表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/73

第十七話:追憶の食卓と、受け継がれる「情」

領主邸の私室に用意されたのは、豪華な晩餐ではなく、どこか懐かしい匂いのする質素ながらも心のこもった夕食でした。

 テーブルに並ぶのは、アッシュランド特産の『灰金麦』をふっくらと焼き上げたパン、採れたての温野菜のスープ、そして母マイが愛したレシピを再現したハーブ煮込みの鶏肉。

「……これを、エドワード様に」

 リィナが、銀のトレイからスープの皿をエドワードの前に置きました。

 エドワードは、湯気の向こう側にいるリィナの顔をじっと見つめます。リィナの母は、かつてアルスの母マイに仕えた筆頭メイドでした。リィナ自身もまた、マイの最期まで寄り添い、今はその息子であるアルスを「姉」として支えています。

「……リィナ。変わらないな。昔、僕が父上やカイルの目を盗んで、アルスの小屋に食べ物を運んでいた時……お前はいつも、黙って扉を開けておいてくれた」

「覚えていますわ。エドワード様が、自分の分のデザートを大切そうにナプキンに包んで、震える手でアルス坊ちゃまに差し出していたこと。あの時、エドワード様がアルス様に与えてくださったのは、食べ物ではなく『生きる希望』でした」

 リィナの言葉に、エドワードは視線を落としました。

 彼の傍らには、アルスの護衛としてロイが音もなく控えています。ロイの父は、マイの実家である騎士伯家に仕えた従者でした。戦火で騎士伯と従者が共に果てた際、身寄りを失ったロイを、マイは「アルスの片腕に」と引き取り、実の息子のように育てたのです。

「……ロイ、お前も大きくなったな。あの頃はいつも僕の剣の訓練を、遠くからじっと見ていたのに」

「エドワード様の剣技は、今も私の目標です。ですが、今は……私はアルス様の盾。貴方がもしアルス様に刃を向けるなら、私はたとえ『剣聖』相手でも引きません」

 ロイの静かな、しかし鉄のような意志がこもった言葉。

 アルスは、そんな二人を慈しむように見つめながら、パンをちぎって口に運びました。

「お兄ちゃん、食べてよ。このパン、リィナが今日のために特別に焼いてくれたんだ。……お兄ちゃんが昔、僕にくれたあの冷めたパンよりも、ずっと温かいよ」

 エドワードは震える手でスプーンを取り、スープを一口啜りました。

 喉を通る温かさが、凍てついていた彼の心を溶かしていきます。

「……美味しいな。アルス、こんなに美味しい食事、僕は王都でも食べたことがないよ」

「それはね、お兄ちゃん。ここにあるもの全部に、『理由』があるからだよ。母様が残してくれたロイ、リィナの家系……そして、僕たちのために命を懸けてくれた騎士伯家の人たち。その全てを僕が『修復』して、この場所に集めたんだ」

 窓の外では、火山灰を防ぐ魔法の天蓋の下で、領民たちの笑い声が微かに響いています。

 かつて物置小屋でひっそりと分け合っていた「施し」の食卓は、今、自分たちの力で勝ち取った「誇り」の食卓へと変わっていました。

「……リィナ。済まなかった。今まで、お前たちに苦労をかけて」

「いいえ。……アルス様がこうして立派な領主となられた今、母も、そしてマイ様も、きっと空の上で微笑んでおられますわ」

 リィナは優しくエドワードにワインを注ぎました。

 それは、失われたはずの騎士伯領の古いブドウの苗木から、アルスのスキルで蘇らせた、奇跡の雫。

 四人の間に流れる時間は、悲しい過去を「修復」し、新しい未来へと編み直されていく、ささやかで尊いひとときでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ