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第十三話:境界線の死神と、静かなる「掃除」

王都から北へ。荒涼とした岩場が続くアッシュランドの境界線に、三つの影が音もなく降り立った。

 先頭に立つのは、カイルが私兵の中から選りすぐった隠密頭、バロウ。彼のスキルは『探知不能ステルス・パス』。いかなる魔力探知も潜り抜け、標的の首を狩る、実家の「汚れ仕事」を一手に引き受けてきた男だ。

「……バロウ様、妙です。地図ではこの先に村があるはずですが、霧が深くて一歩先も見えません」

 部下の報告に、バロウは細い目をさらに細めた。

「ふん、ただの川霧だろう。あの無能な三男坊が、魔術的な結界など張れるはずもない。構わん、突っ込め。生きているなら四肢を叩き折って連れ帰る。死んでいるなら、その指から『灰釉の指輪』でも剥ぎ取ってセシリア様に献上してやるさ」

 彼らは嘲笑いながら、アルスが修復した古代の防衛術式――『迷いのミスティ・ラビリンス』へと足を踏み入れた。

 その瞬間、景色が一変した。

 右も左も、空も地面も、乳白色の闇に包まれる。バロウの『探知不能』のスキルをもってしても、自分が今どこを向いているのか、隣に誰がいるのかさえ分からなくなった。

「……おい、返事をしろ! どこにいる!」

 返ってきたのは、肉が断たれる鈍い音と、短い悲鳴。

 そして――カツ、カツ、と。霧の奥から、場違いなほど優雅な靴音が近づいてきた。

「……誰だ! 姿を見せろ!」

 バロウが短剣を引き抜いた瞬間、霧が割れ、一人の男が姿を現した。

 隙のない燕尾服、白手袋。そこには、戦場にはおよそ似つかわしくない、完璧な所作を保つ執事・サバスが立っていた。

「夜分遅くに失礼いたします。我が主、アルス・レトヴィス男爵閣下の領地へ、不作法な『野鼠』が紛れ込んだと聞き及びまして」

「……執事だと? ふん、ハッタリを! 死ね!」

 バロウが視認不可能な速度で踏み込む。レトヴィス家仕込みの刺突が、サバスの喉元を正確に貫いた――はずだった。

「……おや、今の身のこなし。カイル様の直属の方ですね。相変わらず、レトヴィス家の剣は『形』ばかりで『情』が足りない」

 サバスは、いつの間にかバロウの背後に立っていた。その手には、アルスが修復したばかりの『影縫いの銀針』が握られている。

「な、何者だ貴様……! ただの執事ではないな!?」

「私はただの執事……サバスにございます。ですが、主の平和を乱すちりを掃除するのも、執事の嗜みでして」

 サバスの瞳が、冷徹な赤に染まる。

 次の瞬間、バロウの体は地面に縫い付けられたように動かなくなった。アルスの修復した「古代の拘束魔法」が、サバスの魔力を通じて発動したのだ。

「……閣下からは『命までは取るな』と仰せつかっております。ですが、アッシュランドの情報を実家に持ち帰らせるわけにはいきません。少しばかり、記憶を『修復(書き換え)』させていただきますよ」

 霧の向こう側で、サバスの指先が淡く光る。

 翌朝、王都の門前で、バロウたちは「北の果てには何もなかった。アルスは既に飢え死に、荒野には灰が積もるのみ」という偽りの記憶を抱えて、呆然と立ち尽くすことになる。

 領主邸のバルコニーでは、アルスがミーナから差し出されたハーブティーを飲みながら、静かに霧の向こうを眺めていた。

「サバス、終わったかい?」

「はい、閣下。お掃除完了にございます。……ですが、次に来るのは『嘘』では誤魔化せない相手かもしれません」

 アルスは、手元にある『聖騎士カイル』と『剣聖エドワード』の記録をそっとなぞった。

 実家との本当の決戦が、刻一刻と近づいている。


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