第三話 枯死の残響と、蠢く影
聖都マイ・ルミナスの白亜の門を抜けて三日。アルス一行がサンライト王国との国境付近に差し掛かった時、周囲の空気は一変した。
かつて豊かな緑を誇っていた街道は、今や赤黒く変色した蔦が地面を這い、大気からは生命を維持するための魔力「マナ」が、砂のように零れ落ちている。
「……ひどい。世界樹の『循環』が完全に崩壊しているね」
アルスは馬を止め、道端に転がる朽ちた大樹に触れた。スキルの進化形『概念修復』が、その内部に巣食う「絶望のコード」を読み取る。
「閣下、来ます!」
ロイの鋭い警告と同時に、背後の森から異様な咆哮が響いた。
現れたのは、本来は温厚なはずの巨角鹿。だが、その瞳は濁った赤に染まり、全身からは腐敗した魔力が泥のように溢れ出している。
「世界樹の魔力が汚染され、魔物の精神を内側から焼き切っているのか……悲しいね。……ロイ、無力化して」
「御意!」
ロイが『絶界の神域』を展開し、神速の峰打ちで魔物を鎮圧する。だが、その背後から、不気味な笑い声が重なった。
「ほう……。アッシュランドの賢者とは、これほどまで若いのか。世界樹の枯死を『修復』など、神の摂理に背く愚行よ」
黒いローブを纏った三人の魔導師が、空中に浮遊して現れた。彼らの胸元には、絡み合う蛇の紋章――謎の組織『蛇の抜け殻』の証が刻まれている。
「君たちが、この魔物たちを操っているのかい?」
「操る? 滅相もない。我らはただ、古き秩序(世界樹)が崩壊し、新たな『混沌の魔力』が生まれるのを手伝っているだけだ。……消えてもらおう、修復師」
魔導師たちが一斉に、黒い雷を放つ。だが、アルスは動じない。ソル・レイスを静かに抜き放ち、その刃を空に向けた。
「……その魔法の理論、基礎設計が古すぎるよ。『分子分解』――」
黄金の閃光が走った瞬間、放たれた黒雷は着弾する前に分子レベルで霧散し、ただの「光の粒」へと還元された。
「な、何だと!? 魔法そのものを消滅させたか!?」
「逃がさないわよ!」
リィナが『万象の調律』で魔導師たちの魔力脈動を乱し、ロイが瞬時に肉薄して三人を叩き落とした。サバスが影から現れ、彼らを一瞬で拘束する。
「閣下、こやつらの記憶……。根が深そうですな。後でじっくり『掃除』しておきましょう」
黄金の騎士との合流
魔導師たちの襲撃を退け、国境の砦へと到着したアルスたちを待っていたのは、まばゆい黄金の鎧を纏った一団だった。
「アルス殿! よくぞ、よくぞ来てくれた!」
馬から飛び降り、アルスの手を力強く握りしめたのは、サンライト王国第一王子、エリックだった。セリア王女の夫であり、一国の武を象徴する男。
「エリック殿下。……お久しぶりです。道中の荒れ方は、想像以上でした」
「ああ……。我が国の誇りである世界樹が、あのように無残な姿に……。我ら騎士の力では、枯れゆく枝一本すら救えぬのだ」
エリックが悔しげに拳を握る。彼のスキルは、サンライト王家に代々伝わる守護の極致――『太陽の聖域』。
自身の周囲に「偽りの太陽」を作り出し、邪悪な魔力を浄化・消滅させる最強の広域防御スキルだ。だが、その力をもってしても、内側から腐敗していく世界樹の枯死を止めることはできなかった。
「……見てくれ、アルス殿。あそこが、我が国の『心臓』だ」
エリックが指差した先。
サンライト王国の王都の背後にそびえるはずの、空を覆うほどの巨大な世界樹。
かつては黄金の葉を茂らせていたその樹は、今や葉の半分を失い、幹には巨大な黒い亀裂が走り、死の香りを漂わせていた。
「……あれは、病気じゃないね。誰かが、世界樹の『存在理由』を意図的に書き換えている」
アルスの瞳が、賢者の光を宿して世界樹を見据える。
ミーナがその横で、震える手で記録帳を開いた。
「アルス様……世界樹の『声』が、悲鳴を上げているみたいです……」
一行は、死にゆく巨樹の足元へと、静かに馬を進めた。
「情報の修復」と「太陽の守護」。
二つの王国の力が合わさる時、世界樹の奥深くに眠る「絶望の真実」が暴かれようとしていた。




