第八話 双王国の盾と、概念の臨界
世界樹の心臓部、精霊の回廊。
アルスが意識を深層へとダイブさせ、その体が黄金の粒子に包まれた瞬間、現実世界では「聖別」の名の下に集った狂信者たちの軍勢が、牙を剥いた。
「異端の賢者を討て! 神の樹を汚す不浄を焼き払え!」
ドルトン侯爵の扇動に応じ、数百の狂信騎士団『太陽の尖兵』が、地鳴りのような足音を立てて突撃を開始する。だが、その怒濤の勢いを、一筋の烈火が遮った。
【現実世界:黄金の聖域と、忠義の剣】
「――我が国の象徴を穢しているのは、貴様らの方だ! 退け、逆賊ども!」
サンライト王国第一王子、エリックが最前線に躍り出た。
彼の固有スキル『太陽の聖域』が発動し、周囲数百メートルが真昼のような輝きに満たされる。降り注ぐ魔導師たちの黒雷は、その聖なる光に触れた瞬間に蒸発し、近衛騎士団の盾には鉄壁の加護が宿った。
「サンライト近衛騎士団、盾を並べよ! アルス殿が『真実』を連れ戻すまで、一歩も引くことは許さん!」
エリックの号令に、精鋭たちが咆哮で応える。
ロイが『絶界の神域』で突っ込んでくる敵の指揮官を次々と無力化し、リィナが後方でアルスと騎士たちの精神を『万象の調律』で繋ぎ、疲労を霧散させる。サバスは影に潜み、エリックの死角から迫る『蛇の抜け殻』の暗殺者を、音もなく「消去」していった。
エリック王子の放つ黄金の剣気が、ドルトンの放った巨大な魔導障壁を真っ向から両断する。
「アルス殿……! 君が『内側』で戦うなら、私はこの『外側』を死守してみせる!」
【精神世界:侵食されるOSと、賢者の回答】
一方、アルスの意識が漂う純白の虚空。
大精霊アトラの核を包むアルスの前に、ノイズ混じりの不気味な巨大影――『蛇の抜け殻』の首領が立ち塞がっていた。
『……無駄だ。世界樹の根幹プログラムは、既に我らが「絶望」で上書きした。お前の修復など、ただのノイズとして処理されるのみよ!』
精神世界に広がる黒い蔦が、アルスの四肢を縛り、その存在定義を削り取っていく。激痛が走るが、アルスはリィナが送ってくれる温かな魔力の鼓動を感じていた。
(……みんなが外で、命を懸けて繋いでくれている。……なら、僕がやるべきことは一つだ)
アルスは、ソル王子から預かった「黄金の葉」を胸に抱き、前世の分子科学の知見を全開にした。
世界樹は、ただの木ではない。この世界の魔力を制御する、超巨大な「バイオ・コンピュータ」だ。
「……君たちの書いた『絶望』というプログラム。……構文がめちゃくちゃだよ。……今から、僕が正しい『最適化』を教えてあげる」
アルスがソル・レイスの幻影を振り下ろす。
『概念修復・深層再定義』。
アルスの指先から、数兆もの「黄金の文字」が溢れ出し、精神世界を埋め尽くした。黒い蔦が悲鳴を上げ、瑞々しい緑の回路へと書き換えられていく。首領の精神投影が、アルスの圧倒的な「情報の正しさ」に焼かれ、霧散していった。
【共鳴する勝利】
現実世界。エリック王子の剣が、ドルトン侯爵のメイスを粉砕したその瞬間、背後の世界樹から、目も眩むような黄金の衝撃波が放たれた。
「なっ……光が……世界樹が、息を吹き返しただと……!?」
ドルトンが腰を抜かし、狂信者たちが武器を落として跪く。
漆黒に染まっていた世界樹の幹から「バグ」が剥がれ落ち、王都全体を浄化の光が包み込んだ。
アルスがゆっくりと、現実世界で目を開く。
傍らには、汗だくになりながらも誇らしげに微笑むエリック王子と、無傷の仲間たちがいた。
「……エリック殿下。最高の護衛でした」
「……礼を言うのは私の方だ、アルス殿。……君は今、この国だけでなく、世界の『理』そのものを救ったのだな」
黄金の光の中、アルスは確信していた。
世界樹を蝕んでいたのは、単なる悪意ではない。この世界そのものが抱える、より巨大な「欠陥」の一部に過ぎないことを。




