質している」
アルスが周囲を鑑定すると、エルフたちの体内にある魔力の循環系が、外部からの「不純なコード」によって強引に書き換えられているのが見えました。
「アルス坊ちゃま、ここは私に任せてください。……ロイ、運搬を手伝って。サバス、汚染された水の浄化を」
リィナが鋭い指示を飛ばします。彼女のスキル『万象の調律』が、エルフたちの絶望的なバイタルを瞬時に把握。アルスから授かっていた現代薬学の知識――「抗生物質」と「魔力濾過」の概念を魔法で具現化し、即設の治療所を立ち上げました。
「リィナさん、すごいです……! 苦しんでいたエルフさんたちの顔に、赤みが戻ってきました!」
ミーナもリィナの助手として、清潔な布と「中性化された水」を配り歩きます。人間を拒んでいたエルフたちも、献身的に動く彼女たちの姿に、少しずつ驚きと感謝の色を浮かべ始めました。
女王の寝所:黒き蛇の呪い
一方、アルスは警備隊長の案内で、世界樹の根が最も太く絡み合う「最深の聖堂」へと入りました。
そこには、透き通るような銀髪を持つエルフの女王、エルシィが横たわっていました。しかし、その美しい胸元には、心臓を直接締め上げるような「黒い蛇の刺青」が、ドクドクと脈動を繰り返していたのです。
「……アルス閣下。これが、我らシルヴァニアを滅ぼそうとしている呪いにございます」
案内した隊長が、悔しげに膝をつきました。
アルスは一歩、女王の枕元へ近づきました。
ソル・レイスが鞘の中で、微かな高周波の音を立てて警告を発します。
「……なるほど。これは単なる呪いじゃない。……『概念の寄生』だ」
アルスの『概念修復』の瞳が、女王の心臓に巣食うものの正体を暴き出しました。
それは、世界樹の生命力を餌にして成長する、いわば「情報の癌」。『蛇の抜け殻』の首領が、世界樹の裏側を破壊するために植え付けた、最高純度の悪意。
『……あ……アルス、様……ですか……』
女王エルシィが、微かに目を開けました。その瞳の中にも、黒い霧が渦巻いています。
「女王陛下。無理に喋らないで。……今、その胸にある『バグ』を取り除きます」
「……無駄です……。この呪いは……私の魂と、世界樹の根に直接縫い付けられています……。これを解けば、世界樹そのものが……」
「いいえ、解き(デリート)はしません」
アルスは女王の胸元に、迷いなく手を添えました。
黄金の光が指先から溢れ出し、黒い蛇の刺青を包み込みます。
「僕は修復師です。……この呪いの『意味』を書き換えて、世界樹を守るための『新たな免疫プログラム』に作り替えてみせます。……ハティ、力を貸して」
足元でハティが遠吠えを上げました。銀色の光がアルスの魔力と共鳴し、聖堂全体が、これまでの絶望を塗り潰すような圧倒的な「正解の輝き」に満たされていきました。




