第三十話:不信の種火と、孤高の間者
王都、レトヴィス伯爵邸の地下にある冷え切った練武場。
エドワードは、一心不乱に木剣を振るっていた。最高位のスキル『剣聖』がもたらす鋭い一撃が空気を断ち切り、周囲の親衛隊員たちがその風圧だけでたじろぐ。
(……アルス。お前の創ったあの楽園を守るためなら、僕はいくらでも嘘をつこう)
だが、その決意を揺るがす不穏な影が、実家の奥底で濃くなっていた。
【貴族派の会合:繋がる点と線】
その日の夜。伯爵の執務室には、長男カイルと、物欲の塊である長女セシリア、そして険しい表情の父・レトヴィス伯爵が集まっていた。
「……おかしいと思わないか、エドワード」
カイルが、暗殺者ギルドを通じて極秘に入手したという「報告書」を机に叩きつけた。そこには、王都の裏市場で取引されている物品のリストが並んでいる。
「この『灰釉の耳飾り』。セシリアが欲しがっているこの宝飾品に使われている土は、成分分析によれば北方の火山灰に近い。そして、王宮の晩餐会で密かに出されたという『黄金の小麦』。さらには、サンライト王国の騎士たちが絶賛しているという、類まれなキレを持つ『エール』……」
セシリアが、手に入れたばかりの耳飾りを愛おしげに眺めながら、不吉な言葉を継ぐ。
「お兄様、私の『美の審美眼』が言っているわ。これら全て、同じ『根源』から生まれている。そしてその根源は……北の、あの忌々しい灰の地へと繋がっているのよ」
【エドワードの窮地】
エドワードの背中に、嫌な汗が流れる。
彼は努めて冷静を装い、無表情で父を見据えた。
「……兄上の考えすぎでしょう。あそこは私がこの目で見た通り、死の灰が積もるだけの不毛の地。アルスがあのような洗練された品を生み出せるはずもありません。おそらく、ラインハルト辺境伯がアルスの名を隠れ蓑に、どこか別の秘密領地で生産しているのでしょう」
「ほう……。ならばなぜ、辺境伯の輸送部隊はわざわざ『アッシュランド』の方角を経由して王都へ入るのだ?」
父・レトヴィス伯爵の『剣豪』としての鋭い眼光が、エドワードを射抜く。
「エドワード。貴様はアルスを不憫に思い、私に虚偽の報告をしたのではないか? 貴様の剣術には迷いがないが、その『言葉』には、私を斬ろうとする時のような鋭さがない」
場の空気が凍り付く。カイルが勝ち誇ったように、エドワードの肩を掴んだ。
「実の弟に甘いのは貴様の悪い癖だ、エドワード。……父上。これ以上、この『剣聖』の報告を鵜呑みにするのは危険です。私が、私自身の私兵団を引き連れ、アッシュランドを根こそぎ蹂躙してきましょう。アルスが生きていようと死んでいようと、あの土地に眠る『富』の源泉を、レトヴィスのものにするのです」
「……許可する。カイル、明日にも発て。エドワード、貴様は王都に残り、ガストン侯爵の護衛を務めろ。……もしカイルが『真実』を持ち帰った時、貴様には相応の罰を与えねばならんな」
エドワードは拳を握りしめた。
実家の猜疑心は、もはや誤魔化しきれない段階に達していた。
アルスの「知」が、あまりにも巨大な成果を上げすぎたがゆえに、皮肉にもその光が実家の強欲を呼び寄せてしまったのだ。
(……アルス、逃げてくれ。カイル兄様が、本気で攻め落とそうとしている。……いや、違うな。アルスなら、もうこれすら予測しているのか?)
エドワードは、王都の夜空を見上げ、遥か北の地で戦う弟の無事を祈るしかなかった。




