第二十七話:琥珀の風、海を越えて――セリア王女の希望
サンライト王国の王宮、そのバルコニーから痩せ細った大地を見下ろす第一王女セリア。彼女の瞳には、かつてルミナス王国で「慈悲の姫」と呼ばれた面影がありましたが、今は嫁ぎ先の民を救えない無力感に苛まれていました。
そこに届いた一通の魔導通信が、凍てついたサンライト王宮に激震を走らせます。
「……フィリアから? あの子が私に、個人的な信を寄越すなんて」
セリアの手には、ルミナス王国の第二王女であり、実の妹であるフィリアからの密書が握られていました。そこには信じがたい内容が記されていたのです。
『姉様、絶望しないで。ルミナスの北の果て、アッシュランドという地で、死の灰を黄金に変える賢者が現れました。間もなく、彼の手による救いの船が届きます』
その時、背後から重々しい足音が響きました。セリアの夫であり、サンライト王国の第一王子エリックです。彼は国民に慕われる高潔な武人ですが、長引く凶作にその頬はこけていました。
「セリア、あまり無理をするな。……隣国ルミナスの貴族派どもは、我が国の窮状を逆手に取り、不当な関税を要求してきている。我らサンライトの誇りを売ってまで、彼らから施しを受けるわけにはいかん」
「エリック様……。いいえ、彼ら(貴族派)ではありません。フィリアが、そしてアッシュランド男爵という御方が、私個人を、この国を助けたいと仰ってくださっているのです」
サンライト国王もまた、玉座で深く嘆息していました。
「ルミナスの『ゴミ拾い』と蔑まれた三男坊か。……そんな男に何ができるというのだ。あそこは火山灰に埋もれた死地のはず。救援物資など、貴族派の嫌がらせに決まっている」
王宮内が疑念に包まれる中、その日はやってきました。
【港に届いた「奇跡」】
サンライト王国の港。見張りの兵士が、水平線の向こうから近づく白亜の帆船を見つけ、叫び声を上げました。
「船が……! ルミナスの旗、いや、見たこともない『天秤と筆』の紋章を掲げた船が来ます!」
セリアとエリックが港へ駆けつけると、そこにはサバス率いる支援船団が堂々と接岸していました。船倉から運び出されたのは、サンライトのどんな麦よりも大きく、琥珀色に輝く『灰金麦』。
「……これが、あのアッシュランドの麦? なんという生命力だ……」
エリック王子がその粒を掌に載せ、絶句しました。
サバスは一礼し、セリアに一冊の「修復された書物」を差し出しました。
「第一王女殿下。我が主、アルス・レトヴィス男爵より。麦だけでは数ヶ月しか持ちませんが、この『古代の農法』と『分子中和剤』があれば、サンライトの大地そのものを修復できます。……主は仰いました。『歴史は、分かち合うことで編み直される』と」
セリアはその書物を抱きしめ、涙を流しました。
「……ああ、フィリア。あなたは嘘をつかなかったのね。アルス様……面識もない私を、この国を救ってくださるなんて」
サンライト国王もまた、届けられた麦で焼いたパンを一口食べ、そのあまりの旨さに震えました。
「……間違いない。これは王家の正統なる加護を受けた『聖なる実り』だ。エリックよ、すぐに使節団を組め。我らサンライト王国は、これよりルミナス王国の貴族派とは断交し、アッシュランド男爵、そしてルミナス王家との『鉄の同盟』を宣言する!」
その時、セリアの心には、まだ見ぬアルスへの深い尊敬と、彼が変えようとしている世界の大きさが、確信となって刻まれました。




