第十二話 銀の導きと、翡翠の矢林
アルス一行の足元で、子狼のハティが「クゥン」と鼻を鳴らし、ふさふさの尻尾を振っています。その毛並みは、アルスの『概念修復』を受けてからというもの、陽光を反射して銀色に輝く星屑のようでした。
「ハティ、そこは危ないよ。根っこが浮いてるからね」
アルスが声をかけると、ハティは得意げに喉を鳴らし、巨大な世界樹の根の隙間を軽快に跳ねてみせました。
道中、ハティはすっかりアルスに懐いていました。ミーナが差し出す干し肉を美味しそうに頬張り、夜の見張りではロイの隣で静かに耳を立て、リィナがブラッシングを始めると、とろけそうな顔で喉を鳴らす。
「閣下、この子の案内は正確です。……人の目には見えぬ『マナの通り道』を選んで歩いていますな」
サバスが感心したように呟きました。
だが、ハティが不意に足を止め、低く唸り声を上げました。
銀の毛が逆立ち、その小さな瞳が前方の深い霧を凝視します。
「……ハティ? どうしたの?」
ミーナが身を乗り出した瞬間――。
シュンッ! シュシュシュンッ!!
空気を切り裂く鋭い音が連続し、アルスたちの足元、わずか数センチの場所に十数本の「緑に光る矢」が突き立ちました。
「動くな、不浄なる人間ども。……それ以上、我らが聖域を土足で汚すなら、次は眉間を貫く」
霧の向こうから現れたのは、透き通るような肌と長い耳を持つ、翡翠色の鎧を纏ったエルフの警備隊でした。その数、およそ五十。樹上、茂み、さらには足元の草むらから、無数の弓がアルスたちに向けられています。
「……エルフの警備隊か。ロイ、手出しはしないで」
「ですが閣下、この数は……!」
ロイが剣の柄に手をかけますが、アルスは静かに制しました。
エルフの隊長らしき、冷徹な美貌を持つ女性が前に出ました。彼女の瞳には、人間に対する深い憎悪と、それ以上の「絶望」が滲んでいます。
「サンライトの王族か、あるいは貴族派の残党か。……世界樹の毒を撒き散らした挙句、今度は直接我らを絶滅させに来たか。……我らシルヴァニアの民、最後の一人になろうとも、貴様らだけは許さぬ!」
「待ってください! 私たちは世界樹を直しに来たんです! アルス様は、ルミナスの賢者様で……!」
ミーナが叫びますが、エルフたちの弦を引き絞る音は止まりません。
「黙れ、小娘。……人間の言葉など、もはや信じぬ。……放て!!」
一斉に放たれる翡翠の矢。
逃げ場のない、死の雨が降り注ぐ――その瞬間。
「ガアアアァァァッ!!」
ハティがアルスの前に飛び出し、空を裂くような遠吠えを上げました。
子狼とは思えぬその咆哮には、かつて大精霊アトラから授かった神聖な魔力が宿っていました。放たれた矢が、ハティの放つ銀色の衝撃波に弾かれ、空中で粉々に砕け散ります。
「……なっ!? その子狼……まさか、守護獣フェンリルの……!?」
エルフたちが動揺し、弓を下ろしました。
アルスは静かに一歩前に出、手のひらを広げて見せました。
「……僕はアルス・レトヴィス。このハティの親を救い、大精霊アトラから『裏側』を託された者です。……君たちの女王が、病に伏せっていることも知っている。……僕に、その病を『修復』させてくれないか?」
張り詰めた沈黙。
ハティがエルフの隊長に近づき、そのブーツを優しく鼻先で突きました。まるで「この人は信じられるよ」と教えるように。
絶体絶命の危機から一転。
アルスは、ハティという「信頼の証」と共に、閉ざされたエルフの王国の門を、静かに叩きました。




