第九話 解かれた呪縛と、世界樹の「裏側」
世界樹から放たれた浄化の波導がドルトン侯爵たちを貫くと、彼らの瞳から濁った黒い霧が霧散していきました。
「……あ、ああ……。私は、何を……」
武器を落とし、その場に膝をつくドルトン侯爵。彼らの顔からは先刻までの狂信的な色は消え、自分たちが神聖な樹に楔を打ち込んでいたという事実に、深い絶望と後悔が刻まれました。
「エリック殿下、アルス殿……。申し訳ない、我らは……あの『蛇』の言葉を、神の声だと思い込まされていた……」
彼ら貴族派は、自らの意思ではなく、組織の首領による高度な「精神情報の汚染」を受けていたのです。
【首領の再臨:不穏なる決別】
静まり返った広場に、突如として空間を切り裂くようなノイズが走りました。
現れたのは、精神世界でアルスに敗れたはずの『蛇の抜け殻』の首領の本体。実体のない影のような姿で宙に浮き、冷笑を浮かべています。
「ククク……。期待以上の修復だ、情報の賢者よ。世界樹の『バグ』を取り除いたことで、システムはより強固になった。……だが、忘れるな。この世界そのものが、既に修復不能なほどに『摩耗』しているということをな」
「……何が目的だ。世界樹を枯らして、何を得ようとした」
アルスの問いに、首領は空を指差しました。
「目的? 救済だよ。腐りゆくこの世界を一度解体し、完全な『原典』へと戻す。……次は、世界樹の『裏側』から始めようか。せいぜい、エルフたちの断末魔に耳を澄ませておくことだ」
首領の影は、不気味な笑い声を残して霧のように消え去りました。
【大精霊の啓示:エルフの危難】
静寂が戻った根元で、大精霊アトラが静かに口を開きました。その声は、アルスだけでなくエリック王子たちの心に直接響きます。
『……修復師よ。そして人の王の子よ。感謝する。だが、首領の言葉は真実だ。世界樹の根は、この地の反対側……【精霊王国シルヴァニア】へと繋がっている』
「エルフたちの国、ですか……?」
セリア王女が息を呑みます。
『……そうだ。我を侵食していた病は、あちら側から流れ込んできたもの。今、エルフたちは世界樹の根が放つ「毒」に蝕まれ、国そのものが崩壊の危機にある。……修復師よ。あちら側は、人の力では辿り着けぬ「高密度な情報の森」。……君の力が必要だ』
アルスは、ソル王子から預かった、今は青々と輝く黄金の葉を見つめました。
一つの国を救った安堵に浸る暇もなく、世界の歪みはさらに深い場所へと続いていました。
「……エリック殿下、セリア殿下。……どうやら、僕たちの仕事はまだ終わっていないようです」
「アルス殿。……我が国の恩人をこれ以上危険に晒したくはないが、エルフたちが苦しんでいるなら、サンライトも全力を尽くそう」
アルスの隣で、ミーナが新しい記録帳を開きました。
「アルス様! 私、エルフの古文書の断片、もう整理してあります。いつでも行けます!」
「サバス、ロイ、リィナ。……次は、森の深淵へ行くよ。……『蛇』の尻尾、今度こそ掴んでみせる」
世界樹の修復から、エルフの王国を救う旅へ。
アルス一行は、サンライト王国の感謝の鐘に見送られながら、未踏の「裏側」へと足を踏み出す決意を固めました。




