第七話 小さな約束と、深淵の呼び声
世界樹の調査へと発つ直前、王宮の私庭。
アルスの前には、エリック王子とセリア王女、そして二人の間に生まれた一人息子、ソル王子が立っていました。まだ五歳。太陽のような金髪を揺らす少年は、枯れゆく世界樹を不安げに見上げています。
「アルス殿……。ソルがどうしても、貴殿に渡したいものがあるというのだ」
エリック王子に促され、小さなソル王子がアルスの膝元まで駆け寄りました。その小さな手には、枯れて茶色くなったはずの世界樹の葉が、大切そうに握られていました。
「……賢者さま。これ、ぼくが拾ったの。……木の神さま、お腹が痛いのかな? これを返したら、元気にしてくれる?」
無垢な瞳。アルスはその場に膝をつき、少年の目線に合わせて微笑みました。その手を取り、そっと魔法を指先に灯します。
「大丈夫だよ、ソル王子。……この葉っぱ、僕が預かるね。次に会う時は、この葉っぱみたいに綺麗な『黄金の森』を、君に見せてあげる。……約束だ」
アルスが葉に触れると、**『概念修復』**の光が走り、枯れ葉が一瞬で瑞々しい緑を取り戻しました。
「わあ……! キラキラしてる!」
少年の歓喜の声に、セリア王女は涙を浮かべてアルスに深く一礼しました。
「アルス様……。あの子の未来を、どうか……」
「ええ。……エリック殿下、行きましょう。この子の笑顔を曇らせる『バグ』は、僕がすべて消し去ります」
世界樹の深淵:大精霊との邂逅
エリック王子の**『太陽の聖域』**によって、ドルトン侯爵派の封鎖線を強行突破し、一行はついに世界樹の根元――「精霊の回廊」へと足を踏み入れました。
そこは、物理的な法則が通用しない情報の海。
アルスはサバス、ロイ、リィナ、そしてミーナを外に待たせ、一人で意識を「世界樹の核」へとダイブさせました。
『……来たか。書き換えられた歴史を直す、異界の修復師よ』
意識の深淵でアルスを待っていたのは、半透明の巨大な鹿の姿をした大精霊アトラでした。しかし、その体はサバスが報告した通り、黒い楔によって侵食され、崩れかけています。
「アトラ。……ひどいな、これは。外部からの攻撃じゃない。……内部の『存在定義』そのものが、別の何かに置き換わろうとしている」
『……ドルトン共の仕業だ。彼らは、我を器として「偽の神」を降ろそうとしている。……修復師よ。我を消せ。これ以上汚される前に、我ごと世界樹を終わらせてくれ』
大精霊の悲痛な願い。だが、アルスはソル王子から預かった「緑の葉」を、その意識の海に浮かべました。
「断るよ。……僕は修復師だ。消去は、サバスの担当でね」
アルスの瞳が、黄金の光を帯びて輝き始めます。
「アトラ。……君を苦しめているその黒い楔、その『文字列』……僕が今から、君への『賛歌』に書き換えてあげる。……少し熱いけど、我慢してくれ」
アルスの**『概念修復』**が大精霊の核に触れた瞬間、世界樹全体が震動を始めました。
王宮で、そして領地で、人々が空を見上げます。
死にゆく巨樹の内側で、今、世界で最も贅沢な「大工事」が始まろうとしていました。




