第三十一話:監視下の密約と、血塗られた暗殺指令
王都の中心にそびえる宰相府。その最深部にあるガストン侯爵の執務室前で、エドワードは石像のように立ち尽くしていた。
表向きは「最高位の護衛」だが、その実態は、父と兄による軟禁に近い「監視」である。廊下の左右には、カイルが息のかかった聖騎士たちが、エドワードのわずかな動きも見逃すまいと殺気を放っていた。
(……くっ、一歩も動けんか。だが、剣聖の耳までは塞げまい)
エドワードは精神を研ぎ澄ませ、スキルの応用で室内の微細な空気の振動を捉えた。扉の向こうでは、ガストン侯爵とレトヴィス伯爵が、忌々しげな声を荒らげていた。
「……信じられん! あのサンライト王国が、公式にルミナス王家との『鉄の同盟』を再確認しただと!? しかも、その仲介をしたのが、貴様の捨てたあの『ゴミ拾い』の三男坊だというではないか!」
ガストン侯爵の怒声が、厚い扉越しにエドワードの鼓膜を震わせる。
「申し訳ございませぬ、侯爵閣下。……エドワードの報告は、やはり虚偽であったようです。アルスは生きていた。それどころか、隣国の飢饉を救うほどの物資をどこからか調達し、王家派の資金源となっている……」
「おのれ……! 王家派がサンライトの武力を背景に持てば、我ら貴族派の悲願である『真の血脈による統治』が遠のく! もはや一刻の猶予もない。……レトヴィス伯よ、あの『忌まわしき象徴』を今すぐ消せ」
エドワードの心臓が跳ね上がった。
「……第二王女、フィリアですね。承知いたしました。カイルをアッシュランドへ向かわせる前に、王宮内に潜ませた暗殺部隊を動かしましょう。今夜、彼女を『事故』として葬り去ります」
【エドワードの決断:檻を破る剣】
密談が終わる。エドワードは無表情を装いながらも、内側では怒りと焦燥で血が逆流しそうになっていた。
フィリア王女。アルスが「同じ外れスキルを持つ仲間」として、誰よりも守ろうとしていた女性。彼女を殺させるわけにはいかない。
(……アルス、見ていろ。お前が情報の力で未来を創るなら、僕は僕の剣で、その未来への道を切り拓く!)
監視の聖騎士たちが油断した一瞬――エドワードは、剣聖のみが到達できる「縮地」を超えた神速の移動を開始した。
「おい、エドワード! どこへ行く……がはっ!?」
誰の首も斬らず、ただ峰打ちと掌底だけで、廊下の衛兵たちを次々と沈めていく。
彼はそのまま、窓の装飾を蹴り破り、夜の王都へと躍り出た。目指すは、フィリア王女が一人で古文書の修復に耽っているはずの、王宮北図書室。
【月下の死闘:暗殺者と剣聖】
王宮の回廊に、黒い影が溶け込むように動いていた。貴族派が飼っている影の暗殺者ギルド。彼らがフィリアの寝所に迫ろうとしたその時、銀色の閃光が闇を切り裂いた。
「……そこまでだ」
抜身の剣を手に、エドワードが月明かりの下に立っていた。
「レ、レトヴィス家の次男……なぜここに!?」
暗殺者たちが色めき立つ。その数、十数名。いずれも超一流の伏兵だ。
「アルスの大切な友人に、指一本触れさせはしない。……これより先は、レトヴィスの名ではなく、一人の男の意志として、貴様らを斬る!」
エドワードの剣気が膨れ上がり、王宮の空気がピリピリと震える。
その頃、アッシュランドにいるアルスは、手元の魔導通信具に灯った「エドワードからの緊急信号」を受け取り、静かにソル・レイスの柄に手をかけていた。
「サバス、ロイ、リィナ。……王都で火の手が上がった。僕たちも、予定を繰り上げよう」
ついに、王国の命運を賭けた、最長の一夜が幕を開けた。




