第二話 賢者の出立と、託される盾
聖都マイ・ルミナスの領主邸。その最上階にあるバルコニーで、アルスはルミナス国王から授かった**『王室守護賢者』**の紋章が刻まれた銀のブローチを襟元に留めていた。
今のアルスは単なる辺境の領主ではない。王家直属の「歴史と理の修復師」であり、実質的に王国の最高権威の一翼を担う存在となっていた。
「アルス様……本当に行ってしまわれるのですね」
背後から声をかけたのは、白銀のドレスに身を包んだ第二王女フィリアだった。建国祭での反乱鎮圧後、二人は正式に婚約を交わしている。「外れスキル」と蔑まれた者同士、魂の深い部分で結ばれた二人の仲を疑う者は、今や王国に一人もいない。
「ああ。サンライト王国の世界樹が枯れれば、この国にも魔力の枯渇が連鎖する。……僕が直さなきゃいけないんだ、フィリア」
アルスは、不安げなフィリアの手を優しく取り、その指先に小さな魔導指輪を嵌めた。
「これは僕の『概念修復』の術式を込めたお守りだ。君に何があっても、僕が必ず駆けつける。……戻ったら、正式な結婚式を挙げよう」
「はい。……信じて待っております、私の賢者様」
二人の誓いを見届けるように、王城から駆けつけた幼い第一王子(皇太子)レオが、アルスの裾をギュッと掴んだ。
「アルス兄様! 僕も……僕ももっと勉強して、兄様みたいに国を守れるようになるから! だから、隣国の世界樹も、悪い奴らも、全部やっつけてきて!」
「ああ、約束だよ、レオ。君が立派な王になるための『歴史』は、僕が綺麗に修復して残しておくからね」
アルスは少年の頭を撫で、傍らに控える一人の男に視線を向けた。
今回、アルスが不在の間、この聖都マイ・ルミナスの運営を任せるために招いた代官・ハンスだ。彼は元々、王家派に属していた清廉潔白な実務家で、アルスの「現代的経営手法」に最も理解を示す人物である。
「ハンス、領地の運営と領民の保護を頼む。何かあれば、サバスを通じて王都のエドワード兄さんに連絡を」
「御意に、アルス閣下。この聖都の繁栄、一分たりとも損なわせはいたしません。閣下は心置きなく、世界の歪みを正してきてください」
アルスは頷き、既に準備を終えて待機しているロイ、リィナ、そしてミーナを振り返った。
サバスは既に先行し、サンライト王国への隠密ルートを確保している。
「行こう。……世界の根源がどう劣化しているのか、この目で確かめに行くんだ」
国王と婚約者、そして次代の王に見送られ、アルス一行は白亜の街門をくぐった。
「古紙回収」から始まった物語は、今、国境を越え、神代の謎へとその歩みを進めていく。




