第三十二話:王宮の月光、境界の雷鳴
王宮北図書室、その回廊は死の静寂に包まれていた。
だが、次男エドワードの『剣聖』としての感覚は、闇の中に潜む「不自然な呼吸」を十数人分捉えていた。
「……数が多いな。だが、関係ない」
エドワードが鞘から剣をわずかに鳴らした瞬間、闇が弾けた。
貴族派が放った暗殺ギルド『黒狗』。彼らの放つ毒塗りの投げナイフが、月光を反射して雨のように降り注ぐ。
エドワードは動かない。いや、動く必要がなかった。
『剣聖』の神速――彼が踏み込んだ瞬間、飛来するナイフの全てが空中で叩き落とされ、火花だけが夜の闇を散らす。
「なっ……速すぎる!?」
「アルスの修復した剣術書には、こうあった。『最速の剣とは、無駄な思考を捨て去った先にある』とね」
エドワードの姿が掻き消えた。
次の瞬間、暗殺者の一人の喉元に冷たい刃が添えられる。斬り捨てることはしない。峰打ちと、急所を外した一突き。だが、その一撃一撃が、暗殺者たちの戦意を根こそぎ奪っていく。
その乱闘の最中、図書室のテラスに影のように控える男たちがいた。
サバスが事前に王都へ放っていた、アッシュランドの「掃除屋」たちだ。
「……無粋な騒音を広めるな。閣下の計画に泥を塗る不届き者は、ここで黙らせる」
サバス直伝の拘束魔法を帯びた「沈黙の鎖」が、逃げようとした暗殺者たちの足を次々と絡め取る。エドワードが派手に暴れる一方で、その戦いの残響が王宮の衛兵たちに届かないよう、サバスの伏兵たちが音の結界を完璧に維持していた。
エドワードが最後の一人を気絶させた時、図書室の奥から、震えながらも気高く立ち上がる少女の姿があった。
「……エドワード様? どうして……」
フィリア王女だ。彼女の手には、アルスから渡された通信魔導具が握られていた。
「フィリア殿下。……アルスが、貴女を守れと言った。それだけで、僕がここにいる理由は十分です」




