第三十四話:聖騎士の崩壊、賢者の一閃
王宮の闇では、エドワードがフィリア王女をその腕に抱き寄せていた。
「フィリア殿下、しっかり。これより辺境伯領へ向かいます」
テラスから影のように現れたサバスの「掃除屋」たちが、無言で追手を阻む壁となる。さらに、ラインハルト辺境伯が秘密裏に手配していた精鋭騎士団が、夜闇に紛れて脱出路を確保していた。
「アルス様は……アルス様はご無事なのですか?」
「ええ。閣下は今、自分自身の戦いの中にいます。……僕たちを信じて、行きましょう」
エドワードたちは、混乱の王都を脱し、決戦の地となる建国祭に向けた「雌伏」の時へと駆けていった。
一方、アッシュランドの境界。
数百の聖騎士団を率いる長男カイルは、混乱の極みにあった。
「おのれ、卑怯な術を……! 全員、馬を捨てろ! 徒歩で突き進み、あのゴミを八つ裂きにせよ!」
カイルの絶叫とともに、重厚な白銀の鎧を纏った聖騎士たちが、アルス一人を包囲するように迫る。カイルは自身のスキル**『聖騎士』**の奥義を発動させた。
「見よ、この絶対防御の加護を! 神に選ばれた我らレトヴィスの武は、貴様のような小細工では傷一つつけられん!」
カイルの鎧が眩い聖なる光を放ち、周囲の空気が物理的な圧力となってアルスを押し潰そうとする。だが、アルスはソル・レイスを正眼に構えたまま、静かに呼吸を整えた。
「……『神の加護』か。兄様、僕にはそれが、ただの『高密度な魔力結合による分子膜』にしか見えないよ」
アルスが地を蹴った。
ロイ直伝の歩法が、瞬時にカイルの懐へと潜り込む。
「死ね、アルス!」
カイルの巨大なメイスが振り下ろされる。しかし、アルスはそれを紙一重でかわし、黄金色に輝くソル・レイスを横一文字に振るった。
――キィィィィィィィィン!!
耳を裂くような高周波の振動音が、戦場を支配した。
カイルが誇る「絶対防御」の聖なる光が、ソル・レイスの刃に触れた瞬間、ガラスのように砕け散った。
「なっ……馬鹿な!? 私の加護を、切り裂いただと!?」
「いいえ。……分子結合を『バラバラに解いた』だけだ」
アルスの刃が、カイルの胸当てを撫でる。
接触した瞬間に、鉄の原子がその繋がりを失い、粒子となって霧散していく。カイルの鎧は、斬られたのではなく「消滅」した。
「がはっ……!?」
衝撃波に吹き飛ばされたカイルは、一糸纏わぬ上半身を晒し、泥の中に転がった。周囲の聖騎士たちも、アルスの放つ異様な「振動」の威圧感に、一歩も動けず膝をつく。
「……ロイ、サバス。残りの『野鼠』たちの処理を任せるよ。僕は、王都へ向かう」
アルスは、項垂れるカイルを一瞥もせず、遥か王都の空を見上げた。
そこでは、ルミナス王国の運命を決する**『建国祭』**の鐘が、今まさに鳴り響こうとしていた。




